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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その、死亡フラグを回避したい!!

作者: たんぽぽ

大好きな婚約者からもらった、小さなイノシシのぬいぐるみ。手に引っかかってベッドの下に転がった。


婚約者にイノシシのぬいぐるみを贈るなんて、あいつは何を考えているんだろう。

否、私のことをイノシシのように様々な事に突撃する、面白いやつだと思っているのだ。


そんな取り止めのないことを考えながら、落ちたぬいぐるみを取ろうとベッドの下に潜って、誤って思いっきり頭をぶつける。



ゴンっっ!!!とすごい音がして、目の前にチカチカと火花が散った。



その瞬間、突然奔流のように頭に別の記憶が蘇った。






私は、電気も落ちた夜の会社で、永遠に終わらない積み上がった仕事を処理していたはずだ。

恋愛のもつれとか、人間関係のもつれだとかで、人が3〜4人、一気に居なくなったせいだ。


繁忙期を迎えて、起きて会社行って仕事して。

終電で帰って寝て起きて仕事して、曜日感覚も分からなくなって。


それで…あれ…?




手を見てみる。

お肌はプルプル、爪もツルツル。

隅々まで手入れがされている、瑞々しい手。


周りをぐるりと見渡してみる。


中世風の広くて豪華で、可愛らしい部屋だ。

ピンクや黄色、暖色系で統一されていて、フリフリ気味のカーテンやクッション、ソファーには小花柄が散っている。


部屋の隅にある全身鏡を覗き込んでみると、ドレスを着た若めの女の子が映っている。

赤…ではない、暗いえんじ色のウェーブがかった長い髪に、暗めの蒼色の目。

絶世の美女ほどではないけれど、日本人の普通顔の私からすれば、まあまあ可愛らしい顔立ち。



混乱で頭が痛いのと、物理的にも頭が痛い気がして、溢れる記憶でごちゃまぜのまま、そのまま世界が暗転した。






「タルクウィニアお嬢様、たんこぶもありますがお熱もありますので、そのまましっかりお休みになっていて下さい」


どうやら知恵熱を出したらしいし、たんこぶも痛い。


我が家のメイドが、私に丁寧に布団をかけて、パタンと扉を閉めて出て行った。


ひとり静かになった部屋で、今までの私の記憶と思い出した記憶を整理してみる。


今の私は、タルクウィニア・モートルビー侯爵令嬢、13才。

タルクウィニアは呼びづらいから、親しい人はタニアと呼ぶ。


高位貴族には金髪銀髪、鮮やかで美しい色合いの髪や瞳が多い中、私の髪は暗いえんじ色で瞳は暗い蒼。

地味地味、じめじめだ。

でも、そんなことは気にしない。私にはもう仲の良い婚約者がいるからだ。


家族は父母と妹。高位貴族にしては、良く顔を合わせ良く話す、仲の良い家族だと思う。


今の環境に全く不満はないが、問題は思い出した前世かもしれない記憶である。


人が少なくなった会社で必死に働き、繁忙期辺りで記憶が無い。

まあ、それも今からどうこうできない事なのでしょうがないが、問題はその時にプレイしていた乙女ゲームの内容だ。


「キラッ⭐︎クライリス学園〜桜の下で告白を〜」


仕事でボロボロの中、唯一現実逃避でプレイしていたすごい名前のゲームだが、その中のモブ悪役令嬢に私がいた気がする。

しかも、悪役令嬢の中でもモブもいいところで、宰相の息子ルートの時にだけ出てきた、悪役令嬢の取り巻きだ。


私は第三王子ルートしか終わらせていなかったのでよく知らないんだが、断罪されて修道院や国外追放や領地の僻地に生涯幽閉とかあった気がする。


こんなに家族や婚約者とも仲が良いのに、皆んな冷たい目で私を追い出すのだろうか。


「この恥晒しめ!」みたいな事を言い放たれるのだろうか。


タニアとして楽天的で悩みのない人生を送ってきた私は、初めて自分の未来に慄いた。




「ソルくん、ごめんなさいね。熱を出してから、何だかタニアの元気がなくて。」


タニアの未来への絶望に、地味地味じめじめしていると、心配した母が婚約者のソルを呼び出した。


「「私達が聞いても教えてくれないけど、ソルくんには話すと思うのよね」とのことだけど、どうしたの?たんこぶ痛い?」


彼は、ソルドゥル・ピアチェンツァ侯爵令息、呼びづらいので親しい人はソルと呼ぶ。

私と同じ13才で、6才の時からの婚約者だ。

政略的な婚約だったけれどとても性格が合って、一緒にかけっこも木登りもイタズラもする、幼馴染で悪友であり、最早家族のようなものだ。


うちのモートルビー侯爵家は男児がいない。

ピアチェンツァ侯爵家の次男のソルが長女の私に婿入りする予定なので、のんびり穏やかな両親も妹も、ソルを家族のように接している。

ちなみにゲームでは、ソルは私よりもっとモブで、顔も名前も出てこなく「攻略対象者の弟」としか存在しない。



ソルが翆色の瞳で、ジッと私を見つめる。

その、柔らかそうな茶色の髪も好きだな。


「タニア。今、僕の髪とか目の色見てるでしよ。」


「へへへ、バレた?」


6才から一緒にかけっこイタズラ平民街に入り浸り、悪友兼家族をしている私たちには、高位貴族の綺麗な姿勢も言葉もあって無きもの。

お互いの考えなんて大体お見通しだ。


「ヘコんで食欲も無いなんて、タニアらしくないよ。どうしたの?」


再びソルが、私の心を見透かすように目を覗き込んでくる。


話してわかるかなー、普通はわからないんだろうな。

でも、ソルは頭が良くて天才だから、わかってくれるかな…?


「私のはなし、聞いてくれる?」






ソルに、前世の記憶を思い出した事、これから私の身に起こるかもしれない事を話した。

「ゲーム」って言われたら嫌な気持ちになるだろうから「前世でこの世界の予言の書を読んだ」という事にした。


乙女ゲーム「キラッ⭐︎ クライリス学園〜桜の下で告白を〜」は、ヒロインが16才でクライリス学園に入学する所からはじまる。

ヒロインは平民に近い男爵令嬢だが、希少な光の魔法が発現し、一目置かれた存在だ。


ちなみにソルは、水・氷属性で、私は土・岩属性である。


彼女は入学してから生徒会に誘われ、攻略対象者と接していく。

攻略対象者は4人。

第三王子、宰相の息子、騎士団長の息子、生徒会顧問の先生、である。


宰相の息子は、ソルの兄、レイナード兄様だ。


ゲームの期間は一年間。

学園生活の中で攻略対象者の好感度を上げながら、イベントをこなしていく。


春は、入学〜生徒会入会、ステータスと好感度を上げる期間で最初のテストを終えてから夏季休暇に突入する。


夏季休暇中は、生徒会が秋の学園祭の準備をするため度々学園に集まり、途中で息抜きと称した生徒会メンバーの別荘お泊まりイベントがある。


夏季休暇が明けたら学園祭で、そこで大体のルートが確定して。


秋には、国主催の狩猟大会に応援枠で参加して、途中でふたりきり雷雨びしょ濡れ洞窟イベントがある。

その少し後に攻略キャラの心の傷を聞いて、慰めるイベント。


秋のテストに、国主催の年末パーティー。


年が明けたら、終盤のヒロイン襲撃イベントに、年末テスト、そして卒業パーティーだ。


卒業パーティーでは、ヒロインにいちゃもんをつけようとした悪役令嬢たちが、逆に証拠を揃えた生徒会メンバーたちに断罪される。

悪役令嬢たちは攻略対象者の婚約者たちで、自分たちの婚約者と仲良くなっていくヒロインに、イジメや嫌がらせ、襲撃を実行した罪で、婚約破棄に貴族籍剥奪、国外追放、修道院や領地の僻地に生涯幽閉となる。


そして。卒業パーティーのあと。クライリス学園だけにある希少な樹木、桜の木の下で結ばれるのだ。


告白シーンには桜吹雪が舞うのだが、ゲームのタイトル「キラッ⭐︎」や、ゲームに日本の桜を都合よく出してくる辺りは、いまいちソリが合わない。


タニアは、ソルの兄、レイナード兄様ルートにのみ登場する、悪役令嬢の取り巻きだ。

よくよく思い出してみると、悪役令嬢のひとり、レイナード兄様の婚約者、ユーレンベック侯爵令嬢の取り巻きとして登場していた。

そして、嫌がらせや襲撃に協力していたタニアも一緒に断罪され、貴族籍剥奪・国外追放だったと思う。


「そこが何だかおかしいんだよね。」


ソルは行儀悪く頬杖をつきながら言う。


「だって、兄上とユーレンベック侯爵令嬢、すごい仲悪いじゃん。兄上がその、ヒロイン?と仲良くしたとして、嫉妬なんかしないと思うけど?」


そう、レイナード兄様と婚約者のユーレンベック侯爵令嬢は、これ以上無いくらい仲が悪い。

レイナード兄様とソルの家、ピアチェンツァ侯爵家は、お父様こそ宰相だが、お父様もお母様も家にも子供にも全く興味の無い方だった。

婚約者も相性や子供の意思は全く汲まずに、家の利だけで決められている。


私とソルは奇跡的に相性抜群だったが、レイナード兄様の婚約者、ユーレンベック侯爵令嬢は、鮮やかなピンクレッドの髪にドリルヘアの典型的な悪役令嬢で、気が強くてひとを見下してくるタイプだ。


いつでも勤勉で日夜努力を惜しまず公平を期す、文武両道秀才型、レイナード兄様とは初対面から全くソリが合っていない。

私たちだって、お近づきになるのはごめんだった。


「そこは、レイナード兄様への嫉妬はなくても、爵位の低い男爵令嬢に奪われたという事実に、プライドがへし折られたんでしょ」


「タニアがユーレンベック侯爵令嬢の取り巻きだって言うのもおかしいじゃん。僕ら彼女のこと、嫌いじゃん」


そうなんだよねー。なんで私、大嫌いな傲岸不遜高慢ちきの取り巻きなんてやってたんだろう?


「一番おかしい所は、断罪された卒業パーティーに僕はいなかったの?僕がいたら、みすみすタニアを断罪させなかったはずなんだけど」


ソルの存在はチラリとも出なかったと思うんだよね。何て言ったって、顔も名前もないモブだもの。


「タニアが、そのままひとりで国外追放されたのもありえないよ。絶対ひとりでは行かせないし、地の果てだってついていくのに。」


「そう言ってくれると嬉しいよ。国外追放になったら私と一緒に平民ライフしようよ」


私も行儀悪く、机に両手を伸ばして突っ伏しながら言う。


「むしろ、僕らにはその方が楽で楽しいんじゃない?」


ニヤリ、とソルは楽しそうに口の端を上げる。


コンコン、と扉がノックされた。

「お嬢様、お茶のおかわりをお持ちしたのですが」


二人きりではだらけていても、私たちは高位貴族。

扉が開くと同時にスッと姿勢を正して微笑みを貼り付けた。




ソルは、腑に落ちない点はあるものの、前世の話とゲームの話を信じてくれた。


私たちが学園に入るまでに、あと3年ある。

それまでに私とソルで、断罪回避の体制を整えるためそれぞれに準備をし始めた。






まずは、私とソルで、細かいゲームの内容を検証する事にした。


「だからね。私、攻略対象者4人の予言のうち、第三王子殿下の予言しか知らなくて…」


「そこは、兄上の予言を知っとくべきでしょ…!」


そう。自分が断罪されるルートをプレイしていないのだ…!


それでも、流れとイベントはほぼ同じだから、わかる範囲で書き出していく。


攻略対象者は4人。


第三王子、ミハエル・アルリアスク殿下

宰相の息子、レイナード・ピアチェンツァ兄様

騎士団長の息子、カーティス・ボールドウィン侯爵令息

あと、生徒会顧問の先生


4月に希少な、光属性を持った男爵令嬢のヒロインが、クライリス学園に入学。

そこから、生徒会に誘われて入る事となる。


「僕らと同じ年齢の光属性の男爵令嬢って、恐らくソーニエ男爵令嬢、エイミー・ソーニエじゃないかな。」


さすが!ソルはもう彼女を特定していた。

ピンクの髪に赤紫の目の、明るく優しいと評判の令嬢らしい。

光属性が生まれるのは50年に一度くらいらしく、国の覚えもめでたく、話題になっているそうだ。


男爵家なので高位貴族のパーティーで会うことはなく、同年代の私たちにはあまり馴染みがない。


「まあ、学園の各テストは置いといて」


メインのイベントは夏から始まる。

夏季休暇中に生徒会が行う学園祭の準備。

第三王子殿下が生徒会メンバーを招待しての、別荘イベント。ここでは、好感度の高いキャラと二人きりのシチュエーションがある。


夏季休暇が終わったら学園祭があり、学園祭の後に二人きりになる相手で、ほぼルート確定となる。


秋には、狩猟大会。毎年国主催で開かれる高位貴族の参加イベントだが、光属性の特別枠でヒロインも招待されて、ルート確定キャラが慣れない彼女の付き添い役になる。

その後、森の散策中に雷雨にあい、びしょ濡れ洞窟二人きりイベントがある。


「え!?もし兄上がエイミー嬢の相手になったら、今年は僕とチームを組んでもらえないってこと!?ひとり参加かぁ…」


ソルがガックリする。チーム戦だと西の森、単独だと東の森に行くのだが、ソルは毎年レイナード兄様とチームを組んで西の森に行っていたし、結構楽しみにしていたのだ。


「第三王子殿下ルートでもヒロインと雷雨びしょ濡れ洞窟イベントしてたけど、なんか事故もあったとかなかったとか…?」


「雨で戻るのに手間取ったとかかな?僕も気をつけよ」


その少し後に、ルートキャラの深い悩みや心の傷を分け合うイベントがある。


「レイナード兄様に、人には言えない深い悩みや心の傷がありそうだと思う?」


「いやぁ?親のことは生まれた時からで慣れっこだし、それ以外は兄上の努力の賜物で、まあまあ順風満帆じゃないかな?」


ソルは勿論、私もレイナード兄様に妹のように良くしていただいてるけど、そんなに深い悩みはありそうにない。


「これから何か悩みが増えるのかな?」


冬は、毎年の国主催の年末パーティー。

攻略キャラは形ばかりは婚約者と入場するが、後に生徒会メンバーで集まってワイワイする。


そのしばらく後に、ヒロイン襲撃イベントがある。

業を煮やした悪役令嬢たちが、悪漢を雇ってヒロインの馬車を襲撃するのだ。

この事件で「希少な光属性の殺人未遂」という罪が悪役令嬢たちに確定する。


そして、卒業パーティー、断罪と続く。


「要は、タニアが、予言書ヒロイン、エイミー嬢や悪役令嬢たちと、全く関わらなければいいんでしょ」


その通りだけど、できるのかな。

ゲームの強制力とか…!?


「キョウセイリョク…?わかんないけど、要はエイミー嬢が行く、クライリス学園と別の学園に通えばいいんじゃない?」


そのとおり…!?そうだけど…!?

そんな学園あったっけ…?


「よくよく思い出して、タニア。高位貴族子女は多くがクライリス学園に行くけど、中〜低位貴族・平民も通う、フレデソカ学園もあるじゃん。しかも、授業のレベルが落ちるわけじゃないし」


「フレデソカ学園に…行けるかな…?」


「行ける行ける!別に無いことじゃないし、タニアの家族も、僕たちも「高位貴族はクライリス学園でなければ」なんて気にしないでしょ。」


もし行けたら、ものすごく断罪回避に近くなる。


「僕らは、むしろ平民に近くて気楽で過ごしやすいかもよ。僕も行くし。」


「ソルも!?一緒に来てくれるの!?」


「もちろん」


ソルはニコニコ笑って、私のおでこに親愛のキスをした。




ソルは本来天才型でその能力を隠してきたのだが、断罪回避の作戦会議をしてから、その本領を発揮するようになった。

ソルが能力を隠してきたのは、レイナード兄様のためだ。


レイナード兄様は日夜努力を怠らない秀才型だが、ソルが本気を出したら苦なく超えてしまう事があった。

あの家でソルの心を許せる家族はレイナード兄様だけだ。

ひとの心を顧みないご両親や親戚に、ソルの優秀さを見つけられたら面倒事にしかならないと判断したのだ。


ソルは努力を怠らない嫡男の兄が何事もなくそのまま家を継げるよう、能力を隠しチャランポランを演じてきたし、レイナード兄様もそのことを知っていた。


そして、それはソルを家族の一員と思っている私の家族も知っていて、ソルの家の事情と彼の思いを見守っていた。


それを、ソルが辞めた。


「だって、もし万が一タニアが断罪されることになったら、発言権があるのは力のないチャランポランな次男より、何でもできる、周りに認められた優秀な男の方が、説得力があるでしょ」


ニッコリ笑ってソルが言う。

レイナード兄様にも何を話したのか相談済みで、応援してくれているそうだ。


「もう、タニアのモートルビー侯爵家に婿入りが決まってるから、兄上の代わりに家を継げって話は一刀両断できるしね」


本気を出したソルは、それはそれは凄かった。


見たり聞いたり読んだりしたものは大体一度で覚えるし、賢くて頭も回る。勉強なんて目ではない。

一緒に勉強する時なんかは、一方的に教えてもらった。

ソルは天才だって知ってたから、悔しくなんてない。


剣と魔法にも真面目に取り組み、メキメキと強くなった。


ソルが身体を作るために日々鍛錬するようになった。

度々見学しているが、侯爵家の騎士相手に剣の速度が鋭くて速い。

身軽に相手を撹乱しては、出来た隙を正確に突く。

あのチャランポランを演じてたソルが、真剣な眼差しをして汗をかく。

めちゃくちゃ、カッコ良い。

そのできた青あざも愛おしい。


数年前に木の棒でチャンバラごっこをやったけど、もう敵わないな。


魔法はよく一緒に練習した。

魔力量は高位貴族になればなるほど多いので、私もソルもそこそこ多い。


この世界の魔法は、自分の属性をイメージで出すので、理論とかは難しくは無いのだが、その分集中と感覚を研ぎ澄ませる必要がある。

練習量がものを言うので日々の積み重ねが重要なのだが、魔獣や魔物がいる世界でもないので、そんなに使えなくても問題はない。

高位貴族でも魔力量に対して魔法があまり使えないひとが多いのだが、先行きが分からない身。使えないより使えた方がいいに決まっているので、真面目に取り組んだ。

何より、前世を知っていれば、魔法、面白い。


魔法の家庭教師の元、ふたりで魔法を発動させる。

ソルは水・氷属性だから、密度があって固そうな鋭利な氷が的を撃ち抜いた。

氷ひとつを取っても、仕上りもスピードも違う。


私は土・岩属性だが、岩で潰すとか刺すとか無理なので、岩の壁を作ってひたすら防御にいそしんだ。


そんなこんなでゲーム開始までの三年を過ごし、身体の引き締まったカッコイイ文武両道天才型令息、ソルが出来上がり、私は地味地味じめじめだけど、ソルと勉強した分ちょっと他の令嬢より成績良いかもくらいに仕上がった。






16才になった4月。

とうとうゲーム開始。


私とソルは、ゲームの本拠地「クライリス学園」を避け「フレデソカ学園」に入園した。


高位貴族が多いクライリス学園ではなく、低〜中位貴族や平民が多いフレデソカ学園に行くことに、両親は反対しなかった。

ソルもどうやったのか実家を説得して、一緒に行くと私の両親に伝えた時の、両親の喜びようと言ったら。

ソルが私の手綱を握ってくれていると安心的なことを思っているらしい。


何だか釈然としない。


今日は入学式。

ソルと一緒に、複雑な模様を描くフレデソカ学園の門をくぐると、古くから歴史のある大きな校舎が目に入る。


ゲームのことは気になるけれど、横でニコニコしているソルとの学園生活を楽しもうと、改めて心に誓った。



フレデソカ学園での生活は、とても順調だった。


ソルは16才になって、本当にカッコ良くなった。

そんなに背が伸びずに止まった私と違って、ニョキニョキと高くなった背。

気づけば、力強く、大きくなった手。

欠かさず続けている剣の鍛錬で、均整とれた引き締まった身体。

美男子揃いの攻略対象者の弟だけあって、整った顔立ち。

柔らかい茶色の髪に、澄んだ翆色の瞳。


見た目も良いのに、天才ぶりも遺憾無く発揮するソル。

婚約者としてソルに群がる女子たちを牽制しつつ、ソルに教えてもらいながら、私はそこそこ良い成績をキープし続けた。


成績順のクラス編成では、学年一位のソルと上位の私は同じクラスだ。

いつも天才ソルと一緒にいる私を、地味地味じめじめふさわしくないとかコソコソ言う人もいるけれど、地味地味じめじめは最初から知ってるし、そもそもがモブなんだから気にしない。


ソルはカッコイイけれど、力を隠してチャランポランな頃から私の悪友で、家族なのだ。



ただただフレデソカ学園生活を満喫しているだけではない。

ゲームの本拠地、クライリス学園の情報も常に収集している。

ソルは常にレイナード兄様とお互いの学園生活について話している他、断罪回避の作戦開始3年前から交流とツテと顔を広げ、クライリス学園に様々な立場の情報提供者がいるようだ。

私も女子目線からと言うことで、同じ歳の母方の従姉妹がクライリス学園に入園しているので、日常から噂まで事細かに情報をもらっている。


ゲームのヒロイン、光属性男爵令嬢のエイミー嬢は、男爵令嬢ながらも光属性と言うことで、高位貴族の学園でも注目を集めているようだ。

ゲーム通り、レイナード兄様含むゲーム攻略者が集まる生徒会に誘われて一員となったらしい。

レイナード兄様と少し距離が近いようなのが、気になるところだ。


「タニア、両手を組んでブツブツと、何してるの?」


「エイミー嬢がレイナード兄様ルートに来るなー、と念じているところ」


「…そっか」



そんなこんなでテストが終わって、夏季休暇が始まった。

今年はゲームが進行してるから、ソワソワ、ハラハラと気が気でないんだけど


「もしも国外追放になったら、この国で過ごすのは最後になるでしょ。それなら見納めに、この国の名所全部見ておかなきゃ」


と、ニコニコのソルにあちこち連れ出された。


とは言っても私たちはまだ未成年なので、ふたりきりで行ったのは彼の領地。

ピアチェンツァ侯爵領の綺麗で楽しいところを、泊まりで沢山連れて行ってもらった。


朝、早起きして行ったのは霧のかかった幻想的な森。


森の木の根元の地面から透明度の高いクリスタルが顔を出していて、淡く虹色に光っている。

クリスタルの近くには同じく白く透けている大きなキノコもパラパラと生えていて、同じく虹色を映していた。


朝霧の中、クリスタルとキノコの虹色があちこちで淡く透けて、葉っぱの朝露の雫が落ちるとキラッと虹色を反射した。


霧が消えるまで、ソルと手を繋いで幻想的な森をゆっくりと散策した。



領地の下町で平民に紛れて、手を繋いで一日走り回った。

面白い小物の店、下町ならではの品揃えの本屋さん、屋台がひしめく広場では、噴水と走り回る子供たちを眺めながら、お肉を挟んだパンに大口で齧り付いた。

眺めの良い、町の高台に行ったのは、夕方。

一面に色づいた強いオレンジに、少しずつ蒼が混じっていく。

ゆっくりと沈んでいく夕日と、夕方から夜に、徐々に色が変わっていく空と町を、ソルと手を繋いで眺めていた。



夜に行ったのは、宿のちょっと先、ピアチェンツァ領の名所の湖。

空を見上げると、満天の星。

シンっと夜の静寂の中、星の光を水面が反射して、一面キラキラと輝いている。

水際の草むらに座って、ふたりで水面と星空、欠けた三日月をしばらく眺めた。


この国でしか、見れない景色。

今、この時にしか見れない景色。


ソルがそっと口を開いた。


「タニアは僕のことをよく知ってるけど、改めて聞いてくれる?」


空を見ながら話すソルの瞳にも、星のキラキラが反射する。


「僕、あの家に生まれて、何にも面白くなくて」


うん、知ってる。


「父上と母上はほとんど家にいないし、本当に兄上だけで」


うん、そうだね。


「兄上はいつも家のために一緒懸命努力されてて、でも僕が簡単に追い越しちゃうこともあって。僕は兄上の努力を台無しにしちゃう存在なのに、兄上はすごいすごいと褒めてくれて」


ソルは、そんなレイナード兄様が大好きなんだよね。

私にとっても、大好きな兄様。


「だから、兄上の邪魔にならないように、ほどほどにしかやらなくなって、チャランポランを演じて」


ソルは確かにチャランポランを演じてたけど、半分は素だと思うよ?


「うっさい、失礼なこと考えただろ」


ジロリと半眼で睨まれる。バレたか。


「何も面白くないし、何だか自分も分からなくなっちゃってきて、そんな時にタニアに会ったんだ」


空を見ていたソルが、ゆっくりとこちらを向いて、ジッと私を見つめる。


そして、次の瞬間、プッと吹き出す。


「タニア、本当に面白くて」


失礼な!私は、いつもいたって真面目なんだけど!


「令嬢なのに走りまわるし、木登りするし、棒振り回すし」


「全部、ソルと一緒にやってきたことですが」


ソルは震えながら笑ってる。本当に失礼なやつ。


「その他も面白い所いっぱいあるんだけど……生まれて初めて、面白くて」


知ってる。

初めて会ったソルは、高位貴族の微笑みを貼り付けていたけれど、目も表情も死んでたもん。

ソルの初めてになれたなら、それは幸い。


「僕の面白いは、タニアだけなんだ。タニアだけが、僕の楽しいことなんだ。」


ソルが、目を細めて大事なものを見るように私を見つめた。


「タニア、僕と出会ってくれて、ありがとう。大好き。」


ソルの手がそっと私の頬をなぞって、おでこに親愛のキスをした。






楽しかった、夏季休暇にも終わりが近づいてきた。


ピアチェンツァ領のお泊まりから家に帰ってきて、私たちはゲームのヒロイン、エイミー嬢たちの近況を整理する。


「予言書通り、クライリス学園の生徒会メンバーは、夏季休暇中、頻繁に学園祭準備をしていたらしいね。そして、ついこの間、王家の別荘に泊まりに行ったらしい」


かねがね、ゲーム通りの流れかな。


「問題なのは、エイミー嬢と比較的距離が近いのが、兄上だということかな」


学園祭準備でも二人で組むタイミングが多かったらしく、別荘でのゲームイベント「夜二人きりで抜け出そう」でも、レイナード兄様と一緒に過ごしたらしい。


「いやだー、第三王子殿下とか麗しい男子がいるんだから、レイナード兄様はやめといてよー」


「兄上は、真面目で努力家で誠実で人となりも最高だから、致し方ないと言えばそうなんだけど。」


私は頭を抱えて机に突っ伏し、ソルは口元に軽く握った右手を添えて考え込む。


「兄上の事を考えると、あの傲岸不遜な婚約者、ユーレンベック侯爵令嬢との結婚に比べれば、エイミー嬢と恋愛結婚した方が絶対に幸せだと思うし、悪くはないと思うんだよね。ただ、タニアには好ましくない展開だ。」


エイミー嬢が、レイナード兄様を攻略しようとしている。


私たちは腹を括って、改めて断罪回避と万が一の国外追放の準備を進めることにした。





夏季休暇が終わり、私たちもフレデソカ学園が始まった。

フレデソカ学園でも、学園祭シーズンだ。

1年生の私たちのクラスでは、演劇をやることになった。

定番だね!


これまた定番の、聖剣を持った王子様が魔王を倒し、攫われたお姫様を助けるストーリーだ。

王子様役は満場一致で、天才ソルが演じることになった。


問題はお姫様役だが、ソルが強行して私に決まってしまった。

暗いえんじ色の髪に暗い蒼の目、地味地味じめじめの私よりもっと見栄えのする女子がいると思うんだけど、ソルが譲らないんだからしょうがない。

決まってしまったからには腹を括って見劣りしないよう頑張るしかない。

何てったって、相手は天才ソルなんだから。


学園祭当日、王子様の衣装を纏ったソルは、それはそれはカッコ良かった。

私は固まって、しばらく見惚れていた。


スラリと高い背、欠かさぬ鍛錬で引き締まった身体、整った顔立ちに、柔らかい茶色の髪と翆色の瞳。


こんなにカッコイイのに、誰だ。ゲームで顔も名前も出さなかったやつは。

むしろ、攻略キャラレベルではないか?


「ターニア、僕に見惚れたまんま、思考がどっかに飛んでってない?」


よく分かったね、ソルには全てお見通しだ。


「タニア。タニアのお姫様衣装も、凄く綺麗だよ。」


ソルが、目を細めて私を見つめる。

彼には多分、私限定面白フィルターがかかってるので、しょうがない、しょうがない。


幕が上がり、王子様は攫われたお姫様を探すために旅に出る。

途中で魔物を倒したり、騙されたり、四天王に苦戦しながらもやっとのことで魔王と対峙し、死闘の末にお姫様を助け出す。

ラストシーンは、お決まりハグからのキス(の振り)シーンだ。


魔王を倒した王子様は、ボロボロの姿でゆっくりと姫の側にやってくる。

胸に手を当て、スッと姫の前で跪く。


「姫。魔物の地で長らく苦労をおかけしました。私と一緒に国へ帰りましょう」


「王子。あなたこそそんなに怪我をして。我が身のことより、魔物と戦うあなたの身を案じておりました。ご無事で何よりでございます」


「私は、姫のことを考えない日は一日もありませんでした。いつも心配で、その気持ちが魔王を倒す力となったのです。姫、愛しています。一生を貴方の隣で過ごす権利を私にいただけますか」


「王子、私も貴方を愛しています。これからの人生を貴方と共にずっと過ごしたい。死が私たちを分つまで、ずっと離れずに。」


ぎゅうっとふたり、抱きしめ合う。

少し離れて、見つめ合って、ゆっくりそっとキスをした。



割れんばかりの拍手の中、幕が降りる。


「ソ、ソソソ、ソル…!!フリ…!?キス、フリ……っっっ!!?」


「あはは、真っ赤だよタニア。ちょっとだけ。ちょっと触れただけじゃん」


ちょっと満足気なソルは、真っ赤な顔で動揺しまくる私を見て笑い転げている。

ちょっとだけ、じゃないっ…!!!

面白くて良かったねっっ…!!?


動揺やら恥ずかしいやらソルが楽しそうで良かったやら、混乱しつつ、大盛況で私たちの学園祭は終わりを迎えた。



その頃、クライリス学園でも学園祭は無事終わったようだった。

学園祭の後に、こっそり抜け出す二人きりイベントがあり、それでほぼルート確定なのだが、案の定エイミー嬢はレイナード兄様と過ごしたらしい。


これで、レイナード兄様ルート、確定だ。


「この後、国主催の狩猟大会、レイナード兄様の深い悩みか心の傷イベントがあるはずなんだけど、ソルから見て、結局レイナード兄様に悩みや傷はできた気がする?」


「いやぁ、兄上はいつも通りの兄上だよ。最近増えたのは、軽い恋愛相談くらい」


「恋愛、相談…!!?」


ソルに、恋愛相談なんて、高度なことができるんだろうか…!?


「タニア、すごい失礼なこと考えてるの、顔に出てる」


ブスくれた天才ソルに、左右の頬をびろーんと伸ばされた。






***************


僕は、 ソルドゥル・ピアチェンツァ。

親しい人はソルと呼ぶ。

ピアチェンツァ侯爵家の次男として生まれた。


ピアチェンツァ侯爵家は、高位貴族らしい、家族関係の希薄な家だった。

生まれてすぐに乳母に渡され、乳母は3才ほどでいなくなった。

両親とほとんど顔を合わせた記憶は無く、家門一同が集まる行事や、家族で出席しなければいけないパーティー等、必要最低限の関わり合いしか無かった。


そんな中、2才上の兄上だけはよく会いに来てくれたし、兄上の希望で可能な限り食事も共にした。

兄上は小さい頃から多忙に過ごし、勉強、魔法、鍛錬等、侯爵家嫡男として、宰相を務める父に恥じない息子として、寝る間も惜しんで努力していた。

僕には出来そうにない努力家の兄上を尊敬したし応援していた。


風向きが変わったのは、僕に家庭教師がついてからだった。


家庭教師から教わる座学は、内容は簡単だったしどんな問題も苦なく解けた。

難しいと思うことなくスルスルと頭に入っていき、手応えも問題が解けた楽しさもない。


魔法も同様で、教わったことは難なく出来て、練習量がものをいうらしい魔法はこのまま続けていれば何でも出来そうだった。


剣を持っても、相手の急所、動きのクセ、筋肉量やスピードを分析できるので、継続して鍛錬して身体さえ作れれば対応できる自信があった。


それが、周りの目の色を変えさせた。


「ソルドゥル様は天才では…?」

「魔法の集中と精度が、子供にしては高すぎる…」

「剣を持たせても、あの年頃の子供の動きではないぞ…?」


「レイナード様より天才では?」

「レイナード様より魔法の腕が高いのでは?」

「レイナード様より圧倒的に剣がお強くなるのでは?」


食事の時間に、兄上が褒めてくださる。


「家庭教師や皆から聞いたよ。ソルはどれも良くできているって。すごいね。」


皆が僕を褒める会話の中に「レイナード様より」という言葉が入っていることを、兄上も聞いているはずだ。

それでも、聞いていないフリをして、兄上は褒めてくださった。


ピアチェンツァの家門は親戚も含めて、人となりや努力では評価はしない。利のみで動く一族だ。


小さい頃から多忙を極め、勉強、魔法、鍛錬等、侯爵家嫡男として、宰相を務める父に恥じない息子として、寝る間も惜しんで、僕には出来そうにない努力を続けている兄上。


ちょっとやってみたら、出来てしまった自分。


兄上の努力を無駄にしないために、邪魔にならないように、ちゃんとやる事を辞めた。

「レイナード様に比べて、この子はどうにもならないな」と思われるように、ヘラヘラチャラチャラと振る舞うようになった。


全てを見透かしている兄上は、悲しそうな顔をしていた。


全部を適当にやり過ごし、ヘラヘラチャラチャラ、ダメ男を演じる。

兄上と食事をする時だけ、息ができる気がした。

そんな過ごし方をしているうちに、自分が分からなくなっていた。


人生が変わったのは、6才の時だ。


父上が決めた、利だけを考えて決められた婚約者。

兄上も、性格が破綻している傲岸不遜のユーレンベック侯爵令嬢との婚約が決まっている。


一生を共にする相手さえ、相性も、人となりも考えられず利のみで決められるのだ。

本当、人生ってつまらない。


そんな事を考えていられたのは、彼女に会う前までだった。



今までの世界がひっくり返る。


ふわふわとウェーブを描く、落ち着いた色の赤い髪。

深い深い海の底のような、蒼色のパッチリとした瞳。


彼女は「令嬢」と言うより「イノシシのような女の子」というイメージが強かった。


会ったその日から、走って手を引かれ木登りに誘われる。

僕にとって初めての木登りでも容赦はなく、高い高い木の枝に座ると世界の遠くまで見渡せて柔らかい風が頬を撫でた。


彼女はイノシシのようなのにカンは鋭く、僕が人生に絶望しているのを見透かして沢山の彼女の好きを体験させてくれた。


体力が尽きるまで走り回る鬼ごっこ。

木の棒でめちゃくちゃに際限なく襲いかかられる騎士ごっこ。

高位貴族の令嬢なのに屋敷を抜け出し、平民街で全力で子供たちと夕暮れまで駆け回る。


この行為に何の意味がと彼女を見ると、満面の笑顔で全力で楽しんでいた。


コレは、楽しいこと。

彼女が僕に教えてくれている、楽しいこと。


楽しいこと、面白いことを、ひとつずつ教えてもらって、僕の「楽しい」は、彼女になった。



彼女のカンも鋭かったが、彼女の家族も同様だった。

兄上以外に見透かされたことのない隠していた能力や演技は、あっという間にバレてしまった。


彼女のように、お日様みたいな彼女の家族は


「隠していても別にうちは構わないよ。婿が優秀なのは大歓迎だし、その才能を隠していても当主の仕事に手を抜く君だとは思っていないからね。うちは揺るがないから、君の好きに生きればいい」


チャラチャラしてても構わないと言う。

もしも全力を発揮して実家に目をつけられて、婚約解消を迫られたらどうするのかと彼らに問えば


「我が家も同じ侯爵家だ。本人の意向も汲まない婚約解消の申し出を蹴ることなど造作もないよ。婚約したらもうこちらのものだから、安心して大船に乗ったつもりでいるといい」


お日様のように暖かい家だと思っていたが、紛れもない高位貴族の侯爵家だった。



タニアの家族に能力が見透かされてからは、尚更タニアと過ごすことを歓迎された。

彼女のイノシシみたいな行動力も、僕がいれば大丈夫と思われているらしい。


「婿に来てくれるのが決まっているから、最早家族も同然ね」


実の親とはほとんど関わりが無かったが、タニアの両親は僕に、本当の父上、母上のように、家族のひとりとして接してくれた。



タニアは子供時代を経て少女となり、どんどん綺麗になっていく。

風に揺れるたおやかな落ち着いた色の赤い髪。

キラキラ光る深海の蒼の瞳。

ふっくら艶めく柔らかなくちびる。

柔らかな彼女をぎゅっと抱きしめると、ふんわりいい匂いがした。


そんな頃、彼女が発熱後から元気がないと義母上から呼ばれ話を聞いてみれば、前世を思い出して予言書を見て、17才になる頃に断罪されて国外追放になると言い始める。

イノシシの彼女らしい突拍子も無い話だが、彼女の瞳を見つめてみれば嘘のカケラも無かった。

僕たちは長い間一緒に過ごしすぎて、お互いのことはほとんど分かるようになっていた。


僕の、恋心以外は。


将来本当に彼女が断罪されて国外追放なんてとんでも無いことだ。


僕のこの能力はこの為にあったのかもしれない。

彼女を守る為にあったのかもしれない。

僕のすべては、彼女の為に。


僕は全力で、彼女の断罪回避と万が一の国外追放に備えることにした。




16才にもなった彼女は、本当に眩しいほどに美しい。

僕のタニアを誰にも見せたくなくて閉じ込めたい気持ちになるけれど、キラキラと生命力溢れてイノシシのように活動的な彼女が一番生き生きとして美しいから、いつも僕は我慢する。


予言書開始の入学式から情報収集していたが、エイミー嬢が兄上ルートに入ってしまった以外はそこそこ上手くいっている。

夏季休暇の彼女も、それはそれは生き生きとしていて、楽しかったし美しかった。


もう少しで、国主催の狩猟大会。

今まで兄上と2人でチームを組んで、チーム戦会場の西の森に行っていたが、今回兄上は希少な光属性として招待されたエイミー嬢の付き添いとして応援参加するらしい。


狩猟大会では上位の獲物を狩猟して誰かに捧げることもできる。

どうせ単独参加なら、単独参加会場の東の森の奥まで行って上位の獲物を狙っていくのも悪くはない。

エイミー嬢と兄上の「雷雨洞窟びしょ濡れイベント」もあるらしいので、雷雨対策に東の森の奥の小屋も使用を検討しておこう。


君の成長に合わせて、悪友•家族で過ごしているけれど。

この狩猟大会で。

僕のこの気持ちを、君に捧ぐ。





秋になり、毎年開かれる国主催の狩猟大会が始まった。

この大会は伯爵位以上の高位貴族がほぼ参加するイベントで、狩猟組と応援するお茶会組に別れての参加となる。


希少な光属性という事で、エイミー嬢は特別枠で応援参加として招待された。

初めての参加で不慣れだろうと、生徒会から代表して攻略ルート決定のレイナード兄様が、一日付き添うことになっている。

ゲーム通りならば、昼過ぎから2人は森の散策に行き、雷雨洞窟びしょ濡れイベントが起こるはずだ。



狩猟大会は真剣に獲物を競うようなものではなく、お遊びから本気まで自由度が高い。参加スタイルはそれぞれだ。

複数人参加のチーム戦会場は西の森、単独参加の会場は東の森で、共に森の奥に行けば行くほど大物が出現する。

狩猟した獲物の種類と大きさにより、上位は表彰される仕組みだ。


ソルは今年はレイナード兄様がエイミー嬢に付き添う為、単独参加で東の森だ。


東の森……?


チラッと頭を掠めたけれど、特に何かを思い出せない。


東の森へ出発するソルに、私と家族は声をかける。


「無理をしないで、怪我もしないで頑張ってきてね!」


「君に最高の獲物を捧ぐよ」


ソルは私の手を取って、ちゅっと指先に口付ける。

くそぅ、カッコイイ…!!


恥ずかしさに真っ赤な顔をした私を置いといて、家族もソルに激励の言葉を贈っていた。


ソルの出発を見送った後、私たちモートルビー侯爵家一家は、みんなでソルを応援する為に、応援(お茶会)会場へ移動した。




午前中から始まった狩猟大会もお昼を超えて中盤に差しかかり、お遊びスタイルの狩猟参加者たちは、小さな獲物を持って戻って来る人も出始めた。


空が曇り始め、ポツリポツリと雨が降り始める。

そういえば、狩猟大会は雷雨イベントがあるんだっけ。

ソルが心配になり始めソワソワし出した私を「東の森には小屋もあるから大丈夫よ」と母が宥める。


東の森…?


小屋…?


再度言葉が引っかかって、念の為に私の知っている王子ルートをよくよくよく思い出してみる。




『狩猟大会の第三王子と2人きり雷雨洞窟イベント後、私たちがびしょ濡れで森の入り口に戻った時、狩猟大会会場は騒然としていた。』

『狩猟大会はやむを得ず中止。どうやら、突然の雷雨で戻って来れない人もいて、東の小屋に雷も落ちたらしい。』

『私たちはそんな話を耳にしながら、帰り支度に勤しんだ。なんてったって、2人ともずぶ濡れの濡れねずみだ。』



洞窟イベントばかり覚えていて、大会自体の印象が薄い。

そんな話だったっけ。

ソルは東の森に行ったけど、まさかね。



来月にはレイナード兄様の心の傷イベントもあるが、未だに全く悩んでいる様子も傷ついている気配もない。

深い傷が出来るほどの、深刻な悩み…?



前世の記憶を思い出した時に、頬杖をついた行儀の悪いソルは、何て言っていたか。


『一番おかしい所は、断罪された卒業パーティーに僕はいなかったの?僕がいたら、みすみすタニアを断罪させなかったはずなんだけど』

『タニアが、そのままひとりで国外追放されたのもありえないよ。絶対ひとりでは行かせないし、地の果てだってついていくのに。』




「ねえ、お父様。東の森の小屋ってどこにあったっけ?」


「小屋は森の奥にあるから、今からそうそう行けないぞ。」


訝しげな父からふんだくった地図を広げて、小屋の位置を確認する。


様子を見に行くだけ…

ちょっと様子を見に行くだけだから…


居ても立っても居られなくなり、私は森に走り出した。




本降りになってきた雨に濡れながら、全力で小屋を目指して走る。


走りながら、ゲームのストーリーで今まで分からなかった矛盾に、頭を巡らせる。


何で私が、レイナード兄様ルートでだけ、悪役令嬢として登場するのか。

ソルが今回、東の森に行くことになったのは、レイナード兄様がエイミー嬢と過ごしているからだ。

エイミー嬢がレイナード兄様を連れ出さなければ、今年もソルはレイナード兄様とチームを組んで、西の森に行ったはずだ。


もしもソルの身に何かあったとしたら。

もしも、ソルが帰ってこなかったとしたら。

原因となったエイミー嬢を激しく恨むだろう。

ウマの合わない大嫌いなレイナード兄様の婚約者、悪役令嬢ユーレンベック侯爵令嬢とつるんでも。

手段さえ選ばずに。


どんどん、そうなんじゃないかという気がしてきて、不安と焦りが止まらない。


想像が想像で終わることを願いながら、ひたすら走る。


雨が顔に当たり、目にも口にも水が入る。

肺が痛くて心臓も痛くて、呼吸が苦しくなっても。

脇腹が痛くて、足ももつれて何度も転んでぬかるんだ泥に突っ込んでも。

自分のことは構わない。


土砂降りの雨の中、雲間からゴロゴロと雷鳴が聞こえ始める。


もしも想像通りだとしたら、この一分一秒、一瞬の遅れが命取りとなる。



彼の命が、儚く消えるかもしれない。

共に過ごした夏が、彼と過ごした最後の夏になるかもしれない。

永遠に、彼の笑顔に会えなくなるかもしれない。


私の断罪なんかより彼の死亡フラグの方が、余程危険だったのだ。



雷がどんどん激しくなっていく。


息も絶え絶えになり、全身ずぶ濡れ泥まみれになりながら、必死で足を動かし続ける。


ようやく見えた小屋には、灯りが付いていて。

光の漏れる窓からは、茶色の髪がチラチラと見え隠れして。



空から一際大きな雷鳴が轟く。



その瞬間、私は躊躇いなく全ての魔力を使い、分厚い岩で小屋を覆った。


目も開けられない強い光を放ち、稲妻がはしる。


落雷の轟音と衝撃に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられて。

魔力も力も使い果たし、そのまま意識を失った。






***************


ソルが無惨な姿で発見された。

雷雨に見舞われ、東の森の小屋に避難したが、雷が直撃して小屋は倒壊、炎上したのだ。



大好きなソル。

私の半身のようなひと。

ずっと一緒に生きていけるはずだったひと。



彼の命は、儚く消えてしまった。

共に過ごした夏が、彼と過ごした最後の夏になってしまった。

永遠に彼の笑顔に会えなくなってしまった。


永遠に、彼の笑顔に会えなくなってしまった




恨めしい。


憎らしい。


ぐるぐると渦巻く憎悪が腹を焼く。


あの女が、レイナード兄様を誘わなければ。


ソルは、いつも通りにレイナード兄様と西の森に行き、東の森の小屋に行くこともなかったのに。


永遠に、彼の笑顔に会えなくなることもなかったのに。




恨めしい。


憎らしい。


許さない。


許さない…!!


地獄の底に送ってやる。


彼を奪ったあの女を、地獄の底に送ってやる…!!






その時、泣きたくなるような温もりが、そっと私の手を握った。






重い瞼をゆっくり開ける。

柔らかい茶色の髪。

潤んでキラキラ光を反射している翆の瞳。

目元は真っ赤でクマもあり、憔悴した顔をしている。


「タニア…!!目が覚めたんだね…!!?」


ソルに握られている反対側の手で、ゆっくりとソルの頬をなぞる。


「ソル…生きてる……」


ゆっくりと起き上がり、ソルの胸に顔を埋める。

ぎゅっと抱きつくと、暖かな体温とトクトク耳に聞こえる彼の鼓動。

ソルの命を感じて、安心して息を吐く。



生きている。


ソルが、生きている。


私は、間にあったんだ…!!



止めどなく流れる涙もそのまま、ソルの胸元をびちょびちょに濡らす。

私の心配を、しかと受け止めるがいい。


「心配かけてごめんね、タニア………って、心配したの、僕の方だからっっ!!」


ソルが、震えながら私をぎゅうっと抱き返す。


「傷だらけの泥だらけ、魔力まで枯渇して、ボロ雑巾みたいにびしょ濡れで倒れてる君を見つけた時の、僕の気持ちも考えてよ…っっ!!」


びちょびちょのボロ雑巾だったらしい。

心配性のソルには、それはさぞ心労をかけただろう。

ごめんね。


頭の上で、ぐすりと洟を啜る音がする。


私たちは抱き合いながら、しばらく2人で啜り泣いた。






涙が落ち着いてきた頃、すんすん言いながら2人で今回のことを話し始める。


「僕は本来、予言書の通りなら、東の小屋で死んでいたんだね。」


「そうかもしれないし、違うかもしれないけど。少なくとも、レイナード兄様の深い心の傷になって、私と一緒にいられない状態ではあったと思う」


私は、レイナード兄様ルートをプレイしていないので厳密には亡くなったのかは分からない。


想像できる事は、恐らくレイナード兄様の大きな心の傷になり、私がエイミー嬢を激しく憎む状態にはなったんだと思う。


「狩猟大会と事故、断罪で僕がいない、と聞いた時に想定しとくべきだったかな」


ソルは、真っ赤な目とクマのある顔で、苦い顔をして口元に軽く握った右手を添えた。


「私も、第三王子殿下ルートしか分からなかったとは言え、ちゃんと隅々まで思い出していれば…」


本当、後悔しかない。

本当に本当、何のための前世の記憶!?っていうくらい、後悔しかない。


「でも。タニアがボロ雑巾になるまで頑張ってくれたから、僕が今、生きてるんだよ」


ソルが、目を細めて私に笑いかける。

目が赤くてクマがあるけど、それもまた陰があってカッコイイ。

ボロ雑巾の甲斐があった。


「そういえば、今何時?ここ私の部屋だけど、私どれだけ寝てたの?」


「2日くらい眠ってたよ」


「え…?」


もう一度、ソルの顔を見る。

真っ赤な目に濃いクマがある。


「ソル、ちゃんと寝てるよね…?ずっと、付き添ってたとか、まさかないよね…?」


ソルはニッコリ笑ってる。


「早く寝てこいーっっ」


取り急ぎ、ソルをいち早く寝かせる為に、大急ぎで母を呼んだ。




ソルを寝かせに追い出した後、改めて母から狩猟大会の話を聞いた。


私が森に入って雷雨になっても帰ってこなかったので、父が東の森の小屋へ向かって探しに行ってくれたらしい。

途中で、びしょ濡れボロ雑巾の私を背負った、同じくびしょ濡れのソルと出会ったそうだ。


ただでさえ大雨なのに、びしょ濡れボロ雑巾の私まで背負わせて申し訳ない。


傷だらけの泥だらけ、魔力も枯渇した私をソルは動揺も露わに心配して、ずっと私から離れなかったそうだ。


そうして、2日間寝てないソルの出来上がりである。


私が寝ている間にお医者さまに診察してもらったらしく、軽い火傷と吹っ飛ばされた時に出来た打ち身、擦り傷、魔力枯渇といったところ。

大事を取って、2週間はベッドから動くなという事だった。




私がフレデソカ学園を休んでいる間、しっかり睡眠を取ったソルは、毎日学校帰りに寄ってくれた。

近況を話してくれたり、休んでる間の学校の勉強を教えてくれたり。

そのおかげで、フレデソカ学園復帰後のテストもそこそこ解けた。


丁度その頃、クライリス学園では攻略キャラの心の傷イベントがあるはずだったが、レイナード兄様にはイベントが起こらなかった。






その後はまた、クライリス学園ともエイミー嬢とも関わらない、比較的穏やかな日常が戻って来た。


否、あれ以来少し変わったことがある。


狩猟大会のいざこざで、私はソルを失いそうになったトラウマで彼の前では泣き虫になり、ソルは私が泥と雨にまみれたボロ雑巾になっていたトラウマで私には異常に過保護になった。


クライリス学園では、レイナード兄様とエイミー嬢は、ますます仲を深めているようだった。

婚約者がいる身で褒められたものではないが、もともとレイナード兄様と傲岸不遜ユーレンベック侯爵令嬢の関係は破綻しているので、致し方ないと言えばその通りだ。


冬のイベントとして、全貴族参加の、国主催年末パーティーがある。

モートルビー侯爵家も、私と婚約者のソルも、もちろん参加だ。



年末パーティーには、ソルから贈られた翆色にグラデのかかったドレスを着て、二人でお互いの色を纏い、ソルにエスコートされて会場入りをした。


背も高くて、均整の取れた引き締まった身体。

柔らかい茶色の髪に翆色の瞳の、整った顔立ち。

文武両道魔法にも長けてて、その天才的な能力を隠していないソル。

いつもよりも豪華な夜会衣装の一部には、深い蒼色が刺繍されている。


この地味地味じめじめの暗い蒼の目も、ソルフィルターを通せば、こんな色なのね…


地味地味じめじめ婚約者の私は、今日も女性の視線を集めまくるソルの隣で牽制し続けた。



ソルと慣れたようにダンスを踊り、各所に年末の挨拶に回る。

一年に一度しか会わない、唯一私がゲームのルートを攻略した、 ミハエル・アルリアスク第三王子殿下。

優しげな美男子で、金髪碧眼、絵に描いたような王子様である。

王族にご挨拶に行く際に、チラリとご尊顔を拝謁したが、学園の違う私達にはあまり縁のない方だ。


年齢的にもゲームのビジュアル通りなので、ミーハー心にチラリと見れば、にこやかなソルにムニっと片手で頰を挟まれ、お顔の向きを変えられた。


別に、ゲーム通りだなって見ただけじゃん。


ひと通りやる事を終わらせて、ソルとベランダで夜風に当たる。

今夜も欠けた三日月で、夏に遊びに行ったピアチェンツァ領の湖の、星空を思い出させた。


本当に、ソルとの最後の夏にならなくて良かった。


思わず涙が込み上げて来てぐすんと洟を啜る。

寒いのかと勘違いしたのか、ソルが上着を掛けてくれた。


そうじゃないんだ、カッコイイけど…!!


ソルが眩しそうに私を見つめる。


「タニアはいつも綺麗だけど、今日のタニアは、本当に綺麗だ…」


ほんのり頬を赤くしたソルは、今日もフィルター絶好調。

誰もいない事をいいことにそっと私を抱きしめて、髪を掬って親愛のキスをする。

狩猟大会のボロ雑巾以降、ソルの過保護と甘さは加速する一方だ。


私を見つめるソルの瞳に熱が灯る。


本当は、私もそろそろ分かってる。

これは、親愛より先の感情だ。

私もソルが、自分の半身のように大事な気持ちに変わりはないが、心に小さく灯ったこの気持ちをゆっくり大事に包み込む。


ソルは、分かっているよという笑みを浮かべて、そっと私のおでこにキスをした。






私たちは無事に生きて年を越し、新しい年が始まった。


断罪イベントがあるクライリス学園の卒業パーティーが控えているが、正直、ソルを失うことに比べたら、断罪や国外追放なんて些細な事に思えて来た。


万が一、断罪されて国外追放になるとしたら、ソルは貴族籍を抜けてついて来てくれるそうだ。

その時のための国外へ向かうルート、手配、滞在先、貯蓄等、私もソルも万全にしてある。

寧ろソルは「僕らは平民になった方が、堅苦しくなくてのびのび生きられていいんじゃない?」と本気で言っている。


断罪の前に、もう一つ、ゲームヒロイン襲撃イベントがある。

悪役令嬢たちの手配による、悪漢を雇ってのエイミー嬢の馬車襲撃事件だ。

この事件が決定的となり、希少な光属性と助けに入った攻略キャラの殺人未遂容疑として、悪役令嬢たちに具体的な断罪が行われる。


無傷で終わるはずのエイミー嬢はともかく、助けに入る攻略キャラはレイナード兄様なので、念入りに対策をしてもらった。


平民街を少し出た人気のない通りで起きたらしい襲撃事件。

柄の悪い男たち、5〜6人にエイミー嬢の馬車が襲われたらしいが、エイミー嬢は光魔法で悪漢を牽制。

そこへ、前もって情報を掴んでいたレイナード兄様がピアチェンツァ侯爵家の騎士と共に駆けつけ、圧倒的な力で捕縛したそうだ。


さすが努力を欠かさない、文武両道魔法も強いレイナード兄様。

悪漢なんて、足元にも及ばない。


ソルと共にレイナード兄様の活躍に満足しつつ、とうとうその日はやって来た。




ついにやって来た、卒業パーティーの当日。


卒業パーティーは、クライリス学園でもフレデソカ学園でも同じ日に行われ、夕方から夜の時間帯に開かれる。


ゲームの舞台、クライリス学園では、パーティーの最中に各悪役令嬢たちの婚約破棄と、断罪が行われるはずだ。

攻略対象者の婚約者たちは、エイミー嬢が各攻略対象者たちと仲が良い嫉妬から、エイミー嬢への細かい嫌がらせを行ったのみならず、悪漢を雇っての、希少な光属性のエイミー嬢と侯爵家嫡男レイナード侯爵令息の、殺人未遂事件まで起こしてしまった。

婚約破棄は勿論、貴族籍剥奪と刑罰は免れない。



それはそれで置いといて、私達には私達のフレデソカ学園の卒業パーティがある。


私とソルは、クライリス学園の断罪を気にしながら、フレデソカ学園での卒業パーティを過ごした。


「たとえ万が一断罪に巻き込まれて国外追放になっても、僕たちは準備して来ただろ?今すぐ行っても大丈夫な位だから、安心して」


ゲームでは、断罪イベントで悪役令嬢たちが罰せられたあと卒業パーティーを抜け出して、ゲームのラストシーンである、クライリス学園名物、桜の下での告白イベントがある。

夜桜の下で告白が終わると一面に桜が舞い散って、ハッピーエンドで終了だ。


今頃は、断罪が終わって婚約破棄が成立したレイナード兄様が、エイミー嬢に告白している頃だろう。



「私たちも、クライリス学園のイベントを真似て、パーティー抜け出して。告白ごっこしてみる?」


ソルは私の手を握って、ニッコリと笑って言う。


「是非やろう」



パーティーホールを抜け出して、フレデソカ学園自慢の優美な噴水がある庭園にやってくる。


綺麗に手入れがされた木々と庭園には所々に街灯があり、庭園を柔らかな光で照らしている。


空には満天の星と三日月と。


それらの光を、噴水から散る水飛沫や揺れる水面がキラキラと反射して、幻想的な雰囲気を醸し出していた。



噴水の前で、告白ごっこをしようと口を開いた私の顔に、スッと手を出してソルが止める。


ソルは、いつになく真面目な面持ちで私に言った。


「僕からさせて。ごっこじゃないやつ」


言って、スッとソルが跪く。


「タニアは知ってると思うけど、僕は何をしても楽しいことが無くて。兄上の邪魔もしたくなくて、道化を演じるしかなかった僕の人生が、君に出会った時からどれだけ輝いて楽しくなったか。

君がいなくなったら、また楽しい気持ちも感情も、世界の色も消えて、生きている意味もなくて、ただの人形になってしまう自信があるし、すぐに我慢できなくなって後を追う自信がある。

タニアとの人生を知ってしまったら、もう君がいない人生は考えられない。

僕の唯一。僕と、結婚して下さい」


ソルが、熱のこもったキラキラした翆の瞳で。

ちょっと緊張した面持ちで。

真剣に私に言葉を紡ぐ。


私は、ソルの瞳をジッと見つめて、気持ちを返す。


「私のこの気持ちは、まだソルほど恋には足りないかもしれないけど。小さい頃からずっと、あなたと居る未来しか考えていないし、あなた以外考えられないんだよ。

悪夢でも体験したけど、あなたが先にいなくなった世界では、私は多分、世界を恨んで、憎んで、正気ではいられないんだと思う。

ソルは、私の片翼。

私の半分。

ソルと比べて足りない分は、あなたが教えて。

私の唯一。一生側にいてください。」


お互い、ほんのり赤い頬で笑い合う。


「ねえ、ソル。前世の結婚の誓いをしてみたいんだけど、いいかな?」


「もちろん」


神父さんはいないけど、私がソルに向かって言う。


「ソル、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


そうしたら、ソルも私を見つめて言葉を紡ぐ。


「タニア、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」




その瞬間、この噴水の広場にぶわっと大量の桜の花びらが舞い散った。


「何だこれは…?」


「桜の花びら…!?ハッピーエンド、ってこと…?」




ゲームのエンディング、桜の木の下で告白してハッピーエンドを迎えた時のような、桜吹雪。


一面に舞い踊る桜の花びらの中、熱の籠ったソルの瞳を見つめて、ゆっくりとキスをした。






***************


クライリス学園の卒業パーティーの情報を、ソルと私で確認したところ、断罪イベントはつつが無く行われ、悪役令嬢たちは殺人未遂の罪で各々断罪されたそうだ。


その後の告白イベントでは、ゲーム通り、レイナード兄様とエイミー嬢が桜の木の下で結ばれたらしい。




夜の噴水でのプロポーズの時に「足りない分は教えて」と確かに私は言ったけど、その言葉を本当に後悔したくなるほど。ソルは好意を全面に出し「慣れだ」と言って教えられた。

過剰すぎて身がもたない。


「あの時の言葉は取り消し不可だから」


と、真っ赤に悶える私にニコニコで愛を囁いてくるソルは、本当に楽しそうだ。




そんなこんなで、私たちはゲームと断罪を気にせずのびのびと過ごし、2年後、フレデソカ学園を無事卒業した。


同じくクライリス学園を卒業したエイミー嬢は、彼女の卒業を待っていたレイナード兄様と結婚。


嫡男のレイナード兄様の結婚を待って、私達も結婚。

ソルはモートルビー侯爵系に正式に婿入りとなり、晴れて私達の本当の家族となった。



初めての夜は「初めて会った時から、どれだけ待ったと思う?6才の時からだから、12年かな。12年。」と、にこやかにのたまいながら、優しく、12年分の彼の我慢と愛を教えられた。



レイナード兄様夫婦と私達の仲は良好で、よくお互いに集まってお茶やら商談やらをしている。


エイミーは転生者で、前世日本の記憶持ちだった。

そのことをレイナード兄様に話していたようで、私達の前世の記憶は4人共通の秘密となった。


ソルの死亡フラグの事だけは、レイナード兄様の気持ちを考慮して触れなかった。


「タニアも小さい頃からニホンの記憶を持って悩んでいたなんて、苦労しただろう。気づいてあげられなくてすまなかったね」


レイナード兄様が、私を気遣う言葉をくれる。

私にも優しい、本当の兄のようなひとなのだ。


私と仲良しのレイナード兄様に、エイミーがぷうと頬を膨らませてちょっと妬く。


「タニアと言えど、私以外の女の子にあまり優しくすると妬けちゃうわ」


「これだけは許しておくれ、エイミー。両親との関係が希薄だった家だから、私の家族は小さい頃からソルと妹のようなタニアだけだったんだ。それにタニアなら大丈夫だよ。タニアにはソル、ソルにはタニア。ふたりは、ふたりでひとりのようなものだから」


レイナード兄様が、目を細めて私たちを見つめる。

私とソルは同意のつもりで、お互いを見つめて微笑んだ。


「…ソルが生きてて良かった…」


ボソッとエイミーが小さな声でこぼす。


それはそうなんだけど、転生者ならもしかしなくとも、レイナード兄様ルートのソルの顛末を、知ってて攻略してるよね。


ひくっと笑顔が引き攣ったけど、ゲームでも彼女が直接手を下した訳ではないし、ソルが生きてここに居るから、聞こえなかったことにした。


そんなこんなで、前世の知識や商売、領地のことを協力しながらこなしていく。

国外追放用に用意しておいた国外の資金や土地やコネは、そのまま商売用に展開した。



青空は高く、気持ちの良い緩やかな風が、肥沃な土地に流れていく。


このまま私たちは、ゲームのシナリオに左右されない、穏やかな幸せを過ごしていくのだ。

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― 新着の感想 ―
新作に気が付きました! 最初、何故イノシシ……?と引っかかって、でも最後まで読んでから戻ってくると、愛、愛なんですね……。 あらすじにも書いてありましたが死亡フラグがそっちだった!という展開とても面白…
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