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17 戦いの後で

 村中から生きているゴブリンの姿が一掃された後も、炎に包まれ、村中は明るくなっていたが、奴らを率いる『王』の姿はなかなか見つからなかった。

 物見櫓を降り、僕とエリーは村人達と手分けして『王』を血眼になって探した。あれを逃がしてはならない、という強い危機感があった。『王』を逃がせば、またどこかでゴブリンの軍勢を育て、人里を襲うかもしれない。それだけはなんとしてでも阻止しなければ、ならない。村人達が住む民家一軒一軒に商店、教会、小麦畑や家畜小屋に至るまで、捜索の手は広げられた。夜陰に紛れて、村の外に逃げおおせていないことを祈りつつ。

 『王』が見つかった、という一報が飛び込んできたのは、空が明るくなり始めた頃だった。僕とエリーは民家の一軒を調べていたが、『黄金の輝き亭』の地下室に立てこもっていると息せき切って転がり込んできた村人から話を聞くやいなや、現場に向かった。

 夕方まで閉じ込められていた地下室に足を踏み入れ、僕の前を歩くエリーがランタンを掲げると、異様な巨体のゴブリンが僕たちを見下ろしていた。

 成人男性ほどの体格がある上位ゴブリンと比べてさえ、倍ほどの体格があった。毛皮の縁取りがされたマントの下に光り輝く甲冑を纏い、ゴブリンの群れの中で最も身分が高い存在であると一目で分かる。

 ただ、『王』が他のゴブリン達と一線を画したのは、その体躯の立派さと豪奢な身なりだけではない。炎のように赤い瞳に宿る深い知性……そして、異形の右腕。左手は丸太のように太く、一振りで鎧を打ち砕きそうなほどたくましいが、やはりゴブリンの腕に違いなかった。だが、右腕は蟷螂の鎌のような形状をしていた。ランタンの明かりを受けて、冷たく光る刃には足下に倒れ伏した五人の村人達の血がべっとりと付いていた。

 凄まじい威圧を放つ異形のゴブリンと、ぴくりとも動かない村人達の姿に僕は怯み、声も出なかった。気丈なエリーにも、今回ばかりはわずかに動揺が見られた。息をかすかに飲み、鞘から剣を慎重に抜き放つ。

 『王』の赤い目が、剣を構えたエリーを素早く一瞥し、その後ろに立つ僕に目を留めた。

「貴様が、我が軍勢を屠った人間か?」

 大地が轟くような、恐ろしい声が地下室に響く。

 問いかけられても、答えられなかった。膝から崩れないよう堪えることが精一杯だった。

 声を出すことは愚か、頷くことさえ出来ない僕を見て、『王』は唇を開き、凶悪な牙を剥いた。

「見るからに、ひ弱で脆弱な倅だな。我が僕共に劣る虫けらよ……」

 くぐもった嘲笑が狭い地下室に幾度も反響した。が、それはいつまでも続かない。

「あんたはその虫けらに負けたの」

 エリーが『王』の笑い声を遮り、挑発するように剣の切っ先を『王』に向けた。

「諦めなさい。これ以上の抵抗は無駄よ」

 凜とした声で『王』に告げる。すると、『王』は小馬鹿にするように低い声で笑った。

「さえずるな、小娘よ。我が望みは、まだ果ててはおらぬ」

 『王』は堰を切ったように、高笑いを始めた。僕たちの全身を震わすような大声を響かせる。

「我にはまだ人間共の血肉が足りぬ! 奴らの屍で大地を汚し、奴らの血が流れる川をまだ築いてはおらぬ! まだ殺さねばならぬ! まるで足りぬ! もっともっと、人間共の死が必要だ……!」

 赤い瞳に、優れた知性をかき消す狂気の光が宿った。

「父が受けた苦しみを、絶望を、貴様らに思い知らせるまで! ……我は決して死ねぬ!」

 咆哮と共に、『王』が鎌を振り上げ、飛びかかってきた。うなりを上げて迫る異形の刃に、エリーが素早く剣を構え直す。

 だが、両者の刃が交わることは無かった。

 『王』の体が燃え尽きたのは、一瞬の出来事。豪奢なマントも、光り輝く甲冑も燃え尽きてしまっては、他のゴブリン達の死体と何大きく変わらなかった。一回り大きな炭の塊、ただそれだけ。

 僕は歯の根がかみ合わないほど、震え上がっていた。『王』の狂気を帯びた瞳にまだ射すくめられているかのようだった。

 そんな僕に、エリーは剣を鞘に仕舞って向き合った。そして、僕の肩に手を置いて彼女は微笑んだ。

「終わったわよ、カナタ。あんたはやり遂げたのよ」



 外に出ると、村中で燃え盛った炎が、消火活動の末に粗方消え去っていた。夜の闇は跡形もなく、去っていた。空には太陽が輝き、もはや炎で村を照らし出す必要性は失せていた。



 ゴブリンの襲来から二週間が経ち、ようやく僕らは王都へ帰還することになった。『女神の抱擁亭』から派遣された応援の冒険者の手も借り、ラクサ村周辺をくまなく探索し、逃げ出したゴブリンの駆除も概ね終了した。

 僕たちの帰還に合わせて、村人達は総出で祝宴を開いてくれた。

「まだ村の復興のためにやることは山ほどあって大変なときですし、無理して開かなくても……」

 祝宴の知らせを聞いたときに、僕は恐縮して言ったのだが、豪快に笑う酒場の女将さんの声にかき消されてしまった。

「ゴブリンの群れから村を救ってくれた英雄を、こき使うだけ使って、もてなし一つしないで帰すわけにはいかないからねえ」

「え、英雄だなんて大げさですよ……村の人たちの協力がなかったら、僕は何にも出来なかったし……それに、宴会なんて苦手だし……」

 と、口先では言いつつも、照れくささがこみ上げてくる。

 英雄。そんな風に呼ばれること、これまでの人生で当然のことながら一度たりともなかった。

 まるで『異世界チート』の大和みたいじゃないか。むずがゆいけれど、どこか誇らしいような気がした。

「馬鹿ね、こういうのはね、素直に受けておくべきものよ」

 エリーがやってくると、女将さんの言葉に賛同した。

「でも……」

 僕が不服な様子を見せると、彼女はしたり顔で言う。

「村の人たちだって、一段落してほっと一息着ける場がほしい訳よ。でも、何か理由がいる。そこで、あたしたちの帰還にあたって、というのが口実として使えるわけ」

「まあ……それなら……」

 一瞬、思案した後に彼女の言葉に納得した。確かに、村人達だって連日の復興作業から逃れられる時間がほしいだろう。

「ま、もっと単純な理由もあるんだけどね」

 エリーは舌なめずりしてつぶやいた。

 単純な理由? 一体何だろう、と疑問には思ったけど、追求はしないでおいた。

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