中編
私やエクトル様も、ロゼと同い年であったので、入学は同時だった。これも、小説の筋書き通りだ。
王立学院はほとんどが貴族の生徒であり、王都や主要都市はもちろん、地方からも貴族の子女が集まり、学び舎にて社交をしたり勉学に励んだり、実技を磨いたり。そんな中で、平民が入学するとすれば、それらはいずれも名のある貴族から推薦を貰った曲者ぞろい。
その中でもロゼは、王領に現れたSランクモンスターを単独討伐し、国王の後ろ盾を得た少女として、瞬く間に有名になった。平民らしからぬ整った容姿も相まって、初日のホームルームが終わったころには、学院中にその存在を轟かせていた。
初めは、貴族の女子は特にロゼに対していい思いを抱いていなかった。高位貴族の女子の中でも、ほんの一握りしか得られない、国王というこの国一番の権力者の庇護を受けた女性など、面白いわけがなかった。
ロゼは常識が欠如してはいたように思えたが、勉強もそれなりに面白いらしくどんどん知識を吸収していった。そして魔法理論の話になれば、教師も真っ青になるほどの緻密で正確、そして斬新な理論を口にして、思わず魔法学の教諭たちが個人的にロゼを呼び出し、放課後に時間をとって議論を交わすほど。
そんなロゼが、魔術師として文字通り「格が違う」ことを証明したのが、初めての魔法実技の授業の時間だった。
私たちのクラスには、次期宮廷魔術師長を期待されている大魔術師の子息であるロバート様という方がいた。彼は幼い頃から神童ともてはやされ、入学時点で、卒業後に宮廷魔術師入りが決まっているというとんでもないエリートだ。彼はそれを誇りに思っているし、それを鼻にかけてもいた。入学時から、魔法学実技の首席であるかのような振る舞いをしていたのである。
しかしそんな彼の矜持は、ロゼによって粉々にへし折られることとなる。
魔力の球状化は基礎の基礎だ。魔力を最も効率よく凝縮し、応用することができる球状化は、師事する相手がよほど偏屈でない限り、一番最初にやらされることである。けれど、今まで悠々自適に過ごしてきた貴族の紳士淑女たちは、この学院に入って初めて魔法を学ぶものも多い。うまくいかずに、崩れた形の球を作り、遠くにある的に放り投げてみるが、多くは的に届く前に離散してしまった。
私を含め、魔法を事前に習っていた数名は、それぞれ自分の得意な属性の魔力を球状に押し込めて、それを的に当てることができた。この時点で、魔法の鍛錬を怠っていた者と明確な壁ができる。さらに、ロバート様は同時に二つの玉――水球と火球を生み出し、それらを私たちよりもよほど早いスピードで、的へとぶち当てた。その時点で、貴族たちの多くはロバート様の実力が明らかに秀でていると悟ったのである。
――彼女が動くまでは。
「では、次。ロゼ・ヒース。やってみなさい」
「はい」
国王陛下に目を掛けられたからと調子に乗っている、冒険者という賤しい職業の彼女。それが、この場にいた多くの貴族たちの印象だった。じろじろと見つめる視線は冷たく、失敗を願い、無様を晒すことをこそこそと話している者までいる。けれど、私は知っていた。
ロゼの前では、まさしくロバート様を含めた私たち――戦場に立ったことさえない温室育ちの貴族たちなど、児戯を自慢しあっているに等しいのだと。
ロゼが軽く腕を振りあげると、ロゼの周囲には地風火水、聖闇全属性の球体が、ざっと見ただけで30個以上は音もなく浮かび上がった。その一つ一つが見惚れるほどに精巧な球で、魔力の乱れも一切感じられない。それを見た途端に、ロバート様がその場に崩れ落ちた。
「発射」
ロゼが呟いて、指をさした瞬間、目にもとまらぬ速さ――文字通り高速で、球が32個あった的の真ん中へと同時に着弾する。多くの的には傷が残っており、特に聖属性の球が当たった的は、的のど真ん中だけが正確に穴が空いているような状態になっていた。
「課題クリア」
「……み、見事だ、ロゼ・ヒース」
教官が慌てて繕うように告げると、ロゼは一礼をして、そのまま修練場の端へと移動した。
高慢な貴族子女の鼻をへし折るには十分な出来事だった。あれ以来、ロバート様は「何という井の中の蛙だったのだろう」と落ち込み塞ぎ込んでいるようだし、無関係な貴族の子女から、彼女に対して平民の出であることを貶める言葉が増えた気がする。
あれほどロバート様の腕前を褒めていた貴族子女らが、それを遥かに上回るロゼの場合は腕を認めずに貶している光景を見て「人間は愚か……」と呟いたのも懐かしい。
その後も、礼儀作法や歴史経済などに関しては、ロゼは知識を持たずに苦労していたのだが、地理や兵法の授業においては頭角を現し、実際に戦場に立って魔物の討伐をしている者として、実体験を基にした作戦の立案や、地域に特色のある魔力の分布等には深い造詣を示し、それぞれ教諭を唸らせるほど。これに対して宰相の息子であるディルック様がロゼへと興味を持ち、彼女と休み時間に議論を交わしている姿が散見されるようになった。
けれど、そんなロゼの立場をさらに悪くすることが立て続けに起きた。ロゼの魔法や実戦経験の価値を認められるような人物が、よりにもよってこの国の重鎮たちの息子であったことだ。その中には、当然私の婚約者であるエクトル様も含まれた。
第一王子のエクトル様、宰相の息子のディルック様、宮廷魔術師長の息子のロバート様、第一王子側近のハルク様、オリバー様。こんなそうそうたる面子が、誰よりもロゼの実力を認めてそれを尊重しだしてから、学院の雰囲気はがらりと変わった。
はっきりと「ロゼを認める」派閥――こちらは令息が多い――と「ロゼを認めない」派閥――こちらは令嬢が多い――が出来上がり、二分された。恐らくロゼ自体は何もしておらず、今日も今日とてうきうきと授業が終わると学院を出て行く。デートに誘いたい令息が声を掛ければ「今日は巨大蛇の討伐に行くので」と断られる始末である。
私は「認めない」派閥についている――と、思われている。なぜならエクトル様の婚約者であり筆頭公爵家の私は、周囲に自然と持ち上げられて、表立ってロゼに対抗していると思われてしまったのだ。これは本当によろしくない。非常によろしくない。
私にその気がなかったとしても、ロゼに不満を持つ令嬢が私のせいにして彼女を害するかもしれない。そうなれば、小説通りの結末に一直線だ。そんなの絶対に嫌だ。私はできる限りロゼに関わらないようにして、自分がロゼに敵意を持っていないことを示し続けた。けれど私の存在を理由にして、ロゼを攻撃する浅はかな女生徒は、日に日に増えていき――私は、運命の足音が私の背後から、不気味で不揃いなリズムを刻みながら近づいて来るのを感じた。殺される夢も、何度か見てしまった。
このままでは、恋愛小説の通りになってしまう。ならば、根本的な部分を解決できないだろうか。そう思い、私はエクトル様に、ロゼの傍から離れてほしいとお願いをしてみることに決めた。これで断られたら、きっと私は断罪まで一直線だろう。それでも、私は死の足音から逃れるのに必死だった。
我が公爵邸のサロンで思い切ってその件について諫言申し上げれば、エクトル様は少し寂し気な表情をして告げた。
「ロゼを守るのは王子として当然の行ないだ。よく考えてみろ、彼女は優れた力を持っていたが故、巻き込まれただけだぞ。それなのになぜ、貴族の女子のみっともない嫉妬にさらされて苦しまねばならない」
そもそも、王子たちがかかわらなければ多少はましになると思う。そう思いながら小さく息を吐き出すと、エクトル様はむっとした顔をする。
「……君もなのか?」
「え?」
「婚約者でもない令嬢たちが、ロゼを私に相応しくないと罵倒している場面に出くわした。なぜそういう話になる? 私はただ、国の英雄に対して不当な行いをする貴族たちが許せないから、守ろうとしているだけだ。それなのに、君も私のことを理解してくれないのか」
「それは……」
ご立派だとは思う。ロゼが国の英雄なのは事実だ。それでも、婚約者がいるにもかかわらず、違う女性の傍に侍り、世話を焼く高位貴族の令息たちを、誰が快く思うだろうか。エクトル様が思っているほどに、この国の身分制度は甘くはない。ロゼが爵位の授与を拒否したのならば、彼女は平民としてこの学院にいるということ。それなりのやっかみは受け止めなければならない。
けれどロゼが被害者だという言い分も分かるには分かる。彼女は国王をはじめとした国の貴族たちの意向で、依頼としてこの学院に来ているだけだ。侍っている令息たちには微塵も興味がないように見えるし、彼らが持ってくるお菓子に餌付けされているだけのようにも見える。それが、貴族の女子たちにはどう見えているかも分からずに。
「何も君たちを蔑ろにしているわけではない。きちんと婚約者としての義務も果たしているし、君とこうして語らう時間だって作ってる。何が不満なんだ」
「不満があるわけではございません。ですが、ロゼ様がいらしてから生まれた学院の派閥争いに、殿下たちが加われば泥沼の様相と化すのです。これ以上は、ロゼ様にも迷惑をかけることになるのですよ」
「……そうか。君も、結局は……言い寄ってくる令嬢たちと同じだったということか」
「殿下。お話を聞いてくださいませ!」
そんなことを言っているわけじゃない。ただ、もう少し節度を保って欲しいと言っているだけだ。エクトル様が次期王太子として頑張っておられるのは私が一番よく知っている。父の賓客であるロゼを守ろうと奮闘していることも。
けれど、貴族の子女たちのすべてがそれを理解できるわけではないのだ。学院は小さな社交の場。エクトル様のお心遣いを理解できない子女たちが噂を広めれば、エクトル様の治世に影響が出るかもしれない。私は将来の王太子妃、そして王妃候補として、それを諫めねばならない立場なのだ。
けれどエクトル様は、私を鋭い視線で捉えると、強い言葉で、静かな圧力で、私をその場に縛り付けた。
「私は私の信念を貫き通す。将来の妃となろうと言うならば、平民だというだけで功績も認めずに見下そうと考えるあの娘らを取りまとめて見せろ」
「え……」
「社交界は女子の戦場、そう言ったのは母上だ。君が妃になろうというのなら、あの学院で好き勝手にしている女性貴族たちをのさばらせておいていいのか?」
「それは……」
私は俯いた。今、学院で多数できている派閥は、いずれも私の威を借りながらも、私を蔑ろにしている派閥だ。何かに怯え、消極的な行動ばかりをとる私を、彼女たちは見下している。私が何もできないと知れば、私が妃の座に座ったとて、社交界における女性貴族をまとめることは叶わず、彼女たちが好き勝手に暴れまわり、私腹を肥やすための礎とされるだけだ。
学院という小さな庭の貴族息女たちを取りまとめることもできずに、私に妃が務まるのか。エクトル様が言っているのは、そういうことだった。
「君が学院における立場を確固たるものとし、あの無秩序な女性貴族たちを取りまとめられたなら、ロゼへの風評もある程度はましになるだろう。だが、それをせずに国王陛下の賓客たる彼女を、貴族社会の中に裸で放り出そうとしている。君が言っているのはそういうことだ」
「……っ」
「派閥が混沌としている現状、彼女に降りかかる火の粉を一つでも多く払うには、私が傍で露払いをするしかない。重ねて言う、私は君が考えるような意図をもって彼女の傍にいるわけではない。私が表立って女性貴族たちを治めようとしても火に油を注ぐだけだろう。君も準王族として名を連ねているのならば、賓客を守るのに協力してほしい」
エクトル様は淡々と一息にそれらを告げた後で、小さく呼吸の音を響かせて、立ち上がると、私の傍を通ってサロンを出ようとした。そのすれ違いざま、私へと囁かれた言葉に、私は目が覚める想いがした。
「諍いとなるならそれも良し。僕は次期王太子として、すべて受け止め、飲み込んで見せよう」
エクトル様から頂いた冷たい言葉はそれだけだった。何も言い返せなかった。
私は自分の保身のためにエクトル様に縋ろうとしているだけで、学院に増長する悪意を放ったらかしにしていたのは事実だった。私は何もせずに、ずっと被害者面だった。
イナンナは狡猾で悪逆な性格をしていた。楯突くものには容赦なく、侮るものには制裁を。そうやって恐怖の上に取りまとめて来た派閥だからこそ、彼女らはイナンナの悪逆に手を貸したし、腹心に裏切られるような恐怖も抱えていなかった。彼女らの身辺のすべてを掌握していたからだ。
それなのに、私はと言えば、断罪されたくないからいい子でいよう、嫌われないようにしよう、その一点張りだった。次期王太子妃という立場に甘んじていたのは間違いなく自分で、筆頭公爵家の私を差し置いて私を勝手に担ぎ上げ、好き勝手にしている令嬢たちに舐められたままで。
――本当にこんなんじゃ、断罪一直線に決まっているじゃない。
そう思った次の日から、私は変わった。私の名を使って好き勝手にロゼを詰るものを冷たく突き放して告げた。
「私の名前を使って随分と好き勝手にしてくれたみたいね? 自分で責任を取れないことはするものじゃないわ」
「そんな……私は、イナンナ様を慮って!」
「誰に許しを得て名前を呼んでいるの? 初めましてよね?」
そうやって、クラスの中で、派閥の中で、誰が一番上なのかを分からせた。エクトル様の隣を狙って私を貶めようとしていた令嬢たちは、揃って学院を去っていった。筆頭公爵家を怒らせればどうなるのか、誰もが思い知り始めた。私の悪評が広まり始めると、ロゼへの悪評は鳴りを潜め始めた。
私が何もしていないのに、ロゼを害するのは愚かなのだ、という派閥と。私は王子の傍に別の人間がいることを許す、王妃として相応しくない人物だ、という派閥。一年次ではその派閥と全力で争い、私を毒殺しようとした愚かな侯爵令嬢をひっ捕らえて終幕となった。
けれど私がそうして四苦八苦しているうちに、高位貴族の令息たちはどんどんロゼに入れ込んでいく。貴族も平民も誰もが微笑めば靡いた高位貴族の令息たちが、ことごとくロゼにアプローチを仕掛けて撃沈していくのを何度も見た。断り文句はいつも「〇〇を討伐に行くので」「●●の採取が今日の仕事ですから」である。
そんなある日のこと。私は、自分の派閥の令嬢たちを公爵邸へと招き、アフタヌーンティーを楽しんでいた。派閥争いがある程度の雌雄を決した頃には、私の友人の婚約者たちも、すっかりとロゼの虜になっていた。
ロゼに対する愚痴を聞いているのは複雑な気分にはなったけれど、エクトル様もあれ以来ずっとロゼの傍にいる。私はそれを「エクトル様から王太子妃の資質を試されているのよ」と窘めているけれど、彼女らは憤りを感じてくれたらしい。
「何ですか、それ! おかしいではありませんか。イナンナ様がいつもどれほどに殿下のために行動されているかご存じではないのですか?」
「私が甘えていたのは事実だったわ。きちんと結果を出せば、殿下だってまた私の方を向いてくださるわ」
「ですが……」
「王領の民を、数年続くはずだった災厄から救ったのは間違いなくロゼ様ですもの。それに、ご本人にはまるで殿下や周囲の方々に興味がないようですから、目くじらを立てるほどのことではありません」
彼女らが強くロゼを害しようとしないのは、間違いなくそれが一番大きいと思う。もちろん、たまに勘違いをしてロゼへと逆恨みをぶつける者もいるが、そういう場合はあのキラキラ集団――王子を含めた、ifストーリーの恋人たち――が返り討ちにしている。
ロゼは、彼らを全く相手にしていない。それでもロゼが彼らを邪険にしないのは、彼らが持ってくるお菓子が美味しいからなのだろう。けれど貸し借りが嫌いなロゼは、それに大して正当な報酬を握らせて帰るそうなので、一向に関係は進まない。贈り物を贈って気を引こうとしても「返礼が思いつかないので結構です」と突き返すのだ。どんなに高価なものを捧げても、どんなに珍しいものを贈っても、ロゼがまるで靡かないことに、令息たちは焦ったように彼女を手に入れようと近づいていく。
それでも確かに、これ以上変な噂が広まるのは私も避けたい。エクトル様が本当はロゼを寵愛していて、私はお飾りの王妃だ、なんて言われる様になったらどうしよう。その前に、このままで本当に断罪は避けられるのかしら、とそう思えてしまったからだ。
いい香りのする紅茶を飲みながらそんなことを悩んでいると、おずおずとした様子で手を挙げたのは、側近のハルク様を婚約者に持つエレウィ様。
「皆さまに、ご相談したいことがあるのです。あの……私、偶然聞いてしまって」
「どうなさったの? エレウィ様」
「ハルク様の父上が、ロゼ様の力に目をつけて、ハルク様に惚れさせて繋ぎ留めておくよう指示があったと」
「……なんですの、それ。婚約者がいるハルク様にそんなことをさせようとなどと、正気ですの?」
私は耳を疑った。ハルク様の父上と言えば、侯爵だ。国の要職を担う侯爵が、婚約者がいるにもかかわらず愛妾を囲えと指示したということになる。すると、オリバー様の婚約者であるマリィ様も「あっ」と声を上げた。
「私、昨日、父と母の密談を盗み聞きしてしまいましたの……通りがかったところで、つい。そうしたら、娘をなめ過ぎだ、とか、侮られている、とか。そういったことを、仰っていらしたの」
私はそれらの事実を聞いて、はたと思いつくことがあった。お妃教育を受ける中で、前世におけるいわゆる統計分析といったものを行なったデータを何度か目にする機会があったのだ。
私はそれを見て、憤った覚えがある。それは、色事がらみで旦那に不満を持つ貴婦人が多いということだった。
この国の国風として、男尊女卑は言わずもがなだが、一夫一妻という美しい慣例はもはや誰もが軽んじているものだと言わざるを得ない。女性の自立が難しい世の中で、女性は侮られ、立場を縛られ、夫の奔放さを許容しなくてはならない現状に嘆いていると。
「平民の愛妾ごときをとっても、立場の弱い女性ならば言いくるめられる」。そう思われているのだとすれば、屈辱的なことこの上ない。私がぶつぶつとそれを漏らせば、聴いていた友人たちは顔を真っ赤にして憤り始めた。
「ハルク様は確かに高圧的な部分もありましたが、毅然と判断を下す姿に感銘を覚えたものです。ですが、あれが女性の立場を甘んじて我を通すことを許されると思っているのだとすれば、話は別ですわ」
「オリバー様だって、一か月前から楽しみにしていた逢瀬の場を、お休みになられて、次の機会に高価な贈り物を持ってきて……私はそれを今日までは誠実だと思っていました。ですが、侮られていたのですね。その理由というのも、何となく気分が悪かったから、だと伺いましたし」
次々に婚約者たちの不満を漏らす彼女らの話を統合すれば、彼らが婚約者である女性たちを侮っているのは確実なようだ。それが無意識なのか、慣例から生じた風潮なのかは分からないが、愛人を囲っても何も言えない妻が多い、というのはこの国の一つの事実だった。
それほどまでに夫の力は強い。私はあのデータを見たとき、私が王妃になったら何とかしたい、と思っていたことを思い出した。つい最近まで、余裕がなさ過ぎて忘れてしまっていたが。
「でしたら、一度婚約者様方と喧嘩してみませんこと?」
私の口からついて出た言葉に、彼女らは顔を見合わせて、そうして私をじっと見つめた。彼女らは私の派閥の人間。私がやると決めたことには、最後までついて来てくださるだろう。
私はこれをもって、エクトル様に次期王太子妃、そして王妃だと認めさせる。そう決めて、私は口を開いた。
「でしたら、おひとり。どうしても味方につけておかなければならない人がいらっしゃいますね」
もしもこの先もシナリオ通りに進んでしまうのならば。このシナリオを利用して、彼らに一矢報いるためには。
彼女の協力が必要不可欠だ。そう思って、私はくすりと微笑んだ。