59 結末
夕暮れが街を染め、更に月が昇る時間になってもエリーは戻ってこなかった。
当然、僕は夜間の内に彼女が居そうな場所……『女神の抱擁亭』と下の階に住む大家の住宅は勿論、時々礼拝に訪れていた教会、彼女のお気に入りの酒場、二人でよく買い物に行った市場……全て当たったけれど、見つからなかった。
朝が訪れ、僕が王都を起つ時間になっても、エリーは見つからず、帰ってこなかった。
それから一ヶ月が経ってようやく、戦地に赴いた僕の元へ、『女神の抱擁亭』経由で短く素っ気ない手紙が来た。
『あなたとはもう、二度と会いたくありません。絶対に探さないで下さい。あなたへの愛はもう、失われてしまいました。 エリーより』
たったこれだけ。僕がこの世界にやってきてから、一年以上の月日を共に過ごし、彼女のために人間としての尊厳を手放し、女王の狗になることを選んだ人から受け取ったメッセージは、たったこれだけ。
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。他人の手による偽りの手紙だと思い込みたかった。
だって、彼女は言ったのだから。自分は逃げない、待っていてほしい、と言った。首飾りを僕の手でかけて欲しいとねだった。口づけまでしてくれた。だから、彼女は僕のことを捨てられずにいると信じた。
でも、結局、認めざるをえなかった。エリーの手紙が嘘ではないという根拠は他にもあったから。だって、こう問いかけられれば、僕は沈黙せざるを得なかったから。
どうしてあの日、エリーは僕の前から姿を消したのだ? あのまま王都に留まれば、散々苦しんできた貧乏と飢えから逃れ、安定した生活が待っているというのに。彼女はもう剣を取る必要も無く、ただ僕の帰りを待てば良かっただけなのに。
それなのに何故、全てを捨てて、どことも知れぬ地へ旅立ってしまったのか?
そんなもの、理由は一つしか考えられない。手紙にはっきりと書いてあるではないか。
あなたへの愛は失われた、と。
手紙は受け取ってから三日後に、忌まわしいドーノの力で灰にした。けれど、その中に書かれていた言葉は、消えない刻印のように僕の心に刻み込まれ、永遠に残ることになった。
彼女と再び出会う日が来たら、今度こそ忘れずに渡そうと肌身離さず持っていた首飾りも、手紙と一緒に焼いた。あの時は自分の目にも触れないように隠すだけで済んだが、今度はもうこの世から消し去らずにはいられなかった。彼女への想いの象徴たる首飾りの存在そのものが、もはや許せなかった。
僕は、こうしてエリーに捨てられた。