第21話 はじめての共同作業
「ほんに、ぎょうさん『災禍』が出てくるのォ。雑賀っちゅうのはいっつもこうなんか」
走る車の中で、内心叫喚する。
尊敬の眼差しを向ける相手は壬生家の護衛さんだ。
頻繁に襲い掛かってくる『災禍』を、彼は瞬く間に切り伏せていく。
俺の予想が正しければときちゃんと同じ飛ぶ斬撃系の術式の使い手。
しかしその練度が圧倒的だ。
車内にいながら迫りくる『災禍』を、近づく前に仕留めている。
仕留めそこないはいない。
「すごいっす! マジ尊敬っす!」
「よせやい」
こわもてのお兄さんが照れくさそうに人差し指で鼻の頭を擦る。
第一印象は怖い、だったが、こうしてみると気のいいアニキって感じだ。
俺の舎弟魂がくすぐられる。
それに気をよくしたのはときちゃんだ。
「ふふん、当然でしょ。天下の壬生家よ? ソラ、あんたは大船に乗った気でいなさい」
「ときちゃんもあれができるの?」
ぴし、と空気が凍る。
「あ、当たり前でしょ! 私だって毎日術式の訓練をしてるんだから……飯綱だってもう使えるんだから!」
「え、すごい!」
確か父と母が、普通、術式は自覚するだけでも1年とか2年かかるって話だったと思うけど、もうマスターしてるのか。
さすが、お抱えの封伐師がいる名門は違うな。
「た、ただ……その」
ときちゃんが言いづらそうに顔をそむけた。
「な、なんでもないわよ!」
俺がぽかんと呆けていると、隣のこわもてアニキが耳打ちで教えてくれた。
「お嬢はまだ縁の見分けがつかず、無差別な斬撃しか飛ばせないんでさあ」
「へー」
「い、言わなくていいのよ! 何勝手にソラに話しちゃってるの⁉」
「お嬢、できないことをできないと認めるのも、鍛錬の一つでごぜえやす」
「わかってるわよ! うーっ」
ときちゃんが顔を真っ赤にして、頬を膨らませた。
瞳には大粒の涙をこらえていて、いまにも泣き出しそうだ。
かわいい。
じゃなくて。
「そうだ。だったらさ……母さん」
「どうしたのソラ」
「あのね」
思い付きで、母にときちゃんの練習を手伝ってもらう。
「なるほど。視覚の共有をしたいのね」
「うん。縁を見るのは得意だから、きっとときちゃんの力になれると思うんだ!」
母は壬生家の方に相談を持ち掛けた。
壬生家の方は朗らかにうなずき、「ぜひとも」とときちゃんと俺の視覚共有を許してくれた。
ただ、俺の見間違いでなければ、その直前、一瞬だけ鋭い眼光を見せたような……。
なんというか、こう、狙った獲物を逃がさない狼というか。
「それじゃあ、ソラと怜ちゃんに縁を結ぶわよ?」
「うん、あ。右目だけでお願い」
「? わかったわ」
俺にとってはいつものことで、返事はすぐだった。
ただときちゃんは少し違ったみたいで、顔を真っ赤にして小さな声で、恥じらう乙女のようにつぶやいた。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」
不束者?
何を言っているんだろう。
5歳で術式を理解し、不完全ながらも発動できるってのは優秀な分類だと思う。
それなのに謙遜できるなんて、壬生家は教育が徹底されてるんだなぁ。
「はい、できたわよ」
仕組みとしては単純だ。
まず、俺と母が視界を共有し、その視界を母がときちゃんと共有する。
すると俺が見ている世界をときちゃんが視認できるようになるわけである。
「……っ、すごい。これがソラの見ている世界?」
俺は鼻が高くなった。
縁を見るのは遠見の術式の基本だ。
そして俺は、俺の同年代で俺以上に遠見の術式のマスタリーランクが上の封伐師は存在しないと断言できる。
なにせこっちの経験値効率は常時数倍。
絶対に追いつかれるわけがないのである。
(ま、本当は感覚共有の術式も、母さんに頼まずとも使えるんだけどね)
思い返すのは霊力量を計測する開門の儀。
八門解放のときちゃんは、朱音ちゃんの十門解放に及ばなかったことを悔しそうにしていた。
既に術式を二つ会得していることがばれたらヘソを曲げられる可能性がある。
それに、母にもまだ打ち明けてないし、ギリギリまで秘匿しておこうと思う。
(まず、左目で倍速再生して……)
せっかく数年先まで未来視の二重発動を持続できていたけどリセットだ。
まあ、しばらく血統術式を教えてくれそうになかったし別にいい。
(『災禍』が襲ってくる未来を予測できたら、その縁を現在時間の俺にフィードバック)
そして見つけた縁を、今度は右目でたどる。
「きゃっ⁉ 急に見え方が」
「あ、ごめん」
遠見で視点を飛ばしたことでときちゃんが驚いていた。
「待って……あれって『災禍』?」
ときちゃんのつぶやきに、こわもてアニキが周囲を警戒する。
だが、その『災禍』の接敵はまだまだ先。
一般の感覚で認識できるところにはいない。
「お嬢、知覚に『災禍』の気配はありやせんぜ」
「で、でも確かにここに」
説明しづらそうに、ときちゃんが目の前で手をわたわたさせている。
「あ、わかった! ソラね。遠見の術式で、遠いところの『災禍』を見せてるんでしょ!」
「正解」
こわもてアニキがいぶかしむ。怖い。
「雑賀の姐さん、俺にも視界の共有をお願いできやすか?」
「ふふ、お姉さんだなんて」
母は少し上機嫌になりながらこわもてアニキに視界を共有した。
「本当にいやすね……。しかもなんすか、この縁の見え方。こんなはっきりくっきり見えるもんなんすか?」
「ソラいっぱい練習したもんねー」
「ねーっ」
「い、いや……これ練習でどうにかなるレベルじゃないでしょう……」
こわもてアニキが戦慄している。
ふっ、どうやら俺の縁を見る能力は一流の域に達しているらしい。
「でも、これなら……」
こわもてアニキがぼそぼそとつぶやいた。
「お嬢、試しに飛ばしてみたらどうでございやしょう」
「飛ばす? 飛ばすって何を?」
「術式、飯綱でございやす」
一瞬、車内を静寂が支配した。
だから、ときちゃんが息を呑むのがわかった。
「で、でももし失敗したら」
「そうでございやすね。清水殿、一度停車いただくことは可能でございやしょうか」
「構いませんよ」
車は山道を走行中だった。
対向車はいない。いたとしても、すれ違いできる路肩に駐車したので問題ない。
道路に下りて、こわもてアニキがお嬢……じゃなくてときちゃんに自前の刀を手渡す。
「大丈夫でごぜえやす、お嬢。お嬢が信頼するソラ殿が手を貸してくれているんです。必ずうまくいきやす」
不安そうにこわもてアニキを見つめるときちゃんの手を、こわもてアニキがぎゅっと握る。
ときちゃんは少し葛藤した様子だったが、やがて意を決したようにうなずき、瞳を閉じて精神を集中させた。
そう言えば、俺も最初、術式を認識するためには目を閉じるといいよ、なんてアドバイスを貰ったことを思い出した。
「……いくわよ」
小さくつぶやいた声に、こわもてアニキが頷いた。
俺もうなずいた。
それを知ってか知らずか、ときちゃんがわずかに笑みをこぼす。
非常に好戦的な笑みだった。
「飯綱ッ!」
瞬間、ドッとあふれ出た闘気が刃を伝った。
木々の隙間から漏れる陽光を白刃が照り返しながら引き裂くは、一本の縁。
その縁の先にいるのは、俺を標的に、猪突猛進する『災禍』の命。
遠見で飛ばした視界に映るその怪物から、夥しい量の血液が、勢いよく噴出する。
「でき、た……?」
ときちゃんが、信じられないといった様子で恐る恐る目を開き、自分の手を確認する。
それからおもむろに顔を上げ、俺、こわもてアニキと視線を送り、アニキの首肯に涙をためる。
「できた……できたのね!」
「お嬢! 完璧の一太刀だったっすよ!」
「やった! やったやった! やったー!」
普段の、凛とした態度から一転。
年相応の子供のようにはしゃぐときちゃんが俺の目にはまぶしく映る。
「ソラっ!」
「うおっ⁉」
突然、ときちゃんが、そばで見守っていた俺に抱き着いてきた。
「ありがとうっ!」
太陽みたいな笑顔のときちゃんを見たのは初めてで、心臓が突然駆け足になった。
「う、うん。おめでとう。ときちゃんの実力だよ!」
「えへへ」
ぐっ、なんだこの幼女!
かわいい顔して殺傷力高いな、ちくしょう。




