最終話 二人のフワロと
「おかえり、フワロ」
「ただいま……ただいま戻りましたですぅ……! えぐっ、ふぇぇ……!」
俺は彼女の背中を、落ち着かせるように何度も叩いた。ようやく彼女のしゃくり上げが収まってきた頃、俺はふと、胸を過った不安を口にした。
「……なぁ、フワロ。フワロさんは――どうなったんだ?」
すると、フワロは自分の胸にそっと指を置いた。
「お姉ちゃんは、ここにいるですぅ。今は、ずっと深いところで眠ってるみたいですけど……」
フワロにとって、本来の自分であるあちらは「お姉ちゃん」のような存在らしい。 バグとして現れていた間、彼女はお姉ちゃんの存在を完全に忘れていた。だが、昨夜ヘイローが修復され、一時的に一つに戻ったことで、自分という存在の根源である彼女の記憶を思い出したのだという。
「でも、呼んでも答えてくれないですぅ。何だか、遠くの方で笑って手を振ってるような、そんな感じがして……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、彼女がヘイローを壊す直前に放った言葉が蘇った。
『――これが、私の果たすべき、最後の守護です』
「最後の守護……まさか、あいつ……!」
俺はフワロに事情を説明した。あの真面目なフワロは、バグであるはずのフワロを救うために、自分の意識を封じ込めて、消えてしまおうとしているのではないか、と。
「そ、そんなの、絶対嫌ですぅ!! お姉ちゃんがいなきゃ、ダメなんですぅ!!」
フワロは叫んだ。彼女にとってお姉ちゃんは、かけがえのない半身なのだ。そんな彼女を失う恐怖がフワロを襲う。
「だが、どうすれば……」
「ですぅ……」
二人は同時に頭を抱えた。どうすれば、意識の深くに潜ってしまった彼女を引きずり出せるのか。 その時、俺の脳裏にある光景が浮かんだ。命の危機や力を使い果たした際、勝手に現れた「あの存在」を。
「「あっ!!」」
俺とフワロの視線が重なった。
「やれるか、フワロ? あの時みたいに、もう一人の自分の身体を出すんだよ」
「名案ですぅ! 今はピンピンしてますけど、無理やりこじ開けてシステムを起動させるですぅ!!」
本来、守護天使の分身は自動発動するシステム。それを意図的に出すことなど不可能なはずだが、今のフワロには理屈を超えた必死さがあった。フワロが精神を集中させると、黄金の光が嵐のように吹き荒れた。
「お姉ちゃん、帰ってきてください……! これぞ天界秘奥義『エンジェル・リクルート』ですぅ!!」
眩い閃光とともに、フワロの正面に一人の少女が具現化した。それは感情も意志も持たない、空っぽの「器」としてのフワロ。
「この体に、お姉ちゃんを呼び戻せれば……!」
フワロは何度も器へ呼びかけるが、意識の奥底に沈んだ彼女からの返事はない。だが、フワロは不敵な笑みを浮かべた。
「……ふっふっふ。お姉ちゃんがその気なら、私にも考えがありますぅ」
「お、おい、何する気だ!これ以上力を使ったら、お前まで消えちまうぞ!」
心配する俺をよそに、フワロはドヤ顔で胸元から「ある物」を取り出した。
「じゃじゃーん!最終兵器ポテチですぅ!」
「……は?」
「これでお姉ちゃんを釣り上げるですぅ!」
「お前なぁ……こんな時にまでふざけてんじゃねえ!」
「むぅ! 私はいつでも大真面目ですぅ!」
フワロは空っぽの器の鼻先に、ポテチをひらひらとぶら下げた。「お〜い、お姉ちゃ〜ん。美味しいポテチですよぉ〜」 あまりに馬鹿げた光景に頭痛がしてきた、その時だった。
――パクッ。
器のフワロが、猛烈な勢いでポテチに食いついた。
「はっ……!? わ、私は何を……!」
瞬間、器の瞳に理性の光が宿った。自分の失態に気づいたフワロは、顔を真っ赤にして悶絶している。俺は思わず吹き出した。
「おかえり、フワロさん」
「おかえりなさいですぅ!お姉ちゃん!」
「!……ただいま。ありがとう、フワロ、藤木さん」
フワロは姉に勢いよく抱きついた。二人のフワロの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
やがて落ち着きを取り戻すと、姉のフワロは「二人を元の生活に戻すため」に、独りで天界へ帰る準備を始めた。だが、その時――頭上から、厳かでありながらどこか温かい天界の神の声が響いた。
『バグを抱えた天使を天界に戻すわけにはいかぬ。正常な状態に戻るまで、其方は追放処分とする』
あまりに無慈悲な宣告。だが、俺は気づいた。これは全てを見ていた神様が、本当は地上に残りたがっていた彼女の気持ちを汲み取ってついた、「優しい嘘」なのだと。
「……じゃあ、また一人に戻らないと天界には帰れないってことか?」
「そうなりますね。でも……私はもう、この子を失いたくない。だから、これでいいんです」
「フワロさんがそう決めたならいいけど……俺たちのせいでこうなったと思うと、申し訳ないな」
「私はもう天界なんて戻らなくてもいいですぅ! 藤木さんの隣が一番ですのでぇ!」
「お前は少しは申し訳なさそうな顔をしろ」
呆れる俺に、姉のフワロは少し困ったように笑い、そして真剣な表情に戻った。
「ですので、引き続き私たちが藤木さんの守護天使を続けます。……ただ、一つ問題がありまして」
「問題?」
彼女の話によれば、システムを強引に使い切った今、彼女たちの「分身ストック」は空っぽ。次に俺の命の危機を救えば、身代わりになることはできず、彼女たち自身が完全に消滅してしまうのだという。
「……それは、まずいな」
「はい、非常にまずいです。ですので藤木さん」
フワロさんは、いたずらっぽく小首をかしげた。
「これからは藤木さん。あなたが、私たちを守ってくださいね!」
「守るですぅ!」
二人のフワロに迫られ、俺は一瞬呆気に取られたが……すぐに覚悟を決め、短く笑った。
「ああ。これからは俺が、ずっとお前たちを守ってやるよ!」
俺の騒がしい日常は、これからも続いていく。けれど、不思議と嫌じゃなかった。俺にとって、二人の天使はもう、何にも代えがたい大切な存在になっていたから。
一度短編を作りたかったの最後まで書けて良かったです。お読みいただきありがとうございました。
フワロに関しては明かしていない設定がまだあるので、もしかしたら番外編を作るかもしれません。




