夢の中の話
「ねぇ知ってる?」
都子は静かな沈黙を破って話を始める。
「もし夢に自分が気になっている人が出てきたら、それは『自分がその人のことを夢に見るほど想っているから』って、普通は考えるでしょ?」
都子は僕が話を聞いているか確かめようとこちらを向く。
僕が視線を送って彼女にアピールすると、満足してまた話を続ける。
「昔の人は、たしか平安時代とかだった気がするけど、『夢に出てきたその人が自分に会いたがっている。だから夢に出てくる』って考えたんだって。なんだか都合の良い考え方よね。」
「たしかに、都合の良い、幸せな考え方だね。」
僕はそう答えながら、少し考えてみる。想い人が夢に出てくる。それだけでも幸せなことなのに、その上それが自分のことを想っていることの証左になるのだとしたら、天にも登る気持ちになるかもしれない。
都子は続ける。
「けどまぁ、それが両想いだったら『素敵な話』で済むのかもしれないけど、特に好きでもない相手から『夢に君が出てきました、僕のことを想ってくれているのですね』なんて言われたら、考えただけでもぞっとするわ。」
「うん、、それはたしかにそうだ。」
こと色恋沙汰において、人は時に勘違いのまま突き進む。自分の思春期の頃のことを思っても、具体的な思い出があるわけではないが、なんとなく他人事とは言えないような気がして身につまされる。
「ところで、ねぇ優作。私の夢にはあなたが出てこないのだけど、これって私はそれほどあなたのことを想っていない、ということになるのかしらね。」
少しやっかいな質問が来たなと思いつつ答える。
「現代人的な考え方をするのならそうかもしれない。ただ、そう、平安時代的な考え方をするのであれば、つまり、僕の夢に出ようとする努力が足りていない、ということになるかもしれないね。」
「そうね、確かにそう。きっと優作の努力が足りないのよ。」
彼女はあっさりとそう返答すると、少しため息をついて
「私は、夢に出てきて欲しいと思うよ。」
と小さな声で呟き、黙ってなにか考え事を始めてしまった。
静かな、しかし心地の良い沈黙が、また流れ始める。
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時刻はもう夕方になってしまっていた。僕は目をこすりながら体を起こす。
ふと病室の窓に西日が差し込んでいることに気づき、カーテンを閉めにいく。
窓際で振り返り、ベッドで眠っている都子を見ながら、夢の中でした夢の話のことを思う。
現実の世界、起きているこの世界で都子と話すことができなくなってから、もう半年が経とうとしている。
『生きていることが奇跡』などという残酷な医者の話も何食わずといった様子で、都子は眠り姫のように静かに、ただ眠り続けている。
1ヶ月ほど前、連日の見舞いに少し疲れてしまった僕は病室で居眠りをしてしまった。
そして気がつくと夢の世界に迷い込んでいた。
静寂に包まれた暗闇の中、独り歩みを進めると、視界の先にほのかな光に包まれた人影を認めた。
僕が近づいていくとその人影は、つまり都子は振り返って僕に大きく手を振り、そして話しかけてくれた。
それから、僕と彼女のこの不思議な邂逅は、見舞いの度に数十分の間だけ続いている。
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「そういえば、昨日聞き忘れていたことがあったのだけれど。」
僕が来るのを待ちわびていたように、都子は開口一番そう話しかける。
「優作の夢に、私は出てくるのかしら?」
僕は急な質問に少し驚いて、戸惑う。『今がまさにそうだ』とか、そんな野暮なことは言うまい。
「うん、都子は夢に出てくるよ。よく出てきてくれる。」
答えながら、自らの声が少し震えていることに気づく。
目の前に、今、確かに見えている都子の姿も、本当は僕が作った幻なのかもしれない、そう思う。それでも、いつ途切れてしまうかもわからないこの大切な一瞬を、自ら手放すようなことはできるはずもない。
俯く僕の様子を不思議そうに眺めつつ、都子は続ける。
「そう、じゃあそれは、優作が私のことばかり考えているってことね。」
得意気にそう答える彼女を見て、僕は気が抜けて、思わず吹き出してしまった。
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『私は、夢に出てきて欲しいと思うよ』
都子の昨日の言葉を思い出す。こうして、夢の中だけでも都子と会うことができるのは、とても幸せなことなのだろう。
夢の中で想い人に会える。そして彼女はきっと僕のことを想って、心配をして会いに来てくれている。こんな考え方は、少し都合が良すぎるだろうか。
暗闇に浮かぶ2人は、今日も夢の中で、他愛のない話を続ける。