表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/87

4 初めての依頼

 結局、水晶の代金は今後の冒険の報酬から天引きで返していくことになった。

 怒り狂うソフィアに謝罪を重ねているうちに、冒険者ギルド『女神の抱擁亭』のマスターであるソフィアの父親が途中で帰ってきて、なんとか事態の収拾が着いた。

 ソフィアは新しい水晶を買いに外出し、入れ替わりにマスターがカウンター越しに僕を応対してくれた。

「頑張って冒険して返してくれたらいいよ」

 温和で優しい雰囲気の男性だった。開いてるのか開いてないのかよく分からないぐらい、糸のように細い目をしていたが、多分開眼したらとっても目つきが鋭い人のような気がする。

「はい……」

 異世界転生直後に、一杯奢るぐらいならともかく、いきなり多額の借金って、ハードモードすぎないか。僕はしょんぼりしながらも、首を縦に振る以外の選択肢が無かった。

「ま、気長に返してくれたらいいからね。……で、ちょうど駆け出し向けの依頼が一つ来ていてね」

 早速一つ、マスターから駆け出しの冒険者向けの依頼を紹介された。ゴブリン退治だ。

 ここから歩いて一日の距離にあるラクサ村というところに、ゴブリンが二、三匹姿が確認された。どれほど生息しているか分からないが、根こそぎ殲滅してほしいという依頼だ。

「ゴブリン程度なら、駆け出し一人でもやれないことはないと思うがね。どうするかい?」

 ゴブリンと言えば、人型の魔物で、知能も低く、世の数多のゲームや小説でも最弱の魔物として描かれている。僕でもなんとか相手できる……よね? 自分の冒険者としての力が大いに不安だった。

 いや、その前に僕は村にたどり着けるのか? 異世界の地理なんてさっぱり分からないぞ。道筋を教えてもらっても、果たしてちゃんとたどり着けるのか?

 不安材料しかない。でも、「やっぱり無理です」なんて言えない。言ったら最後、鉱山か海に奴隷として送られるみたいだし……。

「はい、受けます……」

 内心ではあまり気が進まないのだけれども、マスターに承諾の返事をした。マスターはにっこり微笑んで、頷いた。

 僕、生きて帰れるのかな……もらった能力は実は水晶を吹き飛ばすしか能が無くて、何の役にも立たなかったらどうしよう。

 がっくりと肩を落としていると、離れたテーブルに座っていたエリーがつかつかと歩み寄ってきた。そして、僕の隣の席に腰掛けた。

「依頼、独り占めなんて言わないわよね。あたしも混ぜてよ」

 僕が反応する前に、マスターが口を開いた。

「そりゃ、私は構わないがね。ただ、報酬の総額は変わらないから、二人で分け合ってもらうことになるけど」

「いいでしょ、別に」

 エリーがさも当たり前のことのように言った。

「えっ」

 僕はようやく驚きを声にした。が、エリーはその声がまるで聞こえていない様子で話を続けた。

「マスター、一番安い部屋を二人分。今晩はここで過ごして、明日の早朝に出発するから」

 僕が口を挟む暇も無く、エリーはさっさと立ち上がって階段を上がる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 了承の言葉一つ、取ってないのに! 慌てて立ち上がって叫んだけれども、エリーの足音は止まらない。

「荷物置いたら、買い出しに行くわよ。早く来なさい」

 僕の叫び声なんて禄に取り合わずに、エリーは二階に上がってしまった。

 他人の話ぐらい聞こうよ! と叫びたかったけれど、言葉にならなくて、ぶるぶると震える拳を握るのが精一杯だった。

「早く行かないと、報酬の取り分もゼロにされちゃうんじゃない?」

 カウンターの向こう側で、マスターが苦笑していた。



 二階の部屋に重たい鎧やら剣やらを置いて、一階に戻ると、エリーが既に準備を終えて、テーブルに頬杖をついて座っていた。彼女は下りてきた僕の顔を一目見るなり、立ち上がった。

「行くわよ」

 人を待つという発想はないらしい。さっさと『女神の抱擁亭』を出ようとする。

 また置いて行かれる。僕は慌てて、エリーの背中に声を掛けた。

「あの、もうちょっと僕のこと、待ってもらっていい……?」

 これまでに散々感じたことを口にした。

「なんで?」

 エリーは振り返るなり、真顔で言った。そう言われる心当たりは欠片もない、と言わんばかりに。

 わざと置いてけぼりにしていた訳ではないらしい。僕は面食らった。

「君の行動に、僕、置き去りにされてばっかりなんだけど……」

「そりゃ、あんたがとろくさいだけじゃないの?」

「うぐ……」

 エリーの言葉がぐさりと突き刺さる。強く否定できないのが悲しいけれど、言い方ってものがあるでしょ……。

 いやいや、言われっぱなしではいけない。僕は勇気を振り絞って、言葉を続けた。

「そ、それだけじゃないよ。依頼だって、僕の了承もとらずに二人でいくことにしちゃったじゃないか。それはいくらなんでも……」

「一人で依頼こなせる自信あるの?」

 僕は思いきり、言葉に詰まった。

「……ないです」

 ぐうの音も出ない正論を突きつけられてしまった。依頼があったラクサ村とやらまで、一人で行けるかどうかすら怪しいのだから……。

 僕がしょんぼりと肩を落としていると、エリーは素っ気なく言った。

「じゃ、何の不都合もないわね」

「あの、いや、だから……」

「ほら、無駄口叩かないでさっさと行くわよ」

 そう言うと、やっぱり僕を待つこともしないで、エリーは『女神の抱擁亭』を出てしまった。

「だ、だからちょっと待ってよ……!」

 言いたいことは山ほどあるけど、何一つ言い返せそうにない。反論を諦めて、彼女の後ろ姿を追う。

 『女神の抱擁亭』から外に出ると、大勢の人が行き交う通りだ。唯一知っている存在の黒髪の少女の後ろ姿を見失わないよう、人混みを必死に掻き分けて後を追う。

 そうしていると、右も左も分からない世界に放り出された不安がこみ上げてくる。

 僕は何のために、この異世界にやってきたのだろう? 神様が手違いで殺してしまったお詫びに第二の人生を授けてくれたのか、あるいは、何らかの使命を帯びてこの世界に遣わされたのか……?

 いずれにせよ、僕の異世界転生は、爽快感溢れる物語にはなりそうになかった。



「そういえば、カナタ。あんた、自分のドーノが何かも分かっていなかったみたいだけど……どうやってゴブリンと戦うわけ? 剣が得意とか?」

 市場での買い物の途中で、ふと思い出したかのようにエリーが言った。僕は答えようとして……力なく笑った。

「さあ……?」

 僕も知りたい、それ。

 すると、エリーも笑った。僕に調子を合わせるように乾いた声で、だが、目だけは全然笑ってなかった。

 ぴた、と笑い声が止むと彼女は青筋を額に浮かべながら、つぶやいた。

「あんたがゴブリンと相打ちになってくれれば、報酬独り占め出来るわね」

 その一言が冗談なのか、そうでないのか僕には判別が着かなかった。

 さすがにこの状態で冒険に出るわけにいかない。買い物を少し中断して、『女神の抱擁亭』の訓練場に移動した。

 僕は剣の構え方一つ知らない。さらに言えば、ドーノの使い方さえ分からない。

 なんとか彼女から教えを請うて、ドーノの使い方を理解した。といっても、ごく簡単なものだ。ドーノを使いたいと念じる。説明、終わり。

「あの……もうちょっと教えてくれない?」

 あまりにも簡単な説明に僕は困惑した。

「だって、発動条件も効果も、一人一人千差万別なんだもの。同じ水のドーノでも、人によって威力も発動方法も違うぐらい。とにかく何度も使って検証してみるしかない」

 エリーは肩をすくめて言う。

 そんな不親切な、とぼやきたかったが、仕方ない。わかりやすいステータス画面に、ヘルプには親切な説明がある異世界は多いが、この世界にはどうやらなさそうだ。

「とにかく、うだうだ言う前に使ってみることね」

 エリーはそう言うと、訓練所に設置された木製の人形を示した。とりあえず、あれを的にして撃ってみろということだろう。

「うん……」

 どうか、ゴブリン退治に使える程度の力はありますように。強く祈りながら、エリーに教わった通り、ドーノの発動を念じた……。


 

 しばらくの間、訓練所でドーノの試し打ちをした。発動のさせ方や、大まかな能力は分かった。ゴブリン退治に使える程度の水準には達しているだろう、とエリーも認めてくれた。

 だが、どうにも不安は拭えない。

「僕……ちゃんと役に立てるかな」

 勝手にチートな能力だと思ったけれど、よくよく考えれば、僕なんかに与えられる能力なんて大したものではないのではないか。果たして、実践で問題なく機能してくれるのだろうか?

「ふーん。まあ、なんとかなるわよ」

 素っ気なくエリーが言う。

 他人事みたいに言うなあ、と声には出さずに心の中でつぶやいた。

 僕だけが被害を被るわけじゃない、一緒に依頼を受けたエリーも危険にさらしてしまう。何の考えも無く、ゴブリン退治を引き受けた自分の浅慮を後悔していた。

 黙り込んでいると、不意にエリーがやれやれとばかりにため息をついた。

「あんたは何も考えずに一発ぶち込みなさい。あんたの力で足りない部分は、あたしがなんとかする」

「え、でも、そんなの……」

 エリーにばかり負担をかけて悪いじゃないか……そう続けようとしたけれど、ぎろりと睨まれて威圧された。

 びし、と僕の鼻先にエリーの指が突きつけられる。

「見くびらないでちょうだい。あたしだって冒険者を志してきたの、ゴブリン程度どうとでもしてみせるわよ」

 彼女の不敵な笑みに、僕は何も言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ