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23 不機嫌な二人

 マスターの大変不愉快な発言にひとしきり抗議した後、僕とエリーは乱暴に酒場の扉を閉めながら、『女神の抱擁亭』を後にした。

 誰が夫婦だ? ギルドを出た後も、僕はむしゃくしゃする気分を抑えられなかった。口は悪いし、大酒飲みで貧乳のエリーなんて、結婚相手にはしたいとは思わない。さっき口にしたとおり、僕の理想は金髪碧眼のボインで、甘やかしてくれる包容力のあるお姉さんである。無論、自分がイケメンでも金持ちでもないのはよく分かっているので、無論妥協はするにしても……エリーはちょっと、妥協しすぎかな。

 エリーは僕の隣を、むっつりと唇を引き結んだまま、あからさまに不機嫌そうな顔をして歩いている。まあ、それも仕方が無い。帰る家が同じなんだから、付いてくるな、なんてお互い言えない。だから、あんな見苦しい大喧嘩をした後も、こうして一緒に帰らざるをえないわけだし……それにあの喧嘩は、腹の底から怒りを催す性質のものではないと、少なくとも僕は感じていた。それから多分、エリーもそうだろうと。

 確かに、エリーは僕にとっては恋人でも、ましてや結婚相手ではないけれど、冒険の相棒で、僕が異世界からやってきたことを知る、唯一人の人物でもあることは間違いない。

 この世界に不慣れだった僕を教え導いてくれた。そして、それは今も変わらない。

 いつも明るくて、前向きで、正義感が強く、他人を引っ張っていく強さが彼女にはある。確かに口は悪いけど、言葉の根っこには優しさがあって、僕が弱気になったり、落ち込んだときは励ましてくれる。

 僕も、彼女のような人間に生まれたかったとよく思う。僕にはない、明るさや強さがまぶしい。そんな憧れにも似た感情が、正直言えばある。まあ、恥ずかしいから本人には言わないけれど……。

 ただ、彼女が欠点のない超人だとは思っていない。弱みを見せるのが苦手で、実は虚勢や意地を張っていることもままあるし、直情的な性格が災いして視野が狭くなっているときもある。一年の間仕事と生活を共にする内に、その辺りは理解できた。

 僕は決してエリーと同じ明るさや強さを持てないことを自覚している。でも、その分彼女の欠点を補える存在になりたい。お互い方向性は違えど、二人で支え合えるようになりたいと僕は思っている。この一年で、少しはその目標に近づけたと思うけれど……対等になれたか、というとまだなれていないような気がする。

 口に出すには恥ずかしいけれど、彼女が僕にとって唯一無二の重要な存在であることは、自分自身、認めている。単なる冒険の相棒の域はとっくに超えているような気がする。もっと大きな存在のように感じられる。

 けど、それと恋人だとか、夫婦だとか……恋愛感情、と呼んだ方が適切な感情というのは、必ず結びつくものだと僕は思っていない。現に、僕とエリーの関係性がそうではない一例じゃないか。

 ただ、彼女を異性として全く意識したことがない、というわけじゃない。特に出会ってそれほど時間が経っていないときは、結構意識する機会があった。手に触れるだけでもどきどきしたし、狭いところでぴったりと体を寄せ合ったときなんて、口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うぐらいだった。

 とはいえ、回数こなせばどんなことだって慣れは生じるものだ。今じゃ、手が触れるぐらいじゃ動じない。エリーに着替えをするから後ろを向いていろと言われても、前みたいに衣擦れの音に思わず耳を澄ましてしまう、なんてことはなくなって、別のことを考えていたり、疲れてそのまま寝落ちしていたりする。

 今は、日常生活を送る範囲の出来事でどきどきするようなことはほとんどない。大体のことに慣れてしまって、ちょっとやそっとじゃ動じなくなってしまった。

 極端な例だけど、彼女に抱きついたところで、何も感じないような気さえする。だって、あんまり胸がないのは既に知ってるし……どきどきする要素が見当たらない。

 何よりも僕以上に、彼女はきっと僕のことをそんな目では見てはいないだろうから。

 そう考える確かな根拠はある。ただの勘じゃない。彼女自身がそう言っているところを僕はこの耳で聞いた。さっきの煽り煽られ燃え上がった、馬鹿馬鹿しい喧嘩とは違って真剣な場で、彼女は本心を確かに語っていた。

 その時のことを思い出しそうになって、慌てて止めた。あんな不愉快な記憶、わざわざ掘り返す必要はない……なかったことにしたいぐらいだ。

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