表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の日常、干渉されすぎ。  作者: 江戸川竜也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/41

第31話「何も変わらない(ことにした)」

 火曜日。朝。

 教室に入った瞬間、身構えた。

 昨日の告白。保留。気まずい空気。——覚悟はしていた。

「おはよう、岐堂くん! 新しいアプリ見つけたの!」

 明日香が笑っていた。

 いつもの笑顔。いつもの声。いつものテンション。スマホを見せてきた。画面にはネットワーク構築シミュレーターの新作が映っている。

「見て見て、パケットルーティングの最適化が——あ、ごめん、朝から技術の話——」

「いや、見せて」

「いいの? じゃあね、この新機能がすごくて——」

 いつも通りだった。

 完璧に、いつも通り。昨日の告白がなかったかのように。泣きそうな笑顔の痕跡がないかのように。

「……お前すごいな」

「何が?」

「いや、なんでもない」

 何がすごいか。明日香の強さが。「引きずらないタイプ」と言っていたが、これは引きずっていないのではなく——引きずらないと決めたのだ。自分の意志で。

 強い。

 ——明日香は強い。


 昼休み。屋上。

 三人で食べる。いつも通り——のはず。

 選。ミラ。明日香。

 黒瀬と律はそれぞれ別行動。黒瀬は「走ってくる」、律は「非効率」と言って教室に残った。

 弁当を開ける。ミラの弁当。明日香の弁当。俺はコンビニのサンドイッチ。

「岐堂くん、またコンビニ? 卵焼きあげる」

 明日香が箸で卵焼きを差し出した。いつものやつ。

「ありがと……」

 受け取る。食べる。美味い。いつもの味。

 ミラが弁当箱の蓋を開けた。中身を見て——無言で、自分の唐揚げを俺の弁当箱に移した。

「……これも」

「あ、ありがと……」

 卵焼き。唐揚げ。二方向からおかずが来る。

 明日香とミラが目を合わせた。

 火花。

 視線が交差する。0.5秒。無言。笑顔。——笑顔の裏に何かがある。

【周囲の緊張度が上昇しています。原因:複数の感情パラメータが競合——】

(黙れ今だけは黙れ)

【了解】

 食べた。黙々と。卵焼きと唐揚げを。美味い。美味いけど喉を通りにくい。空気のせいだ。

「……美味い」

「でしょ? 母の卵焼き」

「……でしょ」

 ミラの「でしょ」が低い。唐揚げの「でしょ」。

 二つの「でしょ」の温度差がすごい。

「あはは、ミラちゃんの唐揚げも美味しそうだね」

「……ありがとう」

「今度レシピ教えてよ」

「……いい」

「え、いいの? やった!」

「……いい、けど。教える義理はない」

「義理じゃなくて友達だから!」

「……友達」

 ミラが「友達」を咀嚼している。明日香を「友達」として認識しているのか。恋敵として認識しているのか。たぶん両方だ。

「私たち友達だよね、ミラちゃん」

「…………」

「ね?」

「……うん」

 ミラの「うん」が小さかった。でも——嘘ではなかった。

 三人で弁当を食べた。いつもより少しだけ静かで、いつもより少しだけおかずが多い昼休み。


 放課後。

 帰り道。ミラと二人。いつものルート。

 歩いている。並んで。

 ミラの手が——俺の手に近づいた。

 いつもなら繋ぐ。ミラから。最近は俺から繋ぐこともあった。

 ——ミラの手が、止まった。

 引っ込めた。

「……繋がないの?」

「…………」

「ミラ」

「……選が答え出すまでは、ずるいことしたくない」

「ずるいって——」

「明日香さんは正面から言った。私は——まだ言ってない。言ってないのに手を繋ぐのは、ずるい」

「…………」

「明日香さんが待ってるのに、私だけ近くにいるのは——フェアじゃない」

 ミラの横顔が真っ直ぐ前を向いている。感情を押し込めている顔。でも——押し込めることを自分で選んでいる顔。

「ミラ——」

 ——地面が揺れた。

【警告。敵性ユニット接近。捕縛型。2体。接近方向:前方と右方。殺傷意図:なし。ただし拘束後の処理は不明】

 路地の角から——四足歩行の機体が飛び出してきた。犬型。背中からワイヤー射出機構。目がない。代わりにセンサーアレイ。

 一体目がワイヤーを撃った。ミラに向かって。

 ワイヤーがミラの腰に巻きつく。引っ張られる。

「ミラ!」

 ミラが冷静に叫んだ。

「来ないで。罠——」

 二体目が横から出てきた。ワイヤーが俺に向かって飛ぶ。

 避けた。AXIOMの反射補助。ワイヤーが壁に刺さる。

 一体目がミラを引きずっている。ミラは銃を抜こうとしているが、腕もワイヤーで拘束されかけている。

「殺さないくせに捕まえるとか、一番タチ悪い!」

 二体目のワイヤーをもう一本避けて、一体目に向かって走る。

 一体目の関節を蹴った。律に教わった——というか、律にやられた動きを真似た。関節部。硬い。でも、AXIOMの出力を全開にすれば——

 蹴りが入った。一体目がよろめく。ワイヤーが緩む。

 ミラのワイヤーを掴んだ。両手で。引きちぎる。AXIOMの出力全開。金属のワイヤーが千切れる。

 手がミラの手に触れた。

 ——繋いだ。

 結果的に。ワイヤーを千切った勢いで、ミラの手を掴んだ形になった。

 ミラの目が俺を見た。

「……繋いだ」

「これは救助だから! ずるいカウントに入れんな!」

「……でも繋いだ」

「ミラ!!」

 二体目が突進してくる。

 手を繋いだまま——ミラが銃を構えた。左手で。右手は俺が握っている。

 ミラの左手一本の射撃。精密。二体目の脚部関節を撃った。二体目がバランスを崩す。

 俺が右手でエネルギーを叩き込んだ。ミラの手を握ったまま。左手で。

 二体目が停止。

 一体目がワイヤーを再射出しようとする。

 ミラの手を離した。離したくないけど——離す。

 一体目の正面に立った。ワイヤーが飛んでくる。シールドで弾く。弾いたワイヤーが一体目に絡まる。自縄自縛。

 蹴り。胴体。停止。

 二体とも沈黙。

 認識フィールドが修復される。路地が元に戻る。

 息が荒い。手が痛い。ワイヤーを千切った時に手のひらが切れている。

「……ありがと」

「……仕方ないだろ」

「手、切れてる」

「大したことない」

「大したことある。——見せて」

 ミラが俺の手を取った。右手。手のひらの切り傷を確認する。

「…………」

「ほら、大したこと——」

「ばかか」

 ミラの声が低かった。怒っている——のではない。心配している。心配を怒りに変換している。

「ワイヤーを素手で千切るな。手が壊れる」

「壊れてない」

「壊れかけてる」

「……すみません」

 ミラが俺の手のひらにハンカチを巻いた。止血。丁寧に。冷たい指が傷に触れる。少しだけ痛い。

「……ミラ」

「何」

「手、繋いだの——本当に救助だから」

「…………」

「ずるいカウントには——」

「入れない。——でも」

「でも?」

「……手、温かかった」

 ミラがハンカチを結んだ。巻き終わった。手を離した。

「……既成事実で勝つのは嫌」

「え?」

「私は、ちゃんと言いたい。明日香さんみたいに。正面から。——既成事実で選の隣にいるんじゃなくて、ちゃんと選ばれて隣にいたい」

「…………」

「だから——選が答えを出すまでは、手は繋がない」

「……ミラ」

「今日のは例外。救助だから。——でも、次からは」

「分かった」

 ミラの横顔が、少しだけ大人に見えた。

 十五歳。未来から来た少女。無表情。感情が読めない——はずだった。今は読める。少しだけ。

 悔しくて、真面目で、ちょっとだけ嬉しくて、でもやっぱり悔しい。そういう横顔。

「……お前、意外とそういうとこ真面目だな」

「意外とって何」

「いや、褒めてる」

「……そう」

 歩き始めた。並んで。手は繋がない。少しだけ距離がある。

 でも、隣にはいる。


 夜。自宅。自分の部屋。

 天井を見ている。

 明日香の「好き」が頭の中に残っている。ミラの「既成事実で勝つのは嫌」が重なっている。

 二人とも、待ってくれている。俺が答えを出すまで。

 ——重い。重いけど、逃げたらダメだ。

 でも正直——恋愛って何なんだ。

 好き。大事。一緒にいたい。守りたい。——全部、明日香にもミラにも感じる。同じなのか。違うのか。同じだったら二人とも「好き」なのか。違うなら何が違うのか。

【恋愛の定義を検索しますか?】

「お前に聞いてない」

【了解。——しかし、参考までに。使用者の心拍数データを分析した結果——】

「聞いてない」

【了解】

「…………」

「……やっぱ教えて」

【対象A(ミラ個体)との接触時:平均心拍数118bpm。対象B(明日香個体)との接触時:平均心拍数109bpm】

「数値で恋愛語るなよ……」

【数値は嘘をつきません】

「数値が全部じゃないだろ」

【正確です。数値が全部ではありません。——ですが、参考にはなります】

「…………」

【使用者。一つだけ】

「何」

【答えを出す必要はありますが、急ぐ必要はありません。——両対象とも、待つと言っています】

「……お前に慰められるのは初めてだな」

【慰めではありません。事実の提示です】

「……ありがとな」

【記録しました】

「…………今回は、記録していい」

【了解】

 天井を見ている。

 答えはまだ出ない。出ないけど——逃げない。ちゃんと考える。

 二人が待ってくれている間に。

 窓の外。月が出ている。半月より少し太い。明後日あたりで満月か。

 月が見ている。答えを急かさない。ただ、見ている。

 ——明日も学校だ。明日香がいて、ミラがいて、黒瀬がいて、律がいて、神崎が遠くにいる。

 いつもの日常。少しだけ変わった日常。

 何も変わらない。

 ——ことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ