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第4話 真の賢者


あれから、二年が経った。

 

 レイドリアは十歳になった。

 その間にも、着々と悪徳貴族の作法や魔法の使い方を学んでいた。


 オルト王国では、富裕層に貧困層にも分類されない、いわゆる『一般家庭』の子どもは大抵九歳から初等学院と呼ばれる教育施設に入って勉学に励むが、レイドリアはそうではなかった。

 とは言っても、それは決して珍しいことではない。むしろ貴族では一般的なことだ。

 初等学院での勉強の内容は、レイドリアなどのもっと小さい頃から専属の家庭教師の授業を受けていた者にとっては途轍もなく簡単なもので、多くの貴族はそれを無駄だと切り捨てる。

 ヴィアーヌも例に漏れず、レイドリアを初等学院に入れることなく、引き続き家庭教師による教育を実施している。

 とはいえ、いつまでもそういうわけにはいかない。レイドリアは十四歳になれば、王立オルト学院という学校に入学することになる。

 オルト学院はここオルトセラ王国における最高位の教育機関であり、入学試験の倍率は例年三十倍に迫る。

 大貴族の子でも容赦なく落とす、正真正銘実力主義でできた学院である。

 そんなオルト学院の入試をクリアするために、貴族の子どもたちは日々訓練を続けている……が、レイドリアにとってはそうではなかった。レイドリアは控えめに言っても、才能に満ち溢れている。天下のオルト学院といえども、入試をクリアするのは容易なことである。

 問題は、どれだけ力をセーブして入試を突破するか、ということだった。


「入試は一発勝負。万にひとつも落ちるわけにはいかないしなぁ……かと言って首席で入学なんてしちゃったら、僕の悪徳貴族人生は潰える……」


 入試は四年後であるというのに、レイドリアにとっての悩みの種はもっぱらこれだった。


 うーんうーんと頭を悩ませていると、控えめに扉を叩く音が聞こえた。


「レイドリア様、よろしいでしょうか」


「いいよ」


 ガチャリと扉が開いて、茶髪の少女が入ってきた。


「何か用? サニャ」


 少女の名前はサニャ。

 去年からレイドリアの専属メイドに従事している。少女とは言うものの、もちろんレイドリアよりは年上で、今年で18になる。


「はい。ヴィアーヌ様がお呼びです」


「こんな時間に? 珍しいね。用件は聞いてないの?」


 今はレイドリアにとっては昼休憩の時間だが、いつも忙しくしている父からこの時間に呼び出しがかかるのは珍しい。


「はい。どうやら内密の話のようです」


「そっか。わかった。内密ってことは……書斎でいいのかな?」


「はい。そのように伺っています」

 

「ん。りょーかい」


 レイドリアは先ほどまでの悩みを忘れて、差し迫った新たな疑問に頭を悩ませた。





 書斎の扉を叩く。


「レイドリアです」

 

「いいぞ」


 声はすぐに返ってきた。


「失礼します」


「ま、座れ」


 父に促され、レイドリアは小さな椅子に腰掛ける。


 書斎はそれほど広くはない。

 これはヴィアーヌが自分の趣味のためだけに作った部屋だ。レイドリアもあまり来たことはない。

 360度本に囲まれているからか、父が目の前にいるからか、レイドリアは実際の広さ以上の圧迫感を感じていた。


「突然だがレイドリア、ひとつ質問だ」


「なんでしょう」


「レイドリア。お前は自分を、賢いと思うか? もちろん、私たちと比べてではなく、お前と同年代の子たちと比べて」


 レイドリアは迷った。質問の意図も掴みかねていたし、答えにも窮していた。


「……賢い、と思います」


 悩んだ結果、正直に心中を明かすことにした。


「正解だ。レイドリア。お前は賢い。これは親バカなどではなく、冷静に、客観的に見たとき、お前は同年代の者たちの何倍も賢く、聡い」


 なにが言いたいのか分からず、レイドリアは固まる。ここで素直に喜んでいないことこそ、レイドリアが本当に聡いことの証左であったが、素直に喜べた方が人生は豊かであることにも疑いはなかった。


「大事なのはそういうことだ。レイドリア」


「……どいうことでしょうか」


 なおも父の意図を砕けない。


「自分の実力を正しく理解すること。これが、この貴族社会においては重要なのだよ」


「自分の実力を……ですか」


「そうだ。実力を過信するのはもっての外だが、謙遜するのもまた間違いだ。自分の実力を正しく理解できない者に、相手の実力は測れない」


「なるほど……」


 納得はしたが、こんなことを言うためにわざわざ書斎に呼び出したのかと考えると、まだまだ本題はその先にありそうだとレイドリアは邪推した。


「私も、私自身の実力を正しく評価できている自信がある。私は賢者であり、知者である。他の貴族と比べてもな」


 それは、悪徳貴族が言う驕り高ぶった無根拠なものではなく、賢者がただ事実を淡々と述べているものだった。


「そして、相手の実力もある程度正しく評価できているつもりだ」


 本題はここからなのだろうなと、レイドリアは内心身構えた。


「ガルメル公爵は、知っているな?」


「もちろんです」


 ガルメル公爵家。

 それは、この国で王家の次に力を持つ大貴族であり、ヴィアーヌ領とは積極的な貿易が行われている。


「ガルメル殿は、言うならば『真の賢者』だ」


「真の賢者……?」


「あぁ。私のような中途半端な知恵者ではない、本物の賢者。真の賢者の前では、私のような者の思惑など、全て透けて見えてしまうのだよ」


「まさか、ガルメル様は悪徳貴族のことを?」


「その通り。ガルメル殿はオルト学院では私の二つ上の先輩でな。入学してから一年ほど経ったある日、言われたよ。『お前はなぜ、実力を隠しているんだ?』とな。教師にすら疑われなかった私の真の実力を、ほとんど会ったことのないガルメル殿は見抜いたのだ」


(なるほど、そういった『真の賢者』には用心しろよ、という話か)


「そのときはなにも明かさずに逃げたが、私が伯爵の地位についたとき、真っ先に彼に全てを明かした。結果、自らが悪徳貴族となるこの運営法を『面白いものだな』といって賛同、協力してくれたよ。王国一の大貴族が味方になったのだから、運が良かったと言う他ない」


 そこまで言い終わると、ヴィアーヌは机に置かれたホットコーヒーを少しだけ口に含み、口内を潤した。


「さて、本題はここからだ」


 それはレイドリアにとっては予想外の言葉だった。


「……本題、ですか」


「あぁ。重要な話だ」


 わざわざ前置きをするほどのことか、とレイドリアはさらに身構える。


「レイドリア。お前に婚約者ができた」


 その言葉は、レイドリアの想像を何倍も上回る衝撃を与えた。



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