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31 闖入者

 その後は、他愛のない雑談をしながら冒険者ギルドに向かっていた。間もなくたどり着く、というところで背後から声が聞こえた。

「カナタさん、エリーさん! こんなところでお会いするなんて!」

 鈴を転がしたような声が、大きな声で僕らを呼んだ。聞き慣れた、けれども今は聞きたくなかった声だ。

 無視したかったけれども、隣のエリーが立ち止まってしまった。やむなく僕も足並みをそろえる。しばらくすると、マルチェラがやってきて当然のように僕の隣に並んだ。

「お二人一緒とは珍しいですね。どちらに今から行かれるんですか?」

 屈託のないまぶしい笑顔と共に、僕の方をまっすぐに見て問いかけてきた。

「えっと……」

 昨日僕の部屋にやってきた時の、妖艶な雰囲気は欠片もない。まるで仮面をさっと付け直したかのような変わり身の見事さに、たじろいでいると、頬に視線を感じた。エリーが不思議そうにこちらを見ている。

 そうだ、マルチェラとは喧嘩して顔を合わせたくないとエリーには言ったのだ。なのに親密そうに話したら、辻褄が合わない。

「気安く声かけないでよ。僕らがどこに行こうが、勝手だろ。放っておいてくれ」

 僕は不機嫌そうな声を作って言った。喧嘩した後なら、これぐらい言うのが自然だろうか、と考えながら。

 すると、咲いた花がしおれるように、マルチェラの顔から笑顔が消えた。

「あら……怒らないでくださいまし。そんな冷たいことを言われたら、私どうしたら……」

 劇場の女優もかくや、という程に大げさに顔を曇らせた。なんだかわざとらしいな、と僕は冷ややかな目で見ていたが、引っかかる人物もいた。

「カナタ。あんた、仲直りするって言ってたじゃない。そんな言い方してたら、いつまで経っても出来ないわよ」

 僕の幼稚な物言いに、憤慨した様子でエリーが言う。

 しくじった。そういえば、仲直りするからって言ってエリーを宥めて誘ったのだった。マルチェラの言葉を演技だと思わないなら、そりゃあエリーは僕を叱るだろう。

 マルチェラは大した役者だ、とエリーに言ったところで信じてもらえるか。昨夜僕の部屋での彼女の立ち居振る舞いについて触れない限り、彼女の二面性について説得力を出すことは出来ないし、当然、昨夜の出来事をエリーに話すという選択肢はない。

「……分かったよ。ごめんマルチェラ、言い過ぎた」

 僕が泥を被るしかない。不承不承、謝罪の言葉を口にすると、マルチェラの顔には早速笑顔がこぼれる。

「いいえ。これで仲直りですわね」

 マルチェラとは喧嘩した、とエリーに不正確な情報を流したことを一言聞いただけなのに、もう事態を察しているようだ。恐ろしく理解が早い。

 仲直り、という言葉を盾にされると、僕はマルチェラを拒絶する態度をエリーの前では取りづらくなったわけで。

「それで、お二人はどちらに?」

 もう一度、屈託のない笑みを浮かべてマルチェラが言う。

 この状況下でさっきの質問を繰り返されたら、嘘をつくとか、はぐらかすとか許されないわけだ。

「『女神の抱擁亭』だよ。僕らが所属している冒険者ギルド」

 仕方なく、本当のことを話す。すると。

「あら、私ずっと興味があったんです! お二人が冒険者としてお仕事しているところ、見てみたくって。ねえ、邪魔だけはしませんから、私も同行して構いませんか?」

 上目遣いで、マルチェラが僕を見た。傍から見れば、無邪気なおねだりのように見えるだろうが、僕には裏があるように見えて仕方がない。

 エリーと僕の邪魔をしようとしている。二人きりの時間なんて許さない。マルチェラのしたたかさから、そんな風に思えてしまう。

 マルチェラの昨晩の去り際の態度からしても、僕の予感は当たっていると思う。でも、その予感に基づいて拒絶したら、先ほどの二の舞になるに違いない。

 僕は嘆息した。

「好きにして」

 彼女はさっさと家から追い出した方が良いな、と思った。確かに身の上には同情するけど、このまま置いておけば何をやってくるのか分からない。また僕の部屋に押しかけてくるかも知れないし、それ以上のこともひょっとしたら何かあるかもしれない。知り合いに頭を下げてでも、引き取ってもらうのがいいかもしれない……。

 とにかく今日は、酒場についてくることだけは、何があっても阻止しよう。僕は固く決意した。



「やあ、いらっしゃい……おや? 知らない顔だね」

 『女神の抱擁亭』に三人で足を踏み入れると、カウンターの中にマスターがいた。僕とエリー、そして付いてきたマルチェラに順番に視線をやると、見知らぬ顔に目をとめた。

 マスターが物珍しそうに見るのも無理はない。フードを下ろさずに歩くと、道を行く誰もが振り返る金髪碧眼の美女が店に入ってきたのだから。

「僕らの家の居候だよ。ギルドに行ってみたいって言って、付いてきちゃってさ」

 家に居候が来ている話はマスターにも話してある。素っ気なく紹介すると、「ああ、言っていたね」とすぐに思い出したようだ。

 マルチェラが一歩歩み出て、マスターに向けて華やかな笑顔を浮かべた。

「マルチェラと申します。お見知りおきを」

「ああ、よろしく。私はここの店主だよ、ゆっくりしていって」

 マスターも穏やかな微笑みを浮かべて答える。

 マルチェラにマスターが視線を向けていたのは、ここまでだった。一言だけ挨拶を交わすと、僕とエリーを振り返った。

「ところで、朗報だよ。君たち指名で依頼が来たんだ」

「本当?」

 マスターからの思わぬ知らせに、顔がほころぶ。冒険者としての仕事は随分久しぶりだった。これで貧乏暮らしも少しは楽になるはずだ。

「で、指名って誰から?」

 一番気に掛かった疑問を口にする。指名ということは即ち、僕たちの実力と実績を見込んで依頼が入ってきたということだ。

「詳しい話は相談部屋で」

 マスターが言う相談部屋とは、内密の話をするときに使う、鍵の掛かる個室のことだ。

 ということは、あまり大っぴらに出来ない内容の依頼なのだろうか? 指名でかつ、公には出来ない類いの依頼など受けたことがない。浮ついた気持ちでは受けられない。僕はマスターの言葉で気を引き締めた。

 マスターに先導される形で、相棒と共に僕は歩き出す。すると、その後ろからマルチェラが付いてこようとしているのに気づいて、僕は慌てて振り返った。

「個室で仕事の話をしてくるから、マルチェラはここで待っていて。いいかい、ついて来ちゃダメだよ」

「はい、分かりました」

 マルチェラが従順に頷く。本当に守ってくれるか、信頼は出来ないけれど。

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