第5話 ガルメル公爵家
叫び声を上げたり、走り回ったり、目を見開いたり。驚きの表現方法は様々だが、レイドリアはただ、ポカンと口を開けて固まった。
「話の流れでわかると思うが、お相手は——」
「ちょっ! ちょっと待ってください父上!」
そんなレイドリアを無視して話を続けようとしたヴィアーヌを、さすがにレイドリアは制止した。
「なんだ? なにかあるのか?」
「いや、何かもなにも、お見合いもなく勝手に婚約者を決めるなど!」
政略結婚が当たり前の貴族社会だが、多くの場合、形式上はお見合いを行う。それに10歳で許嫁がたてられるというのも、常識と照らせば若干早かった。
「そんな形だけのものに何の意味がある。私もガルメル殿も、そのように意味のないことを行う主義ではないのでな」
「それは……そうかもしれませんが、しかし、それなら私に一報入れてからでも……!」
「ふむ。だから今こうして一報入れているではないか」
「事後報告ではないですか!」
つい口調が強くなったことを自覚したレイドリアは、ハッとした顔で口を押さえてしょんぼりとした。
ヴィアーヌはそれを見て呆れたような顔を浮かべる。
「はぁ……まったく。文句はお相手を見てからでもいいんじゃないか? その後であれば、いくらでも受け付けようじゃないか」
「……覚悟しておいてくださいね」
本気で言っているわけではなかったが、恨み言のひとつくらい言ってもバチは当たらないと、レイドリアは確信していた。
「さて、話を戻すが……お相手はガルメル家のエレア殿だ。聞いたことはあるか?」
「エレアって……! あの『天才令嬢』ですか!?」
「ほう。よく知っているな」
レイドリアはまた頭を抱えた。
『天才令嬢エレア』を、レイドリアが知らないはずはなかった。
なぜなら——
「彼女は確か、私と同い年、でしたよね!?」
オルト学院に入学してからのシュミレーションにも余念がないレイドリアは、同級生の有力貴族については既に調べあげていた。
中でも特筆すべき才能を有しているのが、ガルメル家のエレア・ガルメルだった。
魔力量5600、魔法属性は土、風、氷、重力の四つ持ち。レイドリアに肉薄する魔力量、そして同じ四属性持ち。レイドリアが意識するには十分な理由があった。
さらにいえば、特異属性である重力などという属性を有しているので、レイドリアの能力と比べたときには、僅かにエレアに軍配が上がりそうだった。
ちなみに有力貴族の子はこうして能力を開示することがよくあるが、レイドリアの場合は毒と闇の二属性、魔力量は3500、と公表している。
本当の実力からはかなり落ちるが、これでも学院では上位10%クラスの才能だ。悪徳貴族の『侮られ方』には、これくらいがちょうどいいらしい。
「その通り。ガルメル殿にはお前の本当の能力を包み隠さず伝えてあるからな。ならばとエレア殿を嫁にだす決断をしてくれた」
決断というには即決がすぎたがな、とヴィアーヌは付け加えた。
「あぁそうだ。明後日ガルメル家に挨拶に伺いなさい。既に許可は取ってある。明日の朝に出発すれば、明後日の朝方につくだろう」
溢れかえる情報量で頭がパンクしかけているレイドリアには、父の言葉に反論など出てこず、ただ明日が来るのを待つしかなかった。
*
「よくぞ来られた。レイドリア殿」
丸一日馬車を走らせて、レイドリア一行はガルメル領に到着し、ヴィアーヌ家の1.5倍ほどはありそうな大きな屋敷に歓迎されていた。
まずレイドリアを迎え入れたのは、筋骨隆々といった風貌の大男だった。
「インダルン・ガルメルという」
この男こそ、ガルメル公爵その人であった。
ガルメルがレイドリアに向かって手を差し出し、れはそれに応える。
ガッチリと手が交わされた。
「レイドリア・ヴィアーヌです。よろしくお願いします」
その後でレイドリアは挨拶をする。
「面倒な話をするつもりはない。入るといい」
ガルメルに促され、レイドリアは屋敷に足を踏み入れる。
案内されたのは、如何にも応接室といった感じの部屋だった。
「さて、レイドリア殿……話はいろいろと聞いているよ。魔力量6000の四属性持ちとは、うちのエレアに勝るとも劣らない、素晴らしい才能だ」
「いえ、エレア殿に比べれば、私の才などまだまだです」
エレア殿、という呼び方に、ガルメルの眉が一瞬ピクッと動いた。
まずったかな、とレイドリアは思ったが、態度に出すことはしない。
「謙遜することはない。君は贔屓目なしで見ても、十年に一人の逸材であることに疑いようはない」
同学年にエレアがいるではないか、という反論は、喉元にすら届くことはなく、レイドリアの胸の内に消えた。
「恐縮です」
レイドリアはわざとらしいガルメルの褒め言葉を素直に受け入れた。
「そんな君の才能を買って、うちのエレアをヴィアーヌ家に嫁に出そうと思うのだが、どうだね?」
レイドリアの意思を問うポーズをとってはいるが、この婚約は既に規定事項であると、レイドリアは確信していた。
「ありがたい申し出だと思います。私のような者に、エレア殿のお相手が務まるかはわかりませんが……」
それでもレイドリアは、気乗りしないという意思は示した。
「何を言うか。レイドリア殿の才能は並大抵ではない。エレアの相手が務まるのは、君ぐらいのものだ。それに、君は賢い。数分話しただけでわかるほどにね」
ガルメルの言葉に、レイドリアはえも言われぬ寒い感覚を覚えたが、それを無視してガルメルから視線は切らなかった。
「とにかく、君が賛成してくれるのならばもはや障害はなにもない。私もヴィアーヌも……ああいや、ヴィアーヌ殿も、そしてもちろんエレアも、この婚約には前向きだからな」
なるほど、エレアも自分と同じように無理矢理賛同させられたのだなと、レイドリアは悟った。
「と、いうわけだ。……これからエレアと直接会ってみると良い。邪魔をするつもりはない。二人きりで、親睦を深めたまえ」
言いたいことは言ったと言わんばかりの表情を作ったガルメルは、卓上のベルを振ってメイドを呼んだ。
「レイドリア殿を中庭に案内して差し上げなさい」