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50 惨劇の後

 気を失っていたエリーの止血をして、寝台に寝かせた後、僕はもう一度ランタン片手に村へ飛び出していった。

 外に出ると、雨はいつの間にか上がっていた。生存者と生き残った化け物を探して村を巡回すると、生存者を見つけることが出来た。幸運にも、マルコのドーノの影響を受けず、そして化け物にも出会さずに済んだ人々だった。彼らとは、道を歩いているときにばったり出会したり、まだ探索していなかった建物に隠れていたり、出会い方は様々だった。彼らの助けを借り、村の全ての建物を見て回り、全ての生存者を確認してから、寝台に横たわったのは、朝日が輝く頃だった。

 二百人が住んでいた村は、一夜でその多くが命を落とした。マルコのドーノを逃れた子供達を入れても、三十人にも満たない数しか、生き残らなかった。

 事件が終わった後も目が回るほど忙しかった。生き残った村人のほとんどが故郷を失った悲しみに打ちひしがれ、未来のことなど考える余裕がなかった。置かれた現状を理解して、自発的に動ける人間はほんの一握りだった。

 一応部外者として、最低限度の落ち着きを保っていた僕は、悲しみに沈む村人達を鼓舞しながら、終わらない死体の埋葬作業は勿論、近隣の村や『女神の抱擁亭』、領主宛に手紙を書いて、外部との交渉を受け持った。休む暇などほとんどなかった。

 事件が起こった日から二週間ほど経ち、近隣の人里から大勢の人手を借りて、なんとか死体の埋葬作業に区切りが付き、葬儀が営まれた。住む場所を失った村人達も、近隣の村に移住する道筋がついた。事件の後処理に、ようやく一区切りがつきつつあった。

 それでやっと、僕はエリーとゆっくり話をする時間を持つことができた。



 事件後も、僕とエリーは『黄金の輝き亭』の二階の個室に宿を取っていた。掃除をしても拭い去れないほど、酒場の一階部分には陰惨な事件の跡が残っていたが、わざわざ別のところに移動する時間も気力も無かった。

 隣村の司祭の手で行われた葬儀を終え、事件の後処理が一段落してからやっと、エリーの部屋を訪れる余裕が出来た。大勢の人にもみくちゃにされながら、炊き出しで夕食を取った後、彼女の元を訪れた。

 許可を得てから部屋に入ると、エリーは微笑と共に僕を出迎えた。

「疲れた顔してるわね、カナタ。……座って」

 彼女は左手で、寝台を指し示した。僕が言われたとおりに腰掛けると、彼女は小さな椅子に腰掛けた。

 彼女が隣に来なかったことに気づかないふりをして、僕も彼女に微笑みかけた。

「まあね、疲れてるのは確かだよ。エリーは調子、どう? その……傷は痛んでない?」

 エリーの脇腹の辺りを見ながら、僕は言った。彼女の右腕の袖をなるべく意識しないように。

 エリーの微笑みに、苦みがかすかに混じるのを僕は見た。

「うん、大丈夫。治してもらったから、平気」

 彼女の左手が、空っぽの右腕の袖を握りしめた。

 僕は何を言って良いか分からなくて、結局それを誤魔化すように息を吐いた。

「そうか……」

 それきり、会話が途切れた。



 村人達の生き残りの中に、運良く癒やしのドーノの持ち主がいた。彼の力を借りる事が出来たおかげで、僕が村の探索を終えて短い眠りから覚ました頃には、瀕死の重傷を負っていたエリーも目覚めていた。見舞いに訪れると、脇腹の傷は跡形もなく綺麗に治っていた。ドーノの力がなければ、完治まで時間は掛かっただろうし、傷跡はどう足掻いても残っただろう。

 だが、どうしても治らなかった傷がある。それは女将さんの機転で落とした右腕。傷は癒やしのドーノで塞いだが、落とした腕は戻らない。王国でも指折りの癒やしのドーノの使い手であれば可能らしいが、山のような金貨と王国中枢に口利きできるパイプの両方が必要だ。そんなもの、僕らには逆立ちしたって用意できるはずがない。

 目を覚ましたエリーは、僕や村人たちの仕事をすぐに手伝おうとした。傷は治ったのだから、いつまでも寝てられないと言って。だが、利き腕を失ったばかりの彼女に出来ることはそう多くなかった。夥しい数の死者の埋葬、外部への連絡、生き残った村人達への食事の提供など、やるべき仕事は山のようにあったが、どれも出来なかった。自らの着替え一つに四苦八苦している状態では、子守や老人達の話し相手程度しか彼女に出来ることはなかった。

 それでも笑顔を忘れずに、親や子を失い、悲しむ子供たちと老人を勇気づけていた。自らの腕を失った悲しみなど、まるで見せずに。だから、村人達は皆感心していた。彼女の強さは人々の心を打ち、希望を与えていた。

 でも、僕は知っている。密かに彼女が、無くした右腕で苦しんでいることを。彼女は確かに、言葉には一つも出さない。でも、例えば……子供達にリンゴを剥いてやろうとして、出来なかったとき。あるいは、長い髪をくくろうとして、出来なかったとき。

 今まで当たり前に出来ていたことが、出来なくなっていることに気づく度に、エリーの表情が曇る。ことさら誰かに話したり、訴えたりせずに、一人で静かに、腕を無くした事実に傷ついている。孤独にその苦しみに耐えようとしている。

 他の誰かが気づいているのかは分からないけれど、少なくとも僕は気づいている。だから、僕はそういう場面に出会すと、自分に出来そうなことはしたつもりだ。リンゴは代わりに剥いてあげた。ぎこちない手つきで、髪はくくってあげた。彼女は僕の行動に反発することなく、ありがとう、とその度に礼を律儀に言った。

 けど……その痛ましい表情が、少しでも晴れることはなかった。

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