表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/87

65 手紙

『前略 カナタ君へ

 やあ、お久しぶり。軍を通して君宛に何度も手紙は送っているけれど、どうやら届いていない様子なので、やはりお久しぶりと挨拶するのが適当でしょう。今度こそ、間違いなく君に届いていると信じたいものです。

 さて、君がエリー君に対して深い憎悪を抱き、人づてに探し回っている噂は聞いています。

 気の毒なことに、フォルツァの遠征軍は君を欺いてばかりいるようですね。エリー君の無事を知らせる私からの便りは届く度に握りつぶし、逆にありもしない偽の手紙を君に手渡したそうですね。君がこの手紙を読んでいるということは、エリー君には会えていくらか話も出来たことかと思いますが、誤解はこれで解けましたか? 

 では、本題に入ります。私とエリー君は今、とある地下組織に力を貸しています。そこで多くの仲間と連携を取り、今回君をフォルツァの軍から連れ出すために動いています。ただ、我々は君の意に反して無理矢理誘拐するつもりはありません。正しい情報に基づいてきちんと説明すれば、聡明な君のこと。我々の目的を理解した上で、己の意志を以て自ら軍を抜け出してくれるものと信じています。

 とは言え、君がどれほど正確な情報を軍から聞いているのか甚だ疑問に思われます。理解して貰うのに必要な情報を、念のために説明しておきます。

 フォルツァは今、大きな波乱の中にあります。ティエンヌと戦火を交えながら、同時にフォルツァ内でも二つの勢力に分かれて争っているのです。

 その一方は大部分の諸侯と大商人、強欲な司祭達です。救国の英雄がもたらす恵みと稼ぎに浴する彼らのような豊かな人々は、ティエンヌとの戦乱の拡大と存続を望んでいます。ティエンヌに存在する富の全てを根こそぎ略奪し、ゆくゆくは己の領土にしようと画策しているようです。遠からず、フォルツァ本国の女王に反旗を翻し、国内の富をもその手に収めようと争い始めることでしょう。恐らく、この世界に存在する全ての富を手中に収めたところで、彼らは満足しないのではないかと思うのですが……どうやら本人達はその自覚がないようです。

 その一方で、国の大部分の民達は、終わらぬ戦乱に飽き飽きしています。君がかつて苦しんでいたように、物価の上昇は止まるところを知らず、その日のパンに欠く有り様。隣国から押し寄せる、家族や住処を失った人々のうち、決して少なくない数が盗賊と化し、フォルツァに流れ込んで人々の生活を荒らしています。戦で国土を荒らされるティエンヌの民ばかりでなく、戦に勝っているフォルツァの民たちも戦争の終結を強く望んでいます。

 表面上では、フォルツァの国内でも戦を歓迎する強欲共が幅を利かせていますが、数少ない心ある貴族たちや我々のような義憤に駆られた一般庶民達が影ながら団結をして、抵抗をしています。私やエリー君が所属する組織はその内の一つです。

 ところで、我らが女王は何をお考えか、カナタ君はご存じですか? 民草の疲弊に心を大層痛めているようです。早くどうにかしたいものだ、とお優しいことにお考えのようだ。だったら早くどうにかしてくれればいいのですが、諸侯達に振り回される一方。軍の指揮権すら反女王派の侯爵に奪われ、君の強大な力が今後内乱に利用されないか戦々恐々としている状態。まあ、なんと頼りない女王様だことで。だからこそ、我々のような下々の者が動かねばならない状況に陥っているのですが……。

 さて、君はこの現状を知って尚、フォルツァの遠征軍に留まりますか? ティエンヌの王子は行方不明で、大義などとうに戦争から失われています。

 更に言えば、君はもう我らが祖国に尽くす義理はありません。むしろ、フォルツァという国は君の敵です。君を幾度も騙したことで、それはもう明らかなことだと思いませんか?

 ここまで書けば、軍に残る理由は何一つとして存在しないことはもう分かっているでしょう。でも、それでも尚君には躊躇があるかもしれません。今更、『死神』を辞めて一人の人間に戻るなど、許されるものかとこの手紙を読みながら悩んでいるのかもしれません。

 ですが、もし君に迷いがあるのなら、私は断言します。人間は何度だって、人生をやり直せるのです。真に心から悔い改める心さえあれば、教会へ行かずとも、いかなる罪でも償えるものだと信じています。ましてや、君のようにまだ若く、そして支えてくれる大切な人がいるならば尚更……。

 これ以上続けると、パパは説教ばかりでなく、手紙までも長い、と娘から罵られそうなので、ここまでにしておきます。

 君と私の人生が再び交わることはもうないでしょうけれど、年の離れた友人の一人として、祈らせて下さい。君に再び、一人の人間としてのありふれた幸福が訪れますように。

 では、さようなら。どうかお元気で。


『女神の抱擁亭』店主 ロレンツォより



 マスターからの手紙はここで終わっている。だが、もう一枚便箋があった。これまでは几帳面な字で細々と綴られていたが、最後の一枚は殴り書きのような雑な文字が言葉少なに踊っているだけだった。


 これ以上、エリーを泣かしたら、どんな目に遭うか分かってる? とにかくさっさと目を覚ませ、馬鹿野郎!


ソフィアより


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ