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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今日世界は滅ぶらしい

作者: 宮座

世界が滅ぶことはなかった

1999年7月も2012年12月21日も、

そして2025年7月5日も

しかし今日世界は滅びるらしい。




蒸し暑い真夏の太陽の下で古家の軒下に座り、俺は思いにふけっていた。

木々に囲まれたここは廃村だったようで木造の家の中を覗いてみるとホコリと蜘蛛の巣ばかりで人がいる形跡がない。


世界の終わりを見届けるには最高の場所だ。

静寂の中、虫たちは何も知らずに鳴いている。




数時間後に直径400kmの隕石が太平洋南東あたりに衝突するという。

大陸をめくり上げる程の爆風が衝突から数秒後にはすでにここまで到達している。



空は青く雲一つない、平和そのものだった。

穏やかな一日が始まりそうだ。

まるで初めから何も無かったように透き通って見えた。

空気を力いっぱい吸うと、青々とした木々の匂いがする。

俺は言葉を失い、ただその時を待っていた。




初めてその存在を知ったのは一年程前のこと。

カビ臭いアパートの一室で古いエアコンをガタガタいわせていた。


アルバイト帰りでくたくたになっていた俺は、特にやりたいこともないため、何となくテレビをつけて時間を潰していた。

どうやら巨大隕石が発見されたようだ。


しかも、地球への衝突確率は2%程だという。 天文学的には非常に高い確率だそうだ。


その時の俺は何も感じなかった。

むしろ退屈していたところで予期せぬ事態に心を躍らせていた。



その日から少しづつ衝突確率が上がっていった。

SNSでは終末ネタでお祭り騒ぎ。

世界の終わりを予言する輩が何百と現れた。

この時は皆笑っていた。


不安を抑えたかったのかもしれない。

俺はどこか他人事のように眺めていた。


ノストラダムスだとかマヤの何だとかを根っこから信じている人々は相当の暇人なのだと思っていたが、地球滅亡程の刺激的なエンタメは他にないだろう。


しかも今回は列記とした学者の根拠つきの予言だった。

くだらない毎日を送るような人間にはこういったくだらない話が必要なんだ。

そう考えていた。




くだらなくなかった。


日に日に増えていく衝突確率で寒気のするような空気感が世界中に広がっていくのを感じた。


確率の上昇がぱったりと止まった時期もあったがその間に公表する派としない派で揉めていたらしい。


結論、公表する方針になっていった。

全ての人間には知る権利があるのだと主張したらしい。


大規模に争ったみたいだと噂がある。

死者もでたのだとか。

真実は誰にも分からない。


その噂がより一層世間を冷え上がらせていた。

その全てを狭い自室の中で知ることになった。




大自然の中でもう一度空を見てみる。

青い空が透き通った光彩を放つ、水彩画のように写った。


こんなに穏やかな気分になったのはいつぶりだったか。

今まではバイトに行っては店長に絞られて謝り、帰ったらダンゴムシのように横になっていた。


空がこんなに綺麗だったなんて気づくはずもなかった。

あまりにも当たり前のものだったから、いざ無くなってしまうとなるとやはり名残惜しいものだ。


ここまで破滅を実感するまで知ることが出来なかった。




軒下から立ち上がりサビれた雨戸をこじ開ける。中に入ってみると埃が舞う。

何となく薄暗く何かが出そうな気がした。


蜘蛛の巣の蜘蛛はここは俺の縄張りだと主張しているようだった。

歩くと床はギシギシと音がなり、耳が不快感を覚える。


舞った埃をもろに吸い込んでしまい咳き込んでから掃除をしようかと思い至る。




俺はここまで逃げてきた。

現在、都市部はスラムと化している。


経済は破壊され、インフラも止まり、金の価値は紙切れとなった。

ネットは繋がら無いがかろうじてラジオは繋がった。


街を歩けば誰かの亡骸が転がっていた。

看板や住宅が人の手で破壊された痕跡が残っている。


こんな状況にも何とか立ち向かおうとする団体も数多くいた。

そのうちの何人かがボランティアで食料を配っていた。


与えられたパンは乾燥しきっていたが、かすかに甘味を含んでいた。

その景色は混沌そのものだったが混沌の中にも秩序は確かにあった。


俺はというと何とか食いつなぐため森に篭もり、その辺の草や虫を食べていた。

純粋に死にたくなかった。


草は苦味が舌にへばりついて取れたことはなかった。虫は噛み潰して飲み込んだはずなのに胃の中で動いている気がした。


最初は腹を下していたが案外慣れて来るものだ。

スーパーやショッピングモールには行ってはいけない。


もう食料なんてとっくに尽きているのに飢えた人間たちが集まってくる。

追い詰められた者たちはすぐに争いを始める。


通りかかった者に難癖をつけ、所持品を奪おうとする。

それを集団でやっている者もいる。


あそこは激戦区だから命がいくつあっても足りない。

他にも争いが各地で勃発している。


おかしくなってしまった街の様子を見ると気が狂いそうだった。

だから俺は出来るだけ人気の居ないところへ逃げに逃げここまで来た。


木々の中は安心出来る。

人は少なく身を隠すことが出来る。


物陰が多く人を撒きやすい。

この土地の名前すら知らずにここまでやって来た。


こんな時にも俺の逃げ癖は遺憾無く発揮された。




古民家の床をギシギシとさせながら部屋の隅々までホコリを取り除いていく。

随分長い間掃除をしていた。


たった一部屋だけ見違える程、綺麗になった。

煙たさはなくなりビンテージの隠れ家のように感じる。


俺はそこに足を伸ばし腰を下ろした。




希望がなかった訳では無い。

数ヶ月前、まだインフラも経済もかろうじて動いていた頃、俺は自室で少しでも不安を紛らわすため、ラジオを聞いた。


なんと、地球を救うため世界中から最高峰の技術が結集したチームが誕生したそうだ。

集まるだけでも奇跡のようなドリームチームだ。


争いあっていた国々も手を取り合い協力し、地球の危機を救うことを約束した。

人々はそれに歓喜し、未来を願った。俺も胸が熱くなった。


もし地球が続くのならもう一度真面目にやり直そう。

きっとボロボロになった街の復興に人手が必要なはずだ。


汗水垂らして色んな人にに貢献出来るよう努力しよう。

今度は逃げずに立ち向かってみよう。

が、いかなる手段を用いてもそれは果たされなかった。


かつての人を何億と葬った核を使っても、衛星を用いて軌道変更を試みても、その隕石は未知の物質で出来ているようで意志を持って地球へやってきているようだ。


まるで人類を断罪するために。

最後にはそのチームは火星へと飛び立って行った。


人類はたった一つの隕石に負けたのだ。

それからだろう。


社会が原型を留めなくなったのは。




案外、悪くない気持ちだった。

どこか安堵していた。


思いのほか冷静に状況を飲み込めていた。

自分が馴染めなかった世界を隕石は否定してくれているようだった。


人類の紡いできた数十万年の歴史と共に心中できることは幸福なのではないかと考えた。

そう思うのはきっと自分は何一つ積み上げてこなかったからだ。


俺は逃げ続けた結果、こんな非常事態にも誰からも心配の連絡は来なかった。

だが、滅ぶのはひとりじゃない。


素晴らしい功績を残した聖人達にも誰かを地獄に貶めた罪人達にも平等に終わりがやってくる。




突然眩しい光が部屋に入り込んで来た。

慌てて外に飛び出し、空を見上げる。太陽が2つあるように見える。


片方の太陽は少しづつ大きくなっていくのがわかる。俺は心の底から死の恐怖を感じた。

孤独が背中を這うのを感じた。


誰かそばに居て欲しい。

そして、喧嘩別れした両親や少しずつ疎遠になった過去の友人達を思い出していた。

彼らも同じように空を見上げているのだろうか。




赤く燃え上がる惑星がゆっくり近づいて来るに連れて突風が吹き荒れ、窓ガラスが一斉に割れる。

壁にしがみつき必死に吹き飛ばされまいとしている。


家の中に避難しようとしたがガラスの破片が邪魔をする。

走馬灯だろうか自らの過去がふつふつと湧き上がってくる。




俺は失敗し続けた。受験も就職も。

そんな自分が情けなくて人を避けた。


それは俺だけではないかもしれない。

俺ほどでは無いが失敗ばかりの人生なんてありふれているはずだ。


成功の方が多い人間なんて数える程ではないのか。

だから人々は争いもするし、逃げもする。それは仕方の無いことなのかもしれない。




確かに俺は逃げ続けていた。

けれど、いつだって必死にもがいていた。

今だってそうだ。


気を抜けば簡単に吹き飛んでしまいそうな突風を何とか壁面にしがみついてやり過ごしている。

ふと気がつく。それで良かったんじゃないか。


俺は生きるのに必死で食いたくもないセミの幼虫や芋虫を食った。

人との衝突を避け森で身を潜めた。

永遠と食べられるものを探しては休みを繰り返した。

逃げた先でそれはもう必死にもがいた。


あの時だってそうだった社会に晒されて、自分の不甲斐なさを痛快するような毎日だったが何とかのらりくらりと生活は出来ていた。

俺は俺なりにやってきたから地球滅亡まで生き延びることが出来た。


今日まで生き残った全ての人間がそうだろう。


全身緊張が一気に抜けていく。

けれど、手足は確かに身体を支えていた。


全身が傷だらけの血だらけだったことにようやく気がついた。

それでも構わなかった。


俺は最後の最後に自分の人生が案外悪くないものだったと気がついた。




今まで感じたことのない骨の髄まで打たれるような衝突を感じた。

地面が全身を叩きつけるようだった。衝突した。


俺はしがみつくことをやめ、爆風を受け入れることにした。

限りなく真っ赤な何かが視界いっぱいに広がっていく。


熱すぎて痛みすら感じない。

今では世界中の人間が同じ道を歩んだ同士だと感じる。


最後にそう思えた俺の人生は幸福だった。


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シリアス ダーク 男主人公 現代 終末世界 ポストアポカリプス 隕石 バッドエンド 孤独 サバイバル
― 新着の感想 ―
詩的な表現が良くて自分には書けないタイプの話だなぁと思いました。 今後も執筆応援しています。
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