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19 相棒

 マルコの元を逃げるように去った後、僕はとぼとぼと祝宴で盛り上がる村を行く当てなく歩いていた。

 元々騒がしい場所が苦手な上に、先ほどのやり取りでひどく疲れた。宿に戻って、もう寝ようか。『黄金の輝き亭』へ足を向けようとしたところで、すっかり馴染んだ声が聞こえてくる。

「おーい、カナタ! こっち来なさいよ!」

 大きな声で呼びかけてきたのは、エリーだった。彼女の周りには、空になった皿が数枚、それからビールのジョッキが山のように積み上げられている。どうやら、テーブルからご馳走とお酒を確保して、人でごった返す広場ではなく人気のない木陰に座って飲食に集中していたようだ。

 休みたい気持ちはあったが、手招きするエリーを無視するわけに行かない。彼女の隣に腰を下ろすと、ビールで満たされたジョッキをぐびぐび飲み干したエリーが、満足げに言う。

「いやあ、いくらでも飲めるわねえ」

 祝宴でご馳走もお酒も大盤振る舞いで大変機嫌が良さそうだ。これが彼女の言う、祝宴を受けるべき単純な理由だったわけだ。

「もう六杯は確実に飲んでるんだね……」

 空っぽになったジョッキの数を数えて、僕は若干呆れた。それだけ空けても、一向に彼女に酔った気配はない。

「だって美味しいんだもの。この調子なら、一樽ぐらい空けられそう」

 呆れられているというのに、エリーは上機嫌でにこにこしている。

彼女の幸せそうな表情を見ていると、なんだか少し元気を分けて貰ったような気がした。

「君なら本当にやりかねないね。ねえ、そんなに飲んで明日出発できるの?」

「あたしはそんな柔じゃないわよ」

 エリーはぺろりと舌を出して言う。僕の言葉は木の葉のように軽くあしらわれているようだ。

 舌を引っ込めると、エリーは唇を尖らせた。

「あんただって、ちょっとぐらい飲めば良いのに。村の人、わざわざ注ぎに来ても断ってたじゃない。よっぽど嫌いなのね」

 こんなに美味しいのに、とぼやく。

「それは……」

 言葉に詰まった。ひどい下戸だし苦手だから、と言って、感謝の気持ちでお酒を勧めてくれる村人達の誘いを断るのは気が重かった。黙って勧められた杯を飲んだ方が、気は楽だったに違いない。

 エリーにも酒を飲まない本当の理由は話していなかった。僕は少し、迷った。これからも彼女を誤魔化し、嘘をつき続けるかどうかを。

 僕の中で、答えはすぐに出た。

「ごめん、下戸ってのは嘘。下戸かどうかすら知らない。本当はさ……今まで禄にお酒飲んだこと、ないんだ」

「そうだろうとは思ったけど……随分、かわってるのね」

 エリーは意外そうにつぶやく。

 彼女の反応も、無理はない。僕らよりも若い少年達が、ごく普通に酒を飲み交わしているのが当たり前の世界だ。この世界では成人扱いの年齢の僕が、酒を飲んだことがないというのは奇異の目で見られても仕方ない。

 別に、酒を飲んだことがないこと自体は大した隠し事じゃない。

 問題はこの先だ。

 覚悟して、僕は続けた。

「僕が生まれ育った世界じゃ、二十才まで飲酒は禁止なんだ。この世界と違ってね」

 エリーがジョッキをあおる手をぴたりと止めた。そして、何も言わずに僕の顔を見上げていた。

「それ……その先、聞いてもいいの?」

 覚悟を試すように、エリーは訊ねた。

 僕は頷いた。

「僕は、こことは違う世界……異世界から来た。そこで一度死んで……この世界に転生したんだ」

 僕は、エリーに向かって話し始めた。今まで彼女に話そうとしなかった、僕が生まれた世界とそこでどのように生きていたかについて。

 僕がやって来た世界は、この世界よりも遙かに技術が進んでいて、魔物も存在せず平和だということ。教育制度が整っていて、子供達は皆学校に通うことを説明した上で、僕は学校では友達もまともに作れなくて孤立した結果、自宅に引きこもって三年近く過ごしてしまったこと。事故で命を落とし、目を覚ましたら死んだはずの祖母がいた。何の取り柄もなく、虚しい人生を送ったことを悔いた僕は、何か一つ優れた能力を持ち、失敗ばかりの前世を忘れれば、人生をやり直せると訴え、この世界にたどり着いたことを……。

 エリーは難しげに額に眉根を寄せて、ジョッキを置いて、ほとんど黙ったまま僕の話に耳を傾けていた。僕が全てを話し終わった後、エリーは思い出したようにビールを一口だけ飲んで、ぽつりとつぶやいた。

「全然、想像つかない。あんたが住んでいた世界……おとぎ話の世界よりも、ずっと不思議で遠く感じる」

 僕は苦笑した。

「だろうね」

 中世ヨーロッパ風の世界に生きる彼女にしてみれば、電話一つで遠く離れた人と連絡が取れて、飛行機や新幹線で遠く離れた土地へもひとっ飛び……なんて世界を思い描くことは難しいだろう。おそらく僕だって、五百年後の人類に未来の世界の話をしてもらったら、同じような反応になるだろう。

「そもそも、死んで異世界から来たなんて信じられないって言いたいけど……でも、辻褄が合うのよね。あんたが誰もが当たり前に知っていることを何にも知らなかったのも、前代未聞のドーノを持っていたことも、あんたが語った荒唐無稽なお話でもなければ、説明しきれない」

 口に出して頭の中を整理しているみたいに、エリーはつぶやいた。

 僕は内心、ほっとしていた。

「妄想だって笑われないか、ちょっと怖かったんだ」

 僕は安堵して胸をなで下ろした。

 多分、彼女なら妄言と鼻で笑い飛ばすようなことはしないと思っていた。でも、実際その通りの反応が返ってくるまで、頭の隅では恐れてはいた。

 エリーは少し考えるような素振りを見せた。

「なんでもいいから話してよ、って言われて言葉に詰まる奴には、精々実際に自分の身に起こったことぐらいしか話せないでしょ。こんな作り話がよどみなく出来るのは、想像力豊かな吟遊詩人ぐらいね」

 そう言って、からかうように笑った。それは初めて会った日の夜のことだ。僕は当然、むっとしたけれど。

「……あれは、君の話の振り方が雑すぎるだけだよ」

 我ながら雑な切り返ししか出来ない。エリーがにやにやしながら言う。

「はい、失格。切り返しに芸がない、つまんない。やっぱり、あんたに込み入った作り話は無理」

 ひどいことを言う。これが悪口でなければ、一体何が悪口になるのだろう?

 でも、おかしなことに、僕はどう考えても悪口ばかり並べられているのに、不快になんて思わなかった。それどころか、心地よささえ感じていた。

 ああ、多分これが相棒ってやつなんだ。何を言っても、何があっても大丈夫、彼女ならちゃんと受け止めてくれるだろう。そういう信頼感がある関係性のことを言うのだ。

 前世にはそんな人はいなかった。今思えば、僕は相手の顔色ばかりうかがっていた。自分が何を話したいかなんて二の次で、相手の気分を損ねないかばかり気にしていたように思う。

 ふう、と息を吐いた。もう一つ話してみたいことがあったけれど、言おうかどうか迷っていた。荒唐無稽なおとぎ話だと思われないか、という意味で迷ったわけじゃない。別の意味で、話すのをためらっていたことがあった。

 話してみよう。僕は腹を決めた。

「憧れの人が居たんだ。好きな小説の主人公なんだけど……本当は、この世界で彼みたいになりたかったんだ」

「ふうん。どんな話なの?」

 エリーがまたビールをちびちび飲みながら、相づちを打つ。

「それはね……」

 僕は彼女に促されるまま、『異世界チート』のあらすじを話した。

 色んな失敗を繰り返してきて、自分の居場所を失ってしまった青年がいた。彼は事故で死んでしまったが、神様が誤って死なせたお詫びに、強力無比の力をいくつも持たせて異世界に転生させてくれた。与えられた力を使って強力な魔物を何の苦労もなく倒し、その力の強さに周囲の人々からは賞賛の嵐。誰からも顧みられなかった前世とは対照的に、転生した世界では多くの人が彼を愛し、讃えた。

「彼と同じように、優れた力を持って転生したら、人生やり直せるんじゃないか。誰もが僕を認めて、好きになってくれる。そんな素晴らしい人生が待ってるんじゃないか、って期待したんだけど……」

 あらすじを語り終えた後、僕がそう付け加えると、エリーは意地悪く微笑んで、僕の言葉を引き取って言った。

「ここはそんな、甘い世界じゃない」

「本当、ね」

 僕は苦笑いした。

 間違いなく、僕のドーノは破格だった。大和ほどではないにせよ、優れた能力であることに今となっては疑いはない。祖母は約束をちゃんと守って、優れた能力を一つ持たせて転生させてくれた。でも、望んだような日々が僕の手に転がり込んだわけじゃない。

 この世界にやってきてからの日々が、脳裏によぎる。いきなり馬車に轢かれかける、冒険者ギルドの場所が分からない、知らないことや分からないことが多すぎて挙動不審で、不審者扱いをされる。鑑定水晶を壊してしまって、能力の強さを讃えられるどころか、借金を背負わされる……。

 依頼を受けてからも、楽勝だったなんて口が裂けても言えない。エリーには何度も助けてもらった、村の人たちの命がけの協力があった。それらがあって、なんとか僕は無事にゴブリン退治をやり遂げることが出来た。

 僕は、一連の事件を通して、ようやく気がついた。

「強い力があったからって、それだけで人生上手くいくわけじゃない。他にもたくさん必要なことがあるんだね」

 言葉にしてみると、至極当たり前のことのように聞こえた。そんなこと、僕だって心のどこかでは分かっていたはずだ、今更ながら言い訳をしたくなるぐらい当然のことに思えた。

 けど、それは後からこじつけたもので、やっぱり僕は何も分かっていなかったのだと思う。何もかも失敗続きの僕だって、トラウマじみた過去の記憶を消して、優れた能力さえ手に入れれば、他人は認めてくれる、褒め称えて愛してくれる。人生をやり直せる。そう信じて疑っていなかった。そう信じる他なかった。

 だって、人生をやり直すために本当に必要なものが何か、まるで分かっていなかったのだから。

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