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10 報告

 幸いにも、村への帰路ではゴブリンと遭遇せずに済んだ。僕らは依頼をかけてきた村長に酒場に呼び出し、森の中で遭遇したゴブリン達について報告した。

 エリーはテーブルの対面に座る村長に向かって説明をしていた。交渉ごとに僕は明らかに向いていないのはお互いに分かっている。僕は彼女の傍らに立って、二人の会話に黙って耳を傾けていた。

「早急に、冒険者ギルドに応援を頼みましょう。それと、村の守りを固めて下さい。奴ら、数を頼んでいつ襲いかかってくるか知れたものじゃありませんから」

 エリーの言葉に、村長は険しい顔で頷いた。

「そうだな。至急、使者を用意しよう。村の男達で見張りも立てて、いつでも戦えるように準備をさせよう。あの獣除けの柵では村を到底守り切れん」

「我々もお手伝いいたします」

 エリーの申し出に村長は再度頷き、立ち上がった。前代未聞の危機に対する決断は早かった。

 村長が立ち上がるのと、ほとんど同時だった。酒場の扉が荒々しく音を立てて開いた。反射的に振り返ると、開いた扉の前に立っているのは、中年の男性だった。妙におどおどした雰囲気が目に付いた。重い荷物を背負ったように背中を丸め、びくつきながら周囲を伺っている。

 彼の怯えたまなざしが僕とエリーを捉えると、意を決した様子で酒場に足を踏み入れた。

「村長、お話が……」

 躊躇いがちに男が切り出す。村長は苛立ちを隠そうともせず、男を鋭く一瞥した。

「なんだね、マルコ。今、村に重大な危機が迫っているんだ、忙しいんだよ。お前の相手をしている場合じゃない」

 村長がやけに棘のある口調で言う。すると、マルコと呼ばれた男は傷ついたようにうつむき唇を引き結んだ。まるで受けた傷を堪えるように。

 しかし、男が俯いたのはごくわずかな時間だった。再び顔を上げると、揺るがぬ眼差しで村長を見据えた。

「その重大な危機のお話に来たのです。……あの二人を、捕まえて下さい」

 マルコはまっすぐに、指を指した。テーブルに腰掛けたエリーとその傍らに立つ僕を。

 マルコの声を合図に、大勢の足音が酒場に押し入ってくる。村の男達が斧や鎌といった農具に限らず、人によっては剣や槍を握りしめ、ぎらぎらと瞳を興奮して輝かせて、マルコの後ろに立った。

「何を言う? お前達、この状況はどういうことだ?」

 村長は続々と酒場に足を踏み入れる大勢の村人達を困惑した様子で見回す。だが、村長の問いに付き合おうとする者はいない。

 マルコは、僕とエリーをまっすぐに見据えて言う。

「そこの冒険者殿、悪いことは言わない。黙って武器を捨ててもらえないだろうか。そうすれば、我々も手荒な真似をせずに済むのだが……」

 マルコの声は表面上は穏やかだったが、意味するところは決して穏やかではない。

 明確な敵意がマルコとその後ろに立つ村人達から漂っていた。彼らの刺すような視線に、心臓を冷たい手で握られたような、寒気が僕の全身を貫いて走る。

 動けなかった。目の前の光景に、全く反応できなかった。言われたとおりにお飾りとして腰に吊った剣を捨てることさえ出来ず、僕はその場に立ち尽くした。

 一方で、何のためらいもなく、すらりと剣を鞘から抜き放つ音が、僕の傍らから聞こえた。

「嫌だと言ったら?」

 僕とは対照的に、エリーに恐れも怯えも一片たりともない。

 エリーの挑戦的な返事に対して、大勢の村人の先頭に立つマルコは残念そうに首を横に振った。

「ならば、やむを得ない……皆、頼むよ」

 マルコが合図のように脇に退く。すると、村人達が雄叫びと共に雪崩れ込んできた。

「カナタ、応戦するわよ!」

 エリーの叫び声を耳にして、ようやく僕ははっと我に返った。慣れない動作で剣を抜いたときには、僕の眼前に殺気立った男達が迫っていた。

「そ、それ以上近づいたら……き、斬るぞ」

 震える手で剣を突きつけ、か細い声で啖呵を切ったが、男達はせせら笑うだけ。

「やってみろよ、坊主。腰が引けてるぜ」

 斧を担いだ男が、にやにやしながら挑発する。

 完全に舐められている。

 薄ら笑いを浮かべながら、にじりよる男達。彼らが前進するたびに、後退する僕。

 どうしたらいい? 男達に追い詰められながら、僕は一生懸命になって、自分自身に問いかける。突然剣の達人になるドーノが開花するとか? あるいは仲間が乱入して助けてくれる? 僕が知っている物語ではそういうことが起こった、でも、今の僕にそんな都合の良い奇跡は望めるか?

 答えは、ノー。自分でなんとかするしかない。大勢の村人を僕の手で食い止める方法を見つけなければならない。

 一つだけ、僕にはその手段があった。震える手で握る剣よりも遙かに確実に、村人達から逃れる術がある。僕さえ望めば、瞬時にこの場を制圧できる。そう、あの強力なドーノ……!

 でも、その力を使おうとは微塵も思えなかった。魔物相手なら遠慮なしに使っているが、相手は人間。いくら僕に敵意を向けてきても、手加減が出来る保証もなく、決して使ってはいけない。

 打開策なんて一つもない、どうしようもないじゃないか。この状況は詰んでいる。半ば諦めの境地で後ずさりを繰り返していると、ついにそのときが来た。

 背後から、突然、羽交い締めにされた。いつの間にやら、後ろに回り込まれていた。剣を手放し、首を抑える腕を振り払おうともがくが、丸太のようにたくましい腕はびくともしない。無駄な抵抗をしているうちに、床にうつ伏せにされ、先ほどまで僕ににじり寄っていた村の男達総出で取り押さえられてしまった。

 床に押さえつけられて、ほとんど前が見えない。しかし、酒場には村人達の怒号に、剣戟の音がまだ続いている。

 誰が戦っているかなど、考えるまでもない。

「抵抗をやめな、嬢ちゃん! こいつがどうなってもいいのかい?!」

 僕の首元の皮膚に、冷たいナイフの感触があった。男の野太い声に、ぴたりと剣戟の音がやむ。

 しんと静まりかえった酒場に、鋭い舌打ちの音が響く。

「武器を捨てたら、命だけは助けてやると?」

 凄みを帯びたエリーの声が聞こえた。

「ああ、そうだ。分かっているなら、さっさと剣を捨てな!」

 村人の一人が叫ぶ。一拍遅れて、剣が床に落ちる音が聞こえる。そして、大勢の村人たちの足音がまるで地鳴りのように響く。

 僕も、エリーも捕まってしまった。なぜ、マルコという男が殺気立った村人達を引き連れて、僕たちを捕らえたのだろうか? その理由は分からない。

 これから僕らはどうなってしまうのだろう? 不安と恐れが、夏の雲のように広がってきたところで、口元に布が押し当てられた。嗅いだことのない奇妙な匂いが鼻を刺激した途端、視界がぐにゃりと歪む。

 一瞬のうちに、僕は意識を失った。

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