第33話「みんなの送別会(勝手に)」
翌日。放課後。
全員に「しばらく離れる」と伝えた。理由は言えない。「家の事情で」と言った。苦しい嘘だが、ミラが補足してくれた。
「選の家族が——遠方に用事があって。付き添いで」
「ミラちゃんも行くの?」
「……うん」
明日香が不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。明日香は察しがいい。聞いてはいけないことを嗅ぎ分ける能力がある。
「いつ帰ってくるの?」
「分かんない。——でも、帰ってくる」
「うん。待ってるね」
明日香の笑顔。強い笑顔。告白の返事も待っていて、帰還も待ってくれる。明日香は待つことに強い。サーバーの応答待ちで鍛えられているのかもしれない。
——そして。
「送別会やろう!」
黒瀬の声が教室に響いた。
「送別会?」
「だって行くんでしょ? じゃあ送別会! 殴り合いの後にご飯食べる!」
「殴り合いは要らない!!」
ファミレス。夕方。
全員集合。六人掛けのボックス席に——七人。俺、ミラ、明日香、黒瀬、律、神崎。プラスAXIOM(見えないけど)。
席順。
左側:明日香、選、ミラ。
右側:黒瀬、律、神崎。
狭い。黒瀬と律が隣同士で、黒瀬の肘が律に当たっている。律が「狭い」と言った。黒瀬が「じゃあ膝の上に座る?」と言った。律が「死んでも嫌だ」と言った。
「注文決まった?」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ」
「……全員ハンバーグ?」
「他に何があるの」
「いやメニュー色々あるだろ! パスタもあるしカレーもあるし——」
「ハンバーグ」
「ミラもハンバーグか!」
「選と同じがいい」
「俺まだ決めてないんだが——」
「ハンバーグでしょ?」
「…………ハンバーグです」
全員ハンバーグ。ファミレスのハンバーグ六人前。店員が「ハンバーグ六つですね?」と確認した時の表情が忘れられない。
料理が来るまでの間。
「で、何しに行くの?」
黒瀬が聞いた。ストレート。遠慮がない。
「家の——」
「嘘はいいよ。教えてくれなくても。——帰ってくるんでしょ?」
「帰ってくる」
「じゃあいい。帰ってきたら殴り合おう」
「殴り合いが着地点なの毎回」
明日香がドリンクバーのメロンソーダを飲みながら言った。
「お土産よろしくね」
「お土産?」
「うん。——未来のCPU持ってきて」
「…………」
「量子コンピュータのチップでもいいよ。あ、あとニューラルネットワーク用の専用プロセッサも——」
「お土産のリクエストが専門的すぎる!」
「ダメ?」
「ダメっていうか——無理だと思う」
「じゃあ写真でいいよ。未来のサーバールームの」
「お前のお土産リクエスト全部技術系だな」
「当たり前じゃん。未来の技術見られるチャンスなのに!」
明日香の目がキラキラしている。技術オタクモード発動。もう止められない。
「ねえねえ、未来のOSってどうなってるのかな。カーネルの構造とか——あ、ごめんつい」
「いいよ、続けて。——でも、見てこれるか分からない」
「見てきて! お願い!」
明日香の「お願い」に弱い。昔から。昔って言っても数ヶ月だが。
「……善処する」
「やった!」
神崎がアイスティーを飲みながら、穏やかに言った。
「判断官として、帰還を確認するまで判定は保留します」
「判定って——何の」
「あなたの査定。——未来に行くというなら、帰ってきてからの行動も含めて総合的に判断します。逃げたら追いかけますので」
「未来まで?」
「どこまでも。——判断官ですから」
「判断官って便利な言葉だな……」
「便利に使わせてもらってます」
にっこり。どこまでも余裕。——でも。保留にしてくれた。つまり、待ってくれている。神崎が「保留」と言うのは——「あなたの帰りを待つ」と同義だ。判断官語で。
「……ありがと」
「お礼を言われる筋合いはありません」
声が、ほんの少しだけ柔らかい。気のせいかもしれない。でも——気のせいにしておく。
律がコーヒーを飲んでいる。ブラック。ファミレスのブラックコーヒー。
「律は何かないの」
「遅い」
「何が」
「帰ってくるのが。早くしろ」
「まだ行ってないんだが」
「行く前に言っておく。——遅い」
「お前の『遅い』って何に対してだよ」
「全部。——帰ってくるのも、答えを出すのも、全部遅い」
「…………」
「でも——遅くていい。お前は遅くていい」
「え」
「早くなくていい。お前のペースで行け。——ただし、帰ってこなかったら許さない」
「律……」
「……何だ」
「お前、優しいな」
「違う」
「優しい」
「違う。効率的な助言をしただけだ」
「それを優しさっていうんだよ」
「…………」
律がコーヒーを飲んだ。耳が少し赤い。——天然。絶対に自覚がない。
ハンバーグが来た。六皿。全員同じ。鉄板の上で油が跳ねている。
「いただきます」
全員で食べた。ファミレスのハンバーグ。特別美味いわけではない。でも——今日は美味い。
黒瀬がハンバーグにケチャップとマスタードを大量にかけた。律が「品がない」と言った。黒瀬が「美味いからいいじゃん」と反論した。律が黒瀬のハンバーグを一口もらった。「悪くない」と言った。
明日香がミラにライスを分けた。「多すぎて食べきれないの」と言った。ミラが「ありがとう」と受け取った。小さな声で。
神崎がデザートメニューを見ている。「パフェを頼みます。——経費で」と言った。「経費って何の」と聞いたら「判断官の活動費です」と返された。そんな経費はない。
カオス。うるさい。ファミレスの他の客が何度かこちらを見た。申し訳ない。
でも——楽しい。
「こんなに人に囲まれたの、初めてかもしれない」
声に出ていた。
全員が俺を見た。
「……なんだよ」
「何でもない。——もう一個ハンバーグ頼む?」
「いらないよ黒瀬」
「えー」
会計。割り勘。
——のはずが、神崎が全額払った。
「判断官の——」
「経費だろ。分かったよ。……ありがとう」
「どういたしまして。——利子はつけませんので安心してください」
「利子つくタイプの奢りもあるのか」
「冗談ですよ。——たぶん」
「たぶん!?」
ファミレスの外。夜。街灯が並んでいる。
全員がいる。
帰り道。それぞれ違う方向に帰る。
黒瀬が手を振った。「帰ってきたら殴り合おうね!」三回目。約束として成立した。
明日香が微笑んだ。「お土産忘れないでね。——技術系の」
神崎が頷いた。「では、保留で」
律が背を向けた。「遅い」
全員が帰っていく。
残ったのは、俺とミラ。
ミラが手を——。
繋がない。繋がないと決めたから。
でも——ミラの手が、俺の小指に触れた。小指だけ。一瞬だけ。
「……帰ってこよう」
「約束」
「約束」
【約束リスト更新——現在12件】
「増えすぎだろ!」
【内訳を表示しますか?】
「表示するな! ——いや、帰ってきたら見る。全部守るために」
【了解。——記録しました】
夜空を見上げた。月が出ている。明るい。
明日——未来に行く。




