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86 最初の一歩

 食事を終えると、貴斗はそのまま自室に戻った。今年は高校受験が控えているので、勉強が忙しいと夕食の場で言っていた。多分、食後も勉強に打ち込んでいることだろう。

 俺はリビングに残って、テレビを見ていた。

 母は台所で洗い物をしていた。三人分の食器と調理器具を手早く洗うと、リビングに戻ってきた。母がソファーに腰掛けるのを横目で見て、俺は声を掛けた。

「あのさ、母さん。一個お願いがあるんだけど」

「なに?」

 母の声がいつになく柔らかく、優しく聞こえた。

「明日の朝……お弁当、作ってくれない?」

 俺はテレビを見る振りをしながら言う。

「学校、また行こうと思うんだ」



 翌日、制服に着替えて、それから母が作ってくれた弁当を持って高校に行った。

 通学路には当然のことながら、通勤通学途中の人々がたくさんいた。スーツを着たサラリーマンや、制服姿の中高生、集団登校の小学生。皆、日常を手慣れた様子で繰り返しているように見えて、ひどく緊張して学校に向かう俺とは違って余裕があるように思われた。

 校門前までは、なんとか来れた。でも、同じ制服を着た大勢の高校生達の姿を目にすると、たちまち足が竦んだ。仲の良い友人と笑いながら歩く生徒は勿論、眠たげな目を擦りながら事もなげに校門をくぐる生徒さえ、俺にはまぶしかった。学校に通う、ということが当たり前にこなせるだけで、羨望の存在だった。

 俺に出来るだろうか? かつて二度もしくじったことを。もう一度挑戦したところで、三度目の失敗が重なるだけではないのか?

 俺は胸に手を当てて、問いかける。ねえ、エリー。君は……どう思う?

 彼女の声は、どれだけ耳を澄ませても聞こえては来ない。でも、返事は確かにあった。胸に当てた、手のひらを包むぬくもりがその答えだ。

 胸に手を当てたまま、俺は自分に言い聞かせる。大丈夫だ。俺なら出来る、と。

 だって、俺は異世界で君と出会えたのだから。君が教えてくれた愛が、生涯俺を支えてくれる。だから、俺は何だって出来る……。

 胸から手を離すと、まっすぐに前を見据え、俺は歩き出す。チートな能力なんて無い、ただの平凡な高校生の一人として校門をくぐる。

 もう一度、新しく人生をやり直すために、最初の一歩を踏み出した。

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