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48 とある男の人生

 マルコは、昔から多くの人に見下されていた。同じ村の者達は、彼をいつもあざ笑った。畑を耕させても、常人の半分も進まず、親の家業の商店を手伝っても、釣り銭一つまともに渡せず、人の輪に入れば、無神経な発言を繰り返す……。近所の顔見知りも、よく知りもしない遠方の村人達も、それから親も兄弟も皆、マルコを馬鹿にした。面と向かって愚か者と罵り、それでも飽き足らず影でも彼を貶め、人々の残酷な笑いの種として弄んだ。

 彼は、己の無能ぶりをよく理解していた。まともな一人前の人間として扱われることを早い段階で諦めていた。人に笑われても言い返すことなどせず、静かに受け止めてやり過ごすことをいつも選んだ。意図したところでは観客の沈黙を買い、意図せぬところで観客の笑いを取ってしまう下手な道化のように、ひたすら惨めに生きていくことを少年期には受け入れていた。

 ただ、マルコにはたった一つだけ心の拠り所があった。それは、己に宿る未知のドーノだった。

 人々は、生まれたときに皆、水晶を用いて己のドーノを鑑定する。ほとんどの人間は、三つの元素のいずれかと判定されるが、そうでない人間は己のドーノの中身を自らで発見しなければならない。

 マルコが持つドーノの中身は不明だった。だが、村で生まれた赤子全てに水晶の鑑定を行う教会の司祭さえ、マルコのマナの強さに驚愕した。水晶にひびが入るなど、前代未聞の出来事であった。マナの強さは、ドーノがもたらす力の強さに影響する。どんな強大な力が振るえるのか、誰にも予想が付かなかった。

 しかし、マルコのドーノはなかなか明らかにならなかった。彼は己のドーノの力が、惨めなばかりの人生を変えてくれるのではないかと最後の望みを託していた。だが、少年になり、青年期を過ぎ、そして周りの人間達が所帯を持ち、一端の大人として扱われるようになった頃ですら、マルコのドーノは明らかにならなかった。そのうち、中年になった彼であったが、生まれてこの方村の笑い者の彼の元に嫁いでくる奇特な女はおらず、当然子供も居ない。年老いた両親のため息を聞きながら、村に一つの小さな雑貨店を細々と営んでいた。そうしているうちに、自らの未知のドーノに希望を託していたことを忘れていた。

 彼が思い出したのは、三年前の話になる。日々の生活に何の楽しみもなく、唯一の慰みは仕事終わりに、村唯一の酒場で一人寂しく引っかける酒杯のみ。そんな中、転機はある日突然やってきた。

 マルコは商店の店番をしていた。そこに、一人の男がやってくる。近所に住む幼なじみであった。彼は繁栄と幸福に愛されたような男だった。親から継いだ畑を大幅に広げ、家畜も倍に増やした。村一番の美人と名高かった女を妻にもらい、溌剌とした子供達を五人ももうけた。人柄は誠実で義理堅く、村民誰からも敬意を払われた。

 彼はマルコを決して笑わず、哀れみを以て接してくれたが、逆にマルコは、彼のことを憎んでいた。己と正反対の人生を送る男を妬み、その破滅を願っていた。

 彼がそのとき雑貨屋で何を買ったか、もうマルコは覚えていない。ただ、出された銀貨を受け取り、釣り銭の銅貨を渡したときのことは、鮮明に覚えている。マルコが無自覚によくやるように、差し出された手を掴み、その手のひらに釣り銭を乗せたことも。

 そして、そのとき考えていたことも、マルコははっきりと覚えている。

 恵まれた素晴らしい人生を送るこの男が、今からまるで神に呪われたかのように、惨めな人生を送ることになれば良いのに……そうだ、例えば……蛆虫にでも化けてしまえばよいのに。

 マルコの願いは、叶えられた。手渡した銅貨は、虚しく空を切り、音を立てて商店の床に落ちた。銅貨が転がった床には、肉塊を積み上げたような異形の化け物が、悲鳴を上げて姿を消した幸福な男の代わりに蠢いていた。

 当初、マルコは男の身に何が起こったのか、すぐには理解が出来なかった。だが、しばらくの時を費やして理解した。これは、己のドーノの力だと。己に与えられた、最後の希望が見つかったのだと歓喜した。

 かつて幼なじみの男だったものを、マルコはすぐには殺さなかった。誰にも見つからぬよう、苦心して商店から連れ出した。肉塊の化け物はマルコの指示に従順に従ったので、夜の内に森の奥深くに向かわせた。そして、その翌日に化け物の元を訪れ、かつて幸福だった男のなれの果ての惨たらしい姿を目に焼き付け、大いに満足した。誰もが笑いものにしたマルコから残酷な笑い声を浴びせかけられながら、化け物はマルコが持参した斧で切り刻まれ、絶命した。

 人々は姿を眩ませた男の行方を捜したが、ついに見つけることが出来なかった。マルコを疑う者もその中には少なくなかったが、確たる証拠はないし、愚か者のマルコにまさか大それた事は出来まいと多くの人々は考え、裁きの場に引きずり出すことはなかった。

 己の力を知ったマルコは、その力の詳細について調べ始めた。人間相手にやれば、余計な耳目を集めると考え、森に住む動物やひ弱なゴブリンを実験体として選んだ。そして、実験を繰り返す内に己の力の正確な性質を知った。

 これは、新たな力を持つ生命を生み出す能力だった。試した実験体のほとんどが、マルコのドーノの力に耐えきれず、ばらばらの死体となって崩れ落ちた。そのうち十回のうち一回ほどは、あの幸福だった男と同じような、見るも醜悪な化け物へと変じた。だが、そのいずれも単なる失敗作に過ぎない。

 マルコのドーノが初めての成功作を生み出したのは、二年前のことであった。仲間たちからはぐれ、孤独に森をさまよっていた一体のゴブリンがその被検体であった。

 マルコのドーノの力を受け、ひ弱なゴブリンだった生命は、大きく進化を遂げた。体躯はまるで別種の魔物のように大柄となり、知性は人間にも比肩しうるほどに発達した。その生命体はマルコの指示を受け付けつつも、己の意志と感情を持ち、マルコの被造物でありながら、ただ一人の理解者であり、かけがえのない友人となった。

 後に、『王』と呼ばれる個体の誕生であった。

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