表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

叶わない恋

作者: りと

朝の日差しがまぶしい車内。


くたびれた年配のサラリーマンがうつらうつらとしている。毎日お疲れ様。

朝の電車は空気がよどんでいるみたい。


そんな中でも、あなたは今日も麗しい。


細く白い指先が文庫本のページをめくる。

それをあたしはいつもうっとりと見つめている。

白皙の美貌は、あなたの周りだけをきらきらと輝かせていて、目がくらむよう。


そう、あたしは美しいあなたに恋をしている。



決して、叶うことのない、恋を。



電車はやがて次の駅に着く。

あなたは手にしていた文庫本を鞄へと収め、車窓に映る自分を見て身なりを整えた。

そんなことしなくても、あなたのどこにも欠点はないのに。


駅に着けば、同学年の男女があなたの元へとやってくる。


あなたはいつも。


仲睦まじいふたりに気づかれないように、傷ついた顔をする。


それを見たあたしも、切ない気分になる。


それは毎朝のこと、いつものこと。


三人は友人関係。男女が他の車両に行ったり、時間を変えたり、――別れたりしなければ、三人はいつも一緒に登校することになるんでしょう。

あなたはふたりと話しながら、ときおりふたりを見つめて憂えた顔をする。

それを見ていたら、嫌でも気づく。

あなたは、その人を好きなのね、って。

でもわかるわ。ずっとそばにいたくなるような、明るい笑顔を絶やさない人だもの。

ふたりはお互いのことが大好きだって、見ててわかるもの。

あなたの入る隙は、無いみたい。


そっとあなたの様子を観察していれば、視界に入ってくる視線に反応してしまう。

彼の方は、あたしと目が合うと、さっと視線を逸らした。


実はあたし、彼とは中学が一緒で、短期間、付き合っていたことがあるの。

もう何年も前の話なのに、彼はあたしと目が合うと、いつも気まずいみたいな顔をする。

あたしは全然気にしていないし、いまはもう好きな人がいるからどうってことないのに。

けっこう手酷く振られて、高校も別にしたのに、朝の登校時間が被るなんてついてないよね。

時間をずらさないってことは、彼女さんにうまく説明できなかったのね。

しょうがない。通学にはこの時間が一番都合がいいんだもの。

あたしはまったく気にしていないのだから、目が合ったとしても、気にしなければいいのに。

難儀な人。

彼女のことだけに集中していればいいのに。

まあ、彼のことはどうだっていいのよ。


あたしはあの人が好きなんだから。

たとえあの人が、他の誰を好きでも。

あたしはあなたが好きよ。


叶わない、恋だけれど。


あなたの顔を見ながら、あたしはそっと息をついた。

わかっていても、つらいものよね。


降車する駅に着いた。

乗っていた場所の都合上、三人の後ろについて降りる。

いつものこと。


でも今日は、違うことが起きた。


「あ……」


あなたの定期入れが目の前に落ちてきたの。

すかさず定期入れを拾う。

どくんと、心臓がはねた。

あたしはいつもあなたを見つめるだけで、話したことも……視界に入ったことすらないの。

これで恋だなんて、笑っちゃうよね。

けれど、本当に大好きなの。


だから、こんな機会、ぜったいにのがさない。


名前は、知ってる。

だって彼が名前で、彼女が苗字で呼ぶから。


「井上、雅也、さん」


白皙の美貌が振り返る。

あまりのまぶしさに、目を細めた。


「落としましたよ」

「ああ、ありがとうございます」


あたしは、低い声で、呼びかけた。


あなたは涼やかな声で、笑む。


ああ、なんて、綺麗なの。


叶わなくていい。

あなたの視界に入れたことが。

あなたに声をかけられたことが。

あなたに微笑まれたことが。


あたしの、最上のよろこび。



――あなたの瞳にあたしの姿が映る。


とろりとした笑みを浮かべる、精悍な、男の姿だった。










END.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ