3 能力鑑定
まもなく、ソフィアが戻ってきた。占い師がよく持っている水晶玉のようなものを大事そうに抱えていた。
「懐かしいわね、子供の時にやった以来だわ」
ソフィアがカウンター席に水晶を置くと同時に、エリーが水晶に手をかざす。さりげない動作のように思えるが、僕が使い方が分からなくてまごつかないように、先に実例を見せてくれているのだろう。
エリーが手をかざすと、水晶に変化が生じる。水晶の中心に澄んだ水のような輝きが突如として現れる。
生じた輝きは水晶の中をうねり、やがて渦を巻く水の流れとなって収束した。ただ、一筋紫色の光が不純物のように混ざっている。
「ん? これは……何のドーノ? 水? 何か紫の光が混ざってるように見えるけど」
ソフィアが首を傾げる。
「水よ、水。珍しくもなんともない。何故だか知らないけど、水晶を使うとそういう変な色が混ざるの」
エリーが手を引っ込めると、渦巻いていた水は霧散し、水晶の中に生じた変化が消える。
「ふーん、そう。ま、水色の輝きが綺麗に出てるから、水のドーノで違いないか」
ソフィアが自分を納得させるようにつぶやく。
「そんなことより、マナの質、量共に優秀じゃん。こりゃ、なかなか優秀な使い手だね」
ソフィアは満足そうに頷いた。
なるほど、ドーノって要するにギフトみたいなやつか。目の前のやりとりを聞いて、ようやく理解できた。
異世界モノでは、異世界の住人は皆、一つだけ特殊な能力を持って生まれてくるという設定がよくある。多くはギフトと呼ばれ、ドーノなんて呼ばれ方は初めて聞いた。
そういえば、ギフト鑑定の水晶に手をかざす展開もよくあるような。それでありがちな展開と言えば……。
「じゃ、次はカナタの番ね」
「あ、うん」
ソフィアに促され、水晶に手をかざす。
ちょっとわくわくしていた。ひょっとして、僕のドーノ、めっぽう強力だったりしないか? 異世界に転生して、特殊能力があるとなれば、そりゃあ超強力な能力の一つや二つ、あるっていうのがお約束だから。
僕の期待を背負って、水晶が輝き始める。紅の光が水晶の中心から生み出され、ちらちらと蛇の舌のように揺らめいた。
僕のドーノ、炎かな? あれ、なんか光の勢いが細いし、弱そうだ。エリーの時の方がなんだか強そうな感じだったし。
やっぱり、僕ごときが物語の主人公と同じような強い力を持つなんて、あるわけないか。落胆した、次の瞬間。
水晶全体が真っ赤に染まった。それからぴしり、と音を立てて、無数の亀裂が入った。そして、ぱきん、と澄んだ音がして、真っ二つに割れた。
僕も、ソフィアもエリーもぽかんとしていた。呆然として、無残に砕けた水晶を見下ろしていた。
あれ? と僕は思った。なんだかお約束の展開になってきたな、と。
確か、その続きは……。
凍り付いたソフィアの横顔を、ちら、と盗み見る。予想される展開に対する心地よい期待とともに。
ソフィアに、逃がすまいとがっと僕の肩を掴まれた。目を見開いて、ソフィアの唇がぶるりと震えて、何か言いかけた。
僕は内心ではほくそ笑んでいた。そうそう、この展開。こうくれば後は……僕の心の声が続きをつぶやく前に、ソフィアが叫んだ。
僕の予想とは裏腹に、怒りに満ちた声で。
「す、水晶……よくも!!」
それから、僕の右頬にソフィアの鉄拳が突き刺さる。
殴られた勢いで、ふらふらとよろける。
いや、なんでそうなるの? それは……セオリーと違うでしょ?!
信じられない思いで、憤るソフィアを見た。すると、怒りに眩んだ彼女の瞳とかち合う。
「いくらすると思ってんの!? あんたの報酬二年分は軽くするのよ? 弁償しろ! 払えないなら、奴隷商に売り飛ばしてやる! 南の鉱山で働くか、東の海で奴隷船をこぐか選べ!」
拳を突き上げ、今にももう一度飛びかかってきそうなソフィアをエリーが羽交い締めにして止めている。
異世界モノなら、「なんだって!?」とか「Sランク級……いやSSランク級だ!」とか言って大騒ぎで、水晶壊したことなんて誰も気にもとめないというのがお約束では……?
じくじくと痛む頬をさすりながら、僕は呆然としていた。
「モノ壊したんだから、とりあえず謝ったら……?」
怒り狂うソフィアを押さえながら、呆れた様子でエリーが言った。
結局、水晶の代金は今後の冒険の報酬から天引きで返していくことになった。
怒り狂うソフィアに謝罪を重ねているうちに、冒険者ギルド『女神の抱擁亭』のマスターであるソフィアの父親が途中で帰ってきて、なんとか事態の収拾が着いた。
ソフィアは新しい水晶を買いに外出し、入れ替わりにマスターがカウンター越しに僕を応対してくれた。
「頑張って冒険して返してくれたらいいよ」
温和で優しい雰囲気の男性だった。開いてるのか開いてないのかよく分からないぐらい、糸のように細い目をしていたが、多分開眼したらとっても目つきが鋭い人のような気がする。
「はい……」
異世界転生直後に、一杯奢るぐらいならともかく、いきなり多額の借金って、ハードモードすぎないか。僕はしょんぼりしながらも、首を縦に振る以外の選択肢が無かった。
「ま、気長に返してくれたらいいからね。……で、ちょうど駆け出し向けの依頼が一つ来ていてね」
早速一つ、マスターから駆け出しの冒険者向けの依頼を紹介された。ゴブリン退治だ。
ここから歩いて一日の距離にあるラクサ村というところに、ゴブリンが二、三匹姿が確認された。どれほど生息しているか分からないが、根こそぎ殲滅してほしいという依頼だ。
「ゴブリン程度なら、駆け出し一人でもやれないことはないと思うがね。どうするかい?」
ゴブリンと言えば、人型の魔物で、知能も低く、世の数多のゲームや小説でも最弱の魔物として描かれている。僕でもなんとか相手できる……よね? 自分の冒険者としての力が大いに不安だった。
いや、その前に僕は村にたどり着けるのか? 異世界の地理なんてさっぱり分からないぞ。道筋を教えてもらっても、果たしてちゃんとたどり着けるのか?
不安材料しかない。でも、「やっぱり無理です」なんて言えない。言ったら最後、鉱山か海に奴隷として送られるみたいだし……。
「はい、受けます……」
内心ではあまり気が進まないのだけれども、マスターに承諾の返事をした。マスターはにっこり微笑んで、頷いた。
僕、生きて帰れるのかな……もらった能力は実は水晶を吹き飛ばすしか能が無くて、何の役にも立たなかったらどうしよう。
がっくりと肩を落としていると、離れたテーブルに座っていたエリーがつかつかと歩み寄ってきた。そして、僕の隣の席に腰掛けた。
「依頼、独り占めなんて言わないわよね。あたしも混ぜてよ」
僕が反応する前に、マスターが口を開いた。
「そりゃ、私は構わないがね。ただ、報酬の総額は変わらないから、二人で分け合ってもらうことになるけど」
「いいでしょ、別に」
エリーがさも当たり前のことのように言った。
「えっ」
僕はようやく驚きを声にした。が、エリーはその声がまるで聞こえていない様子で話を続けた。
「マスター、一番安い部屋を二人分。今晩はここで過ごして、明日の早朝に出発するから」
僕が口を挟む暇も無く、エリーはさっさと立ち上がって階段を上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
了承の言葉一つ、取ってないのに! 慌てて立ち上がって叫んだけれども、エリーの足音は止まらない。
「荷物置いたら、買い出しに行くわよ。早く来なさい」
僕の叫び声なんて禄に取り合わずに、エリーは二階に上がってしまった。
他人の話ぐらい聞こうよ! と叫びたかったけれど、言葉にならなくて、ぶるぶると震える拳を握るのが精一杯だった。
「早く行かないと、報酬の取り分もゼロにされちゃうんじゃない?」
カウンターの向こう側で、マスターが苦笑していた。