表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/38

第15話「両手運用とご褒美」

 日曜日。河川敷。

 空は曇り。気温は過ごしやすい。風が適度にある。草が揺れている。遠くで少年野球チームが練習している。平和な休日。

 ——の、はずだった。

「両手運用を覚えて」

 ミラが言った。

 河川敷の、少年野球グラウンドから離れた草原。人気がない。川面が曇り空を映してぼんやりと光っている。

「両手?」

「今は片手しか使えてない。右手だけ」

 言われて右手を見る。黒いグローブ。こいつを嵌めてから二週間と少し。ドローンを何十機叩き壊した。全部右手だ。左手は添え物みたいに垂れていただけ。

「AXIOMは両手に対応してる。右手が攻撃、左手が防御——同時に使えれば、戦闘効率は倍以上になる」

「倍って——片手で何とかなってたけど」

「何とかなってただけ。最適じゃない」

 最適。ミラもAXIOMも「効率」と「最適」が好きだ。合理性の権化が二つ。

「どうやんの」

「教える。——近くに来て」

「近くって、もう近いけど——」

 ミラが回り込んできた。後ろに立つ。

 ——背中にミラの体が密着した。

「……ミラさん?」

「こう」

 ミラの手が選の両腕を取った。後ろから。手首を掴む。冷たい手。

 背中にミラの胸が——当たっている。控えめだが確実に当たっている。

「力を抜いて」

「力を抜けって言われても……密着してるから……」

「何か問題?」

「ある。すごくある」

「教えるにはこの体勢が効率的。体の動かし方を直接伝えられる」

「効率の問題じゃない!」

「じゃあ何の問題?」

「……色々ある! 物理的に! 精神的に!」

「物理的には最適。精神的な問題は——」

 ミラの息が首筋にかかった。

「——慣れて」

 慣れるか。こんな状況に。背中に女の子が張り付いた状態で腕を振り回す訓練なんて、どこの格闘技にも存在しない。

【心拍数:危険域。冷静さの回復を推奨します】

「お前に言われたくない」

【私は常に冷静です】

「お前は機械だからな!」

 ミラが右手首を持ち上げた。

「まず右。いつも通り。——打つ」

 グローブから光が走った。エネルギーが放出される。河原の石が二つ砕ける。

「次。左」

 左手首を持ち上げられる。

「左は防御に使う。エネルギーを面で展開する。——こう」

 ミラの指が選の手の甲を押した。左手の前方に青白い膜が一瞬展開される。シールドだ。

「……出た」

「出た。次、同時にやる」

「同時?」

「右で打って、左で守る。同時に」

「脳みそ一つしかないんだけど」

「AXIOMが補助する。あなたは意識を二つに分けるだけ」

「『だけ』のハードルが高い」

 ミラの手が両手首を同時に動かした。右が前に突き出される。左が斜めに構えられる。連動する。ミラの動きに従って、体が型を覚えていく。

 ——近い。

 近いが、動き始めると不思議と意識が変わる。ミラの体温が伝わってくる。呼吸のリズムが伝わってくる。ミラがどう動くか、背中の圧で分かる。

 言葉じゃない。体で伝えている。

「右——打つ」

 右手からエネルギー。

「同時に左——守る」

 左手にシールド。

 両方同時に出た。一瞬だけ。すぐにバランスが崩れて、シールドが消えた。

「……っ、難しい」

「もう一回」

「もう一回……」

 繰り返す。ミラの手が導く。右。左。右。左。同時。

 五回目。シールドが安定した。

 十回目。右手の攻撃とシールドを同時に三秒維持できた。

 十五回目——

「できた……」

 右手のエネルギーが石を砕き、同時に左手のシールドが飛んできた破片を弾いた。攻防一体。

「できた。すごい」

 ミラの声が後ろから。近い。耳元。

「褒めた?」

「褒めてない」

「今絶対褒めた。『すごい』って言った」

「事実を述べただけ。褒めてない」

「ミラ語の『事実を述べた』は褒めたと同義だろ」

「……違う」

 違わない。声が少しだけ柔らかかった。絶対褒めてた。

【使用者の両手運用:習得段階。安定度43%。実戦レベルにはさらなる——】

「水差すな」

【事実です】

「事実のタイミングが悪い」


 休憩。

 河川敷のベンチに並んで座る。ミラが水筒を出した。二人で飲む。もう間接キスとか気にしている段階じゃない。二週間の共同生活で免疫ができた。——いや、慣れただけで免疫ができたわけじゃない。意識はしている。意識しているが、口に出さなくなっただけだ。

「次は動きながらやる」

「もう?」

「座ってできるようになったら、動きながら」

「段階的なのは分かるけど、休憩短くない?」

「戦闘に休憩はない」

「正論だけど!」

 立ち上がる。今度はミラが向かい合って立つ。

「走りながら右を撃つ。避けながら左で守る。——私が攻撃するから」

「え、ミラが?」

 ミラが銃を構えた。出力を落としているのだろうが、銃口が向いていることに変わりはない。

「当たっても痛くない。——たぶん」

「たぶん!?」

「走って」

 走った。

 背後から光弾が飛んでくる。左手でシールドを展開。弾く。走りながら右手を振る。エネルギーが木に当たって枝が折れた。

「足が止まってる」

 ミラが容赦なく撃つ。二発。三発。左で弾きながら走る。右で撃つ。走る。撃つ。守る。走る。

 ——楽しくなりかけている。自分が怖い。

【敵機接近。6機。距離400m】

「え」

【ドローン6機。推定到達時間:30秒】

「嘘だろ。今練習中なんだけど」

【敵に練習の概念はありません】

「知ってる!!」

 ミラが振り向いた。空を見る。黒い点が六つ。

「……来た。——実戦テスト」

「テストって——さっき習得段階って言われたばっかりだぞ!」

「やるしかない」

 ミラが走ってきた。

 ——後ろに回る。

 また密着。背中にミラの体。手が手首を掴む。

「離れて——」

「このまま。二人で動く」

「さっきの訓練と同じ体勢で実戦すんの!?」

「効率的」

「それしか言わないな!!」

 ドローンが降下してくる。空気が変わる。認識フィールドが展開される。河川敷の少年野球が遠くなる。日常が消えて、戦場に切り替わる。

 六機。円陣。

 一機目が光線を撃った。

 ミラの手が左手首を動かす。シールド。光線を弾く。同時に右手が突き出される。エネルギー射出。一機撃墜。

「当たった——!」

「止まらない。次」

 二機目と三機目が同時に来る。左右から。

 ミラの体が選の体を回す。踊るように。背中に密着したまま、二人で半回転する。左手のシールドが二機目の光線を弾き、右手が三機目を撃ち落とす。

「三機同時——いや、二機か!」

「二機。でも十分」

 四機目が上から急降下してくる。ミラが選の右腕を持ち上げる。掌が空を向く。

「撃って」

「任せろ」

 任せろ、と口から出た。自分で驚いた。

 右手からエネルギーが放出される。上空の一機を直撃。火花。墜落。

 五機目と六機目が正面から突っ込んでくる。

 ミラが両手を同時に動かした。右と左。攻撃と防御。選の体がミラの意志に従って動く。AXIOMの補助が入る。三つの意志が一つの体に重なる。

 左手——シールド展開。五機目の光線を弾く。

 右手——エネルギー射出。六機目を撃墜。

 シールドを弾かれた五機目がバランスを崩す。追撃。右手。撃墜。

 全機撃墜。

 静寂。

 世界が修復される。河川敷が日常に戻る。少年野球の声が聞こえる。

「……倒した」

「倒した」

「密着したまま」

「密着したまま」

「…………」

 ミラがようやく離れた。

 名残惜しそうに——と思ったのは気のせいではない。ミラの手が手首から滑り落ちる速度が、明らかに遅かった。指先が最後まで触れていた。

 振り返る。ミラの顔。無表情。いつもと同じ。

 でも、耳が赤い。

「……ミラ」

「何」

「耳、赤い」

「……戦闘の負荷」

「嘘つけ。お前戦闘で耳赤くならないだろ」

「……風のせい」

「風も吹いてない」

「…………」

 ミラが耳を手で押さえた。隠すように。


 ベンチに戻る。並んで座る。水筒を飲む。呼吸を整える。

 全身が痛い。両手運用は片手の倍以上消耗する。筋肉がつりそうだ。肩が張っている。腰が重い。

「疲れた」

「俺の方が——」

「ご褒美」

「え?」

「頑張ったから、ご褒美」

「ご褒美って何」

「肩、貸して」

 ミラが選の肩に頭を乗せた。

 許可を取る前に。いつも通り。この人に同意という概念はない。

 黒い髪が肩に広がる。重さ。体温。——冷たいはずのミラの体から、不思議と暖かさが伝わってくる。戦闘の余熱か。

「……疲れた」

「うん」

「選も疲れた?」

「疲れた」

「……ごめん」

「謝んなよ。付き合ったのは俺だ」

「付き合ってくれた。——だからご褒美」

「俺へのご褒美じゃなくてお前へのご褒美じゃないか?」

「……両方」

 目を閉じている。肩に頭を預けたまま。呼吸が穏やかになっていく。

「……いい匂い」

「風呂上がりだからな」

「ちゃんと入って」

「入ってるよ毎日」

「昨日は入ってなかった」

「バレてんのかよ」

「匂いで分かる」

「……鼻がいいのも考えものだな」

「……選の匂いは好き」

「…………」

 河川敷。曇り空。風が吹いている。遠くで少年野球のコーチが怒鳴っている。日曜日の午後。

 肩に、ミラの頭がある。

 重い。でも、嫌じゃない。

【記録しました】

「記録すんな!!」

【ご褒美の継続を推奨します。使用者の心拍数が安定傾向です】

「推奨すんな。——でも」

【でも?】

「……もう少しだけ」

【記録しました】

「だから記録すんなって……」

 ミラが肩の上で小さく笑った。

 ——笑った?

 確認しようとして、やめた。確認しなくていい。笑ったことにしておく。

 日曜日の午後。河川敷。肩の上のご褒美。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ