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82 尊い犠牲

 フォルツァの軍から、圧倒的なドーノの力を持つ青年が逃げ出し、そして命を落とした日から二週間ほど時が流れた。王都フォルツァの王城のバルコニーに佇む女王は、一通の手紙に目を通していた。

「全てが上手くいった、とは言えませんね……」

 手紙に目を通し終わった女王は、ぽつりとつぶやく。彼女の言葉に答える存在はない。扉の後ろに控えていた『蛇』は、今はティエンヌの国中を駆け回りながら、フォルツァの遠征軍の追っ手を受けている。部下の大半を失い、異国の地に潜伏する彼女は、主に対して報告の手紙を出すのが精一杯のようだ。

 手紙を畳んで封筒に戻しながら、女王は言う。

「ですが、まあいいでしょう。最悪の事態は回避しました。飼い慣らすことは叶わなかったけれども、恐るべき獅子を敵に渡さずに済んだのです……」

 女王の敵たる諸侯たちに、国一つを簡単に滅ぼしうる力を持つ青年を渡さずに済んだことは不幸中の幸いだった。彼らの手に人質と共に渡っていれば、今頃、フォルツァは内乱の嵐が吹き荒れていたかもしれない。

 女王は手紙を仕舞うと、眼下に広がる城下に眼差しを向けた。相変わらず、戦争により活気が失われた街並が広がっている。だが、目にはっきりと見えるものではないものの、この二週間で街を覆っていた閉塞感は薄れている。

 フォルツァの遠征軍が、帰国を決めたからだ。もうじき、戦争が終わる。平和の足音が近づいてきたことを民衆達は耳ざとく聞きつけ、未来に希望を見いだしている。開戦当時は永遠に続くかと思われた戦争も、振り返ってみれば、わずか二年程度で終結の兆しを見せている。

 それもこれも、恐るべきドーノの力を持った青年のおかげだった。彼の力で、当初押されていたフォルツァはティエンヌ軍を押し返し、それどころか、ティエンヌ王国のほとんどを容易く征服してしまった。その後、強欲な諸侯達の希望により戦争は続行したが、終わりもまた、彼の功績によるものだった。

 彼の死により、諸侯達は戦意を喪失した。ティエンヌの主要な街はほとんど落としていることだし、残った小都市を一つ一つまともに兵力を使って攻め滅ぼすのは割に合わないと判断したのだ。

 青年がいなければ、いつまで戦争は続いただろうか。その間に、どれほどの兵士や騎士が命を落とし、民の嘆きは降り積もったことだろうか。

 女王は手を組み、瞑目した。先日命を落とした青年の死を悼み、祈りを捧げた。

「あなたの尊い犠牲のおかげで、フォルツァの民を救うことができました……」

 女王の祈りの言葉は、良く晴れた蒼穹に吸い込まれるようにして、消えた。

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