第28話「文化祭本番(全員集合カオス)」
文化祭当日。
教室がメイド喫茶に改装されている。テーブルクロス。造花。手書きのメニュー看板。準備に一週間かかった。ダンボールを二回買い直した。一回目は擬態種に壊されたから。
開場。十時。
客が入ってくる。他のクラスの生徒。保護者。近隣の中学生。
——メイド陣。
明日香。完璧。笑顔。丁寧。お辞儀の角度が美しい。「いらっしゃいませ、ご主人様」が自然。客が見惚れている。注文が途切れない。明日香のテーブルだけ回転率が異常に高い。
黒瀬。元気。声が大きい。「いらっしゃい! 何食べる!?」と叫んでいる。メイドの口調ではない。居酒屋の大将だ。しかし不思議と人気がある。客とアームレスリングを始めた。メイド喫茶でアームレスリング。新しいジャンルだ。
ミラ。——問題児。
「ご注文をどうぞ」
客が席に着いた。メニューを見ている。
「あの、メニュー……」
「ご注文をどうぞ」
「えっと、もう少し——」
「早くして」
「接客スキルゼロ!!」
俺が裏方から叫んだ。ミラの接客は練習通り——つまり、全く改善されていなかった。無表情でメニューを突きつけ、注文を急かし、料理を無言で置く。
しかし。
不思議なことに。
ミラのテーブルにも客が来る。むしろ並んでいる。
「なんでミラの席人気なんだ……」
「ツンデレメイドとして話題になってるらしいよ」
クラスメイトが教えてくれた。ツンデレメイド。ミラにツンデレの自覚はない。あれは素だ。素で無愛想なだけだ。
——俺は執事服で配膳担当。テーブルに料理を運ぶ。
「お待たせしました。カレーライスでございます」
「きゃー、執事さんかっこいい!」
「ありがとうございます」
営業スマイル。慣れてきた。執事の仕事は意外と性に合っている。料理を運んで、空いた皿を下げて、客に微笑む。戦闘よりよほど平和だ。
——平和は長く続かない。
昼過ぎ。客足がピークの時間帯。
カレーの皿を三枚持って配膳している。テーブルの間を縫って歩く。
——ミラとぶつかった。
正面衝突。ミラも配膳中だった。紅茶のカップを持っていた。
カレーの皿が跳ねた。紅茶が宙を舞った。
反射的にミラを庇った。皿を持ったまま。紅茶が俺の背中にかかる。熱い——ぬるい。ミラの紅茶は冷めていた。ミラは猫舌ではないが、客に出す前に冷ましていたのだ。
——バランスを崩した。
床が滑った。カレーのルーがこぼれていた。
転倒。
ミラが下。俺が上。
メイド服のミラの上に、執事服の俺が覆いかぶさっている。ミラのメイド服が——カレーで汚れている。エプロンがずれている。フリルのヘッドドレスが外れかけている。
「大丈夫——」
「…………」
「…………」
近い。顔が近い。ミラの目が大きくなっている。唇が——近い。
教室。クラスメイト全員が見ている。客も見ている。他クラスの生徒も見ている。
静寂。
「これは事故です」
立ち上がる。手を差し出す。ミラを起こす。
ミラ「……事故」
ミラの顔が赤い。
赤い。
ミラの顔が赤いのを初めて見た。無表情のまま赤い。無表情と赤面の共存。新しい表情パターンだ。
「……すみません。すぐ片付けます」
クラスメイトの何人かが写真を撮っていた。消させなくては。
【接触データ記録——状況:配膳事故。体勢:上位——】
「記録すんな!!」
——そのとき。
【警報。敵機接近。数:12。距離200m。推定到達時間:30秒】
「…………」
「…………来た」
「来たな」
十二機。過去最多。体育祭に三機。文化祭に十二機。イベント比例で増えているのか。
【メイド服での戦闘は非推奨です】
「非推奨も何も着替える暇ないだろ!」
ミラに目配せした。ミラが頷いた。
「ちょっと休憩もらうね」
クラスメイトに言って教室を出た。階段を駆け上がる。屋上へ。
ドアを開ける。空。——十二の黒い点。
ミラがメイド服のエプロンの下から銃を出した。メイド服に銃を仕込んでいた。用意がいい。
「すごい絵面だな……」
「撃つ」
「撃って」
認識フィールド展開。屋上が切り離される。
ミラが撃った。一機目、撃墜。二機目、撃墜。精密射撃。メイド服でも腕は鈍らない。
三機目が低空で突っ込んでくる。俺が迎撃。右手のエネルギー。命中。撃墜。
四機目、五機目が同時に来る。左手シールドで四機目の光線を弾いて、右手で五機目を殴る。両手運用。
——屋上のドアが開いた。
黒瀬。メイド服のまま。
「聞こえたから来た!」
「黒瀬、メイド服で——」
「動きやすいよ、このスカート!」
黒瀬がメイド服で跳んだ。六機目に飛びかかる。質量補正パンチ。メイド服のフリルが舞う。ドローンが砕ける。
スカートが翻った。全無視。
「見えてる! 色々見えてる!!」
「見なければいいじゃん」
「視界に入る!!」
七機目、八機目。ミラが二連射で落とす。九機目は黒瀬が蹴って地面に叩きつけた。
十機目、十一機目が上空から急降下。光線を乱射。屋上のフェンスが溶ける。
俺とミラで十機目を挟み撃ち。ミラが脚部を撃って、俺が胴体を殴る。撃墜。
十一機目は黒瀬が空中でキャッチして投げ飛ばした。メイド服で。プロレス技で。
最後の十二機目。遠距離から高出力光線を溜めている。
——神崎の声が聞こえた。
校舎の下。中庭。双眼鏡を構えたまま。
「三時方向に一機。——ああ、メイド服だと可動域が。次は戦闘用メイド服を用意しましょうか?」
「いらねえよ!!」
十二機目が光線を撃った。屋上に向かって。
シールドで弾く。弾いた光線が十二機目の横を通過する。——ミラが、弾いた光線の軌道を読んでいた。十二機目が避ける方向を予測して、先回りして撃った。
撃墜。
十二機全滅。四十七秒。
【記録しました。カテゴリ:メイド服戦闘。タイム:47秒】
「そのカテゴリ作んな」
【新設カテゴリのため、自動的に最速記録となります】
「嬉しくない!!」
屋上から教室に戻る。メイド服を直す。カレーの染みはそのまま。戦闘服兼メイド服。
「お待たせしました。——カレー、お持ちしますね」
何事もなかったように営業再開。文化祭は止まらない。
午後三時。
客足が落ち着いた頃。
律が来た。
教室の入り口に立っている。制服のまま。文化祭の喧騒を無表情で観察している。
「いらっしゃい。——来たんだな」
「検討した結果、来た」
「素直でいいじゃん」
「素直じゃない。データ収集だ」
「データって何の」
「……非効率なイベントの実態調査」
「お前なあ」
律が席に着いた。メニューを見ている。
明日香が注文を取りに来た。
「真壁くん、いらっしゃい! 何にする?」
「コーヒー」
「はーい。——楽しんでね」
「……楽しむ予定はない」
「楽しまなくてもいいよ。いてくれるだけで嬉しいから」
「…………」
律が黙った。明日香の言葉に、何かを処理しているような沈黙。
コーヒーが来た。黒瀬が運んできた。
「はい、コーヒー! ——ねー、殴り合おうよ」
「場所を考えろ」
「えー」
「メイド喫茶で殴り合うのは非効率だ」
「効率の話するー?」
「する」
律がコーヒーを飲んだ。一口。
「……悪くない」
「美味い?」
「美味いとは言ってない。悪くないと言った」
「神崎と同じこと言うなお前」
「…………?」
律が文化祭の教室を見回した。装飾。メニュー看板。笑っているクラスメイト。メイド服の女子。執事服の男子。
「……非効率だが、活気がある」
「楽しい?」
「…………」
「楽しい?」
「……分からない。だが、悪くない」
律の三回目の「悪くない」。律の語彙で「悪くない」は、たぶん最上級の肯定だ。
夕方。後夜祭。
校庭にキャンプファイヤー。火が燃えている。赤い光。生徒が周りに座っている。歌を歌っている人もいる。
メイド服から体操服に着替えた。執事服も脱いだ。普通の格好。
キャンプファイヤーの光が揺れている。暖かい。六月の夜だが、火の近くは暑いくらいだ。
ミラが隣にいた。
「楽しかった?」
「楽しかった。初めて」
「初めて?」
「こういうの、未来にはないから」
「……文化祭?」
「文化祭も。メイド服も。——みんなで何かを作るのも」
ミラが火を見ている。赤い光がミラの顔を照らしている。目が赤く光っている。瞳の中で炎が揺れている。
「……楽しかった。すごく」
「よかった」
「選のおかげ」
「俺は何もしてないけど」
「いた。——それだけで」
手を繋いだ。今度は——俺から。
ミラの手に触れた。冷たい手。指を絡めた。
ミラの目が少しだけ大きくなった。
「……選から」
「たまにはな」
「…………うれしい」
ミラの声が小さかった。火の音に紛れそうなくらい。でも聞こえた。
手を握ったまま、火を見た。
遠くで——明日香が見ていた。キャンプファイヤーの反対側。友達と一緒に座っている。笑っている。楽しそうに。
でも、一瞬だけ——こちらを見た。俺とミラの繋いだ手を。
少しだけ寂しそうな顔をした。一瞬だけ。すぐに友達の方を向いて笑った。
——見えてしまった。
見えてしまったことが、胸に刺さった。
「……選」
「ん」
「手、温かい」
「……うん」
手を離さなかった。離せなかった。
キャンプファイヤーの火が燃えている。文化祭が終わっていく。
【約束リスト更新——現在7件】
「七件もあるか!?」
【正確です。月見×3、告白の返事保留×1、体育祭のリベンジ×1、二人きりのデート×1、その他×1】
「内訳言うな!!」
「……七件。——全部守って」
「……守るよ」
【記録しました】
「……今回は、いい。記録しろ」
【了解】




