第27話「文化祭準備(メイド喫茶決定)」
六月。梅雨に入った。
ホームルーム。文化祭の出し物決め。
「はい、クラスの出し物を多数決で決めます。候補は——お化け屋敷、メイド喫茶、縁日、映画上映」
多数決。
メイド喫茶。圧倒的大差。男子全員と女子の半数が挙手した。
「まあそうなるよな……」
ラノベの高校一年のクラスでメイド喫茶にならない方がおかしい。お約束だ。宿命だ。物語の構造的暴力だ。
「やったー! メイド服!」
黒瀬が喜んでいる。
「……メイド」
ミラが呟いた。ミラの「メイド」は平坦な声だが、興味がないわけではなさそうだ。
「楽しそうだね。——私、メイド服着るの初めてだ」
明日香が微笑んだ。似合うだろう。確信がある。
問題は——俺の役割だ。
「岐堂くんは給仕役ね。——執事で」
「執事……」
「衣装はこっちで用意するから。サイズ教えて」
逃げ道がなかった。
翌日。放課後。衣装合わせ。
教室の一角にカーテンで仕切りを作って、女子の着替えスペースにしている。男子は廊下で待機。
——カーテンが開いた。
ミラ。
メイド服。黒と白のクラシカルなメイド服。フリルのヘッドドレス。エプロン。
——サイズが合っていない。
胸元がきつい。布地が張っている。ボタンが悲鳴を上げている。
「……入らない」
「見せるな!!」
「見せてない。出てきただけ」
「出てきたら見えるだろ!!」
「……サイズを変更する必要がある」
「必要がある! 明らかに! 今すぐ戻れ!!」
ミラがカーテンの向こうに戻った。——戻る直前に、小声で言った。
「……似合ってた?」
「サイズの問題が先だ!!」
「……サイズを直したら似合う?」
「…………たぶん」
「…………うん」
満足そうにカーテンが閉まった。
——次。
明日香。
カーテンが開いた。
完璧だった。
清楚系メイド。白いエプロンが映える。スカートの丈が膝下。上品。メイド服なのに品がある。明日香の雰囲気と完全に調和している。
「岐堂くん、どう……かな?」
「似合う。すごく」
「……ほんと? えへへ」
明日香が髪を耳にかけた。頬が赤い。メイド服で頬を赤くされると、破壊力がとんでもない。
後ろから圧を感じた。カーテンの向こうから。ミラの圧だ。サイズ直し中のミラの圧。無言の圧。ジュースのパックを潰す時と同じ種類の圧。
「……ミラ、カーテンの向こうで何してんの」
「着替えてる」
「着替えながら圧かけるなよ」
「圧かけてない」
「かけてる」
「……少しだけ」
——次。
黒瀬。
カーテンが開いた。
メイド服。——スカートが短い。異常に短い。膝上二十センチはある。
「動きやすいね!」
「短い!!」
「え? 普通じゃん」
「普通じゃない! 膝見えるどころか太腿が——」
「太腿がどうしたの?」
「見えてる! 色々見えてる!!」
「別にいいじゃん。動きやすいし。殴り合いもできるし」
「メイド喫茶で殴り合いはしない!!」
黒瀬がくるっと回った。スカートが翻る。
「ね、可愛くない?」
「可愛い可愛くないの前にスカート丈を——」
「可愛いって言った」
「言ってない!」
「可愛いって。ありがとー」
「聞いてない!!」
男子の衣装合わせ。
執事服。黒いベスト。白いシャツ。蝶ネクタイ。
鏡を見る。——悪くない。身長が足りないが、まあ高校一年だし。
教室に戻る。
三方向から視線が飛んできた。
ミラ。サイズを直したメイド服で。じっと見ている。
「……似合う」
明日香。目を輝かせている。
「かっこいい!」
黒瀬。ミニスカメイド服のまま。
「殴り合いたくなる格好だね」
「褒めてる? 最後のは違うだろ」
「褒めてるよ。殴り合いたいは最上級の褒め言葉だから」
「お前の評価基準がおかしい」
——携帯にメッセージが入った。
神崎から。
『メイド服は着ません。——でも、あなたの執事姿は見に行きますよ』
返信した。
『来なくていい』
即レス。
『「お嬢様」って言わせてみたいので』
『絶対言わない』
『言わせますよ。判断官ですから』
『判断官関係ないだろ!!』
『関係あります。——楽しみにしてますね♡』
ハートマーク。神崎がハートマークを使うのは初めて見た。判断官のハートマークは脅迫に等しい。
文化祭準備期間。水曜日。
内装の材料を買いに商店街に来ている。ダンボール、画用紙、装飾用のリボン、風船。
ミラと二人。他のクラスメイトはそれぞれ別の買い出しに散っている。
「……選」
「ん」
「文化祭、楽しみ?」
「まあ、そうだな。忙しいけど」
「私も楽しみ。——お客さんに『ご注文をどうぞ』って言う」
「もうちょい愛想よくな」
「……愛想?」
「笑顔で。『いらっしゃいませ、ご主人様』って」
「…………ご主人様」
「練習」
「……いらっしゃいませ。ご主人様」
無表情。声が平坦。接客スキルが皆無。
「もうちょい柔らかく——」
「いらっしゃいませ。ご主人様」
変わっていない。微塵も。
「……当日までに練習しような」
「する。——選にだけ練習する」
「俺にだけって——客全員にやるんだぞ」
「……選以外の『ご主人様』は抵抗がある」
「メイド喫茶の概念を理解してくれ」
——違和感。
【警告:周囲の人物に異常検知。擬態種の可能性。特定中——該当者:3時方向、距離12m】
足が止まった。
商店街。人混み。買い物客。通行人。——全員、普通の人間に見える。
「普通の人にしか見えないんだけど……」
「目」
ミラが小声で言った。
「瞬きの間隔。一定すぎる人間がいる」
三時方向。距離十二メートル。——いた。中年の男性。買い物袋を持っている。普通の服。普通の顔。でも——瞬きが正確に2.8秒間隔。機械みたいに。
その男性が——こちらを見た。
認識された。
認識フィールドが展開された。商店街の一角が切り離される。
擬態種が変形した。人間の皮が剥がれる。中身は——人型の金属骨格。関節が多い。動きが速い。
突っ込んできた。
「っ——!」
右手のエネルギーで迎撃——間に合わない。近すぎる。
手元にあったダンボール箱で防いだ。文化祭の備品で。ダンボールが粉砕された。装飾用のリボンが宙を舞う。
「文化祭の備品で戦うな!!」
自分に言っている。自分ツッコミ。
ミラが銃を撃った。擬態種の肩を貫通。動きが鈍る。
横から——足が来た。
神崎玲奈だった。
私服。白いブラウス。買い物帰りの格好。通りすがり——というのは嘘だろうが、通りすがりの体で擬態種の膝関節を蹴った。予測補助。最小限の動き。擬態種がバランスを崩して倒れる。
「あら。文化祭準備中にまで湧くとは。——お体に触りますね」
「お前が蹴っただろ!」
「検査です」
「検査じゃない!!」
擬態種が倒れた。停止。認識フィールドが修復される。商店街が元に戻る。通行人は何も気づいていない。
リボンが散らばっている。ダンボールが壊れている。
「……買い直しだな」
「領収書は出ません」
「出なくていい。——ていうか神崎、なんでここにいるの」
「偶然です」
「嘘だろ」
「偶然ですよ。定期巡回の——」
「巡回って言った時点で偶然じゃない」
「巡回と偶然は両立します」
二回目のこのやり取り。もはや伝統芸能だ。
ダンボールを買い直す。リボンも。風船も。
帰り道、ミラが壊れた風船の残骸を見つめていた。
「……戦闘で備品を壊すの、二回目」
「一回目いつだっけ」
「公園のベンチ」
「……あれは修復されたろ」
「ダンボールは修復されない」
「されないな。——買い直そう」
「うん」
商店街の端。掲示板に文化祭のポスターが貼ってあった。
その前に——律が立っていた。ポスターを見ている。無表情で。
「文化祭か。非効率の極みだ」
「来いよ」
「…………」
「検討する、だろ?」
「……検討する」
やっぱり。
こいつ、毎回「検討する」って言って結局来るんだよな。




