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24 路地裏の乱闘

 自宅を目指して歩いていると、くたびれた格好の人々が背中を丸めて歩いていたり、力なく地面に座り込んでいる姿があちこちで散見された。今に始まったことではないけれど、最近妙にそうった人々の数が増えた。

 戦争の影響だ。王都は戦場にはなっていないが、ティエンヌ軍との戦火に直接晒され、家も仕事も失った人々が少なくない数王都に流入している。しかし王都に来たところで、手軽に稼げるのは傭兵募集の仕事ばかり。五体満足な男たちならばともかく、老人や女子供がありつける仕事など限られている。その結果、家も仕事も失った人々が物乞いや教会のわずかな施しに縋って飢えをしのでいる姿が増えた。

 彼らの身の上には同情している。家や家族を失い、流浪してきた人々を哀れむ心はある。でも、長旅を経てすり切れ、ぼろ布も同然となった衣服を纏い、うつろな目をして座り込む難民達のそばを通り抜けるとき、僕は彼らを直視できない。決まり悪く、できる限り足早にその場を立ち去る。

 彼らには申し訳ないけれど、僕にもエリーにも余裕はない。食費はぎりぎりまで削り、大家への支払いが滞らないように支払うのが精一杯。その状況下で他人に救いの手を差し伸べられるほど、僕は聖人君子ではない。自分にはどうしようもない、と言い聞かせて、彼らから目をそらす。

 その罪悪感が、僕達の足を止めたのかもしれない。若い女性の甲高い悲鳴を耳にして、立ち止まった。周囲の通行人が一瞬だけ、声の方向に視線をやって、それから何事もなかったかのように歩き出す中、僕とエリーは互いに顔を見合わせた。

 言葉なんていらない。エリーの目は助けに行かねば、と僕に訴えていた。一瞬の目配せで相棒との意思疎通は事足りた。

 僕達は声がした方向へ駆け出した。現場は集合住宅が向かあう、細い路地だった。日当たりは悪いが、ロープに通した洗濯物が頭上にはためいている。住民の質素な生活感はあるが、お世辞にも治安が良さそうな地域とは言えない。

 四人の人影があった。

 見るからに柄の悪そうな男達が三人、ぼろ布のようにくたびれたフード付きのマントを羽織った小柄な人影、おそらく悲鳴を上げた女性を取り囲んでいる。男達の一人に腕を掴まれ、女性は身動きが取れないようだ。

「離して!」

 女性は必死になって叫ぶ。

「なんだよ、仕事を紹介してやるって言ってるだろ。雨露がしのげて、飯も食える。俺たちの親切に感謝してほしいぐらいだ」

「嫌よ! 娼館なんか行きたくない!」

 身を捩って腕を引き抜こうとするが、びくともしない。彼女の腕を掴んでいる男とその取り巻きは、下卑た笑い声を上げる。

 状況は、理解した。行き場のない女性を、その立場の弱さにつけ込んだ男達が、無理矢理娼館に連れ込もうとしている構図だ。恐らく、身なりから察すると彼女もまた王都に流入した難民なのだろう。

「そこまでにしなさいよ」

 エリーが悠然と歩み寄りながら、口を開いた。

 男達と女性の視線がエリーに集中する。

「ああん? 俺たちに難癖付けようって言うのか。良い度胸だな?」

 女性の腕を掴んだ男が、エリーを威嚇するように大声で叫ぶ。

 彼女は敵意を帯びた男達の視線にもまるで動じた様子無く、冷ややかに続けた。

「その人、嫌がってるでしょ。離してあげなさいよ」

「へえ。嬢ちゃんよ、いい度胸だ。それだけは褒めてやるが」

 男の言葉を合図にしたように、取り巻き達が短剣や剣などそれぞれ武器を構える。

「ちょいと無謀が過ぎるな。ひょっとして多勢に無勢って言葉を知らないのかい?」

 品のない笑みを浮かべ、男が言う。

 確かに、数の上なら四対一でエリーの方が不利だ。普通の女性なら、首を突っ込むのは無謀すぎる。自殺行為だと言って良い。

 だが、エリーは生憎普通の女性ではない。

「知っているわよ、勿論。でもねえ、それって相手が対等な場合に限るでしょ?」

 エリーはやれやれとばかりに肩をすくめる。

「雑魚が何人集まったって、雑魚は雑魚。言うなれば、多勢も無勢ってところかしらね?」

 彼女は剣の鞘に手を掛けることもなく、不敵に微笑んだ。

 紛う事なき挑発。敵意剥き出しのちんぴらじみた男達が聞き流せるとは、到底思えない。

 効果はてきめんだった。男は女性を突き飛ばし、手を離す。そして腰に吊った剣を抜き放つ。

「てめえ……今更、泣いて後悔してもおせえぞ!」

 男の銅鑼声を皮切りに、武器を構えたチンピラ達が叫び声と共に襲いかかってくる。

 一方、エリーは微動だにしない。剣を抜く素振りさえなく、どこか状況を楽しむような余裕さえ漂わせて立っているだけ。

 僕は相棒の余裕綽々の態度に呆れた。そりゃ、街のちんぴらごときにエリーが後れを取ることは早々無いだろう。それでも、万が一ということも無きにしもあらずなんだから。もうちょっと穏便に済ませるよう、努力してほしいものだ。使うな、と言いながら、僕にドーノを使わせるんだから。

 走り寄るチンピラ達の頭上に目をやった。向かい側の住宅に通したロープにつり下がった洗濯物があちこちで風を受けてはためいている。

 僕が狙うのは無数に張り巡らされたロープだ。ドーノの力を解き放つと、いとも容易くロープは炭屑へと姿を変え、すぐにぼろりと脆く、風に吹かれて飛んでいってしまった。

 すると、支えを失った洗濯物が、牧場から逃れ出た羊たちのように風に乗って暴れ狂う。地面に向かって落ちていく住民達の粗末なシャツやズボン、スカートと言った洗濯物の一部が興奮したチンピラ達に襲いかかる。

「なんだあ、前が見えねえ!?」

 女性の腕を掴んでいた男が、顔にべったりと張り付いたシャツを引き剥がそうともがいている。他の取り巻き達も多かれ少なかれ似たような状況だった。突然降ってきた洗濯物のせいで大きな隙を晒している。

 絶好のチャンスをみすみす見逃すほど、エリーは甘くない。猫のように素早く、隙だらけの男達に飛びかかった。

 一人は強烈な蹴りを見舞い、もう一人には肘で強打。その次には頭部に唸る拳を叩き込む。

「このクソアマ!」

 最後に残った、女性の腕を掴んでいた男がようやく顔にへばりついた洗濯物を引き剥がした。怒声と共に、抜き身の剣を拳を放った直後のエリーに向けて一閃した。

 が、剣の刃はひょいと身を屈めたエリーを掠めることさえなかった。それどころか、彼女は鋭い足払いをお返しに仕掛け、男は無様に転倒する。転んだ男の鳩尾に蹴りを叩き込み、潰れた蛙のような悲鳴が響いた。

 痛みに呻く男達四人を地面に残らず這いつくばらせると、エリーは呆然と佇む女性に向かって叫んだ。

「ほら、走って!」

「は、はい!」

 女性が我に返って答えた。彼女が走って呻く男達の脇をすり抜けると、エリーも彼女の背後を守るように駆けだした。

「さあ、撤収!」

 エリーの声を号令にして、僕ら三人はその場を後にした。

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