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9 後始末

 僕がドーノで始末した五体のゴブリンの死体は、ほとんど原型をとどめていなかった。全身がほぼ炭と化しており、焦げ臭い匂いが強烈に鼻を刺激した。

 遠くで見た時でさえ、その残虐さには怖じ気づいたが、近くで見れば一層その生々しさが際立つ。吐き気が喉までぐっとこみ上げてきて、僕は口元を手で押さえていた。

「火のドーノの使い手は全く珍しくないけど、こんな強力なやつは初めて見た……五匹を一瞬で処理してしまうなんて」

 僕の傍らで悪臭に思い切り顔をしかめながら、エリーが言う。

 なんと、ようやく僕のドーノがまともに褒められた。今まで水晶を壊したりして評価してもらうどころではないという展開ばかりで、本当にすごい力なのか疑問符がついていたが、ようやくである。

 こみ上げてきた吐き気を忘れて、僕はにやけてしまうのを止められなかった。

「へへへ……」

 ひょっとしてコレ、本当にチート級の能力じゃないんだろうか? 異世界無双だって余裕だし、これでバタバタ敵を倒してたらハーレムだってそのうち作れちゃう?! ……なんて考えた。ただ、一瞬だけ。

 一瞬だけで終わったのは、次の瞬間には、エリーはもうさっさと歩き出していたから。

「じゃ、行くわよ」

「……え?」

 もう終わり? どれくらいすごいのか、もっと言うことあるんじゃ無いの? 冷静にさくっと言って終わりじゃ無くて、目をむいて「ありえない!」「そんな馬鹿な!?」とかそういうアクションないの??

 ……と、言葉にする勇気が出ず、目で訴えたが。

「なに? 何か言いたいことでも?」

 何一つ伝わらず、それどころかちょっと気味悪そうに尋ねられたら、僕に出来ることはただ一つ。

「……なんでもないです」

 もっと褒めて、なんて言えない。

 エリーは僕を一瞥して、そのまま無言で歩き出した。

 この異世界の人、本当に皆ノリ悪いよな……いや、よその異世界の人たちのノリがよすぎるだけなんだろうか。

 僕はエリーの後をとぼとぼと追った。すると、不意にエリーが足を止めて振り返った。

「そういえば、カナタ。あんた、疲れてないの?」

「え? あ、いや……特に」

 いつも僕を置いて先に行ってしまうエリーが気にかけてくれるなんて珍しいな。そう思ったのが顔に出たのか、エリーが釈明するように言った。

「ほら、あんな強烈なドーノ使った直後でしょ。ドーノの使用はマナの消費だから、疲れてないかなって」

「うん? 何も感じないけどな……?」

 マナって多分MPみたいな奴のことだろうと思うのだけど、いまいちぴんと来ない。ドーノは使ったら疲労する、というのが常識なのか。でも、僕はドーノを使った前後で特に変化を感じないのだが……?

 なんだか話が通じてないような気がする。僕もエリーも、不思議そうにお互いを見やっている。

 が、いつまでもそうしている場合じゃない。

「……ま、元気そうだし、いっか」

 釈然としない様子ながらも、エリーは歩き出した。 



 僕らは次に、エリーが仕留めた上位ゴブリンの死体を確認した。大きさは通常種のゴブリンよりも一回り大きく、少し小柄な成人男性ぐらい。

首を剣で真一文字に掻き切られ、間違いなく絶命している。

「うへえ……ざっくりだ」

 ぱっくりと開いた傷口から生々しく、鉄が錆びたような嫌な匂いを放ちながら赤い血がこぼれている。

 炭屑と化すのも大概だが、これもこれで残酷な傷跡に違いない。辟易しつつも、僕はエリーの剣の腕に感心していた。剣を握ったことのない素人だが、それでも、一撃で急所を捕らえるこの迷いのない太刀筋が大したものだということはなんとなく分かる。僕がゴブリン五匹に気を取られている間に、周囲を油断なく警戒していた冷静さも非常に頼りになる。

 一方、エリーは眉間に皺を寄せながら、なにやら考え込んでいるような様子で死体を見下ろしている。

「上位ゴブリンがいるってことは……大きな群れがこの森にいる可能性が高いって事なのよね」

 独り言のようにエリーがつぶやく。

 言われて、ようやく僕も気づいた。

「そうだね。五十匹程度統率していてもおかしくないんだっけ……」

 ラクサ村に向かう道中、上位ゴブリンの恐ろしさをエリーに教えて貰ったことを思い出す。

「今さっき、倒した奴ら以外にも大勢のゴブリンが残ってる可能性が高い。注意して森の中を探索してみましょう」

 エリーは立ち上がると、再び歩き出した。



 更なるゴブリンの姿を求めて、森の探索を進めていると、エリーが足を止めた。後方を歩く僕に止まれと合図した後、音を立てないように慎重に先に進む。

 彼女の帰りを木の幹に隠れてひっそりと待った。耳を澄ませば、遠くからうっすらとゴブリンたちの声が聞こえる。五,六匹で済んだらいいなと思ったが、戻ってきたエリーは青ざめていた。

「確認できただけでも、上位が一匹、通常種が……正確には数えられない。百は多分、軽く超えてるわ……」

「えっ?!」

 思わず大きな声が出た。

「声が大きい!」

 エリーがきっ、と僕を睨んだ。声を潜めながら、怒鳴られてしまった。

「う、うん。ごめん……でも、どういうこと?」

 上位ゴブリンの更なる出現に加え、通常種の数が尋常ではない。五十程度は覚悟していたが、その倍以上となると話が違う。

「さあ。ろくな事が起こってないことだけは確かね」

 エリーは力なく首を横に振って言った。

「村に戻りましょう。あたしたちの手で処理できる範囲を明らかに超えてる」

 僕らは急ぎつつも、周囲の気配に気を尖らせながら、歩き出した。

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