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モンスターがあふれる世界で最強にならないと生き残れない転生  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ


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第36話 袖振り合うも多生の縁

 山間部にある沢ということもあり、夏にあって雑賀の鍛練場は避暑地として十分に機能している。

 それでも、山道を時に駆け、道草を食って到着した俺たちの衣服は汗でびっしょりだ。

 怜ちゃんや朱音ちゃんに至っては髪がしっとり湿っており、無防備なうなじが雄の性を揺り起こすようだった。


 いかん。

 修行中なのに煩悩でいっぱいだ。


 一応言い訳させてもらうと、別に性的な目で見ているわけではない。

 精通はまだだし、女児に昂奮するような性癖も持ち合わせてなどいない。


 だがまあ、それでも。


「ソラくんソラくん、もう一回教えてっ」


 肌と肌が触れ合う距離で、将来の美人が約束されたような朱音ちゃんがボディタッチ交じりに教えを乞う様子は、なんか禁断の香りがするのだ。

 頭ではわかっている。

 いまの俺は小学一年生で、朱音ちゃんは同学年。

 別に何も問題などないのだと。

 しかし、人間とは誠、罪深きかな。

 いまなお俺にとどまる前世の記憶が、どうしてもそちらに思考を引っ張っていくのだ。


 かと言って鼻の下を伸ばそうものなら怜ちゃんがすねるし、気苦労は絶えない。


「術式を確認するときは、まず目を閉じて」

「うん」

「胸の内のあたりに意識を集中しつつ」

「うん」

「深呼吸をする」

「すーっ、はーっ」

「どう?」

「見えない」


 うーん。

 どうしたものか。


「何がダメなのかな? ソラくんはどう思う?」


 朱音ちゃんがぺたぺたと俺に触れたり、ほっぺたをつんつんしたりしながら、問いかけてくる。


 何がって、言われてもなぁ。


(その辺は感覚だしなぁ)


 俺も別に、ロジックで術式を認識したわけじゃない。

 ノウハウってのは言語化や共有が難しい知識だからノウハウと呼ぶのであって、それを一般化できるならそもそもそれが教育体系として取り入れられてるはずなわけで。


「あ、そうだ。怜ちゃんはどうやってる?」


 閃いた、と言わんばかりに怜ちゃんに話題を振る。

 川辺にいた怜ちゃんはわたわたと動揺を見せて川につかりかけたところをこわもてアニキに支えられ、こほんと一つ咳払いして続けた。


「私はひたすら鍛錬あるのみよ。術式刻印の日から何日も何日も術式と向き合ってきたの」


 おー、こってこての根性論だ。

 やっぱ壬生家ってそういう家なのか?


「というか、さっきからずっと思ってたんだけど」


 この際だからと言わんばかりに、怜ちゃんが人差し指を朱音ちゃんに突き立てる。


「あんた絶対術式使えるでしょ!」


 え。


「えー、なんのこと? わたし、術式全然使えないよー?」

「戯れ言を! 桜守家の人間が、7歳になるまで術式の練習の一つしてきていないわけないじゃない!」

「そんなこと、ないよー」


 すいー、と朱音ちゃんの視線が泳ぐ。

 おい。


「泳いだ! いま絶対、目が泳いだ!」


 すかさず怜ちゃんが指摘する。


「術式がいま見えないのは本当だよ? 嘘なんてついてないもん」

「煩悩! 精神統一する気が一切ないからでしょ!」

「よくわかったねー、怜ちゃんには50あかねポイントを進呈してあげるね」

「いらない!」


 術式使えるのかよ!

 じゃあいままでの時間なんだったんだよ!


 くっ、踊らされている。

 桜守家の手のひらの上で弄ばれている……っ。


 怜ちゃんが鞘に納めたまま脇差を掲げると、朱音ちゃんが可愛らしい悲鳴を上げて俺の腕に抱き着いた。


(……ん?)


 視界が、ブレる。

 倍速で再生していた未来が姿を変えた。


(妙だな、さっきから未来が安定しない)


 この目に映る未来が数分おきにころころと切り替わる。


 怜ちゃんや朱音ちゃんと一緒にいるからだろうか。


 遠見の応用である倍速再生は未来の切り替わり抑制の工夫を施してあるのだけれど、それでも、他者の干渉が大きいほど影響は大きい。


 そういえば、こんな話があったな。

 とある世界的ベストセラー作家がハーバード大の卒業生に向けてのスピーチで、どこぞの哲学者? 歴史家? の言葉を引用した話だ。


 人は生きているだけで他人の人生に影響を及ぼしてしまう。

 ましてハーバード大を卒業した人間であればなおさら。

 他人の人生に大きな影響力を持つはずだ。


 彼女たちも同じなのかもしれない。


(封伐師の名門、桜守家に、壬生家か)


 目を凝らし、縁に集中してみれば、彼女たちから放たれる縁がとても力強く、まるで別の生き物のようにうねっているのがわかる。


 そりゃ、未来視してても予想外が多く起こるわけだ。


 ……というか、ちょっと待て。

 いまのいままで気づかなかったけど、朱音ちゃんから俺に伸びる縁、なんか太くなってねえか?


 気のせいだろうか。

 いいや違う。

 今日、雑賀の屋敷に到着した時と比べて、明らかに太くなっている、間違いない。


 不思議現象に俺が小首をかしげていると、視界の隅に母の姿が映った。

 ちょいちょいと手招きされたので素直にそばに寄ると、母は俺に耳打ちした。


「そうそう。いい調子よソラ」

「何が?」

「袖振り合うも多生の縁。まして、肉体的な接触ならなおさらってこと」


 どういうこと?


「世間一般には単純接触効果なんて言うんだけど、封伐師にとってボディタッチは論理的に意味のある行為なの。触れ合う回数、時間が増えれば増えるほど縁が強さを増して――」

「そういうことかっ!」


 理解した!

 ここまでの朱音ちゃんの不可解な行動の理由!

 完璧に把握した!


「そ、そういうのは早く言ってよ……!」

「あら、いやだった?」

「……」


 嫌ではないけれど。


(さっきからころころ未来が変わってたのは、朱音ちゃんが触れるたびに縁が変化してたからか……)


 道理で未来が安定しないわけだよ!


 うーん。

 俺の天敵は黒い女だけだと思っていたけど、実は朱音ちゃんもなかなか強敵かもしれない。


 逆に考えるか。

 不測の事態に適応する鍛錬のちょうどいい機会だって思おう。


  ◇  ◇  ◇


 それから二日。

 俺は修行の成果を何も得られずにいる。


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