ガーディアンズとは
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望夢がガーディアンズに入隊し、一週間が過ぎた。
頭脳も運動能力も人並みの彼は、もしかしたら入隊試験に落ちるかもしれないと危惧していた。だがガーディアンズ入隊に最も重要な適正があったおかげで、どうにか入隊できた。逆に言うと、それがなかったせいで、彼よりも遥かに頭が良くて運動能力が高い者でも不合格となって、元いた場所へと帰っていった者もいた。この適性検査で、今回集まった中のおよそ半分の者が涙を呑んだことを知るのは、後の話である。
ともあれ、入隊できればこちらのものだ。足りない要素はこれから鍛えていけばいい。ここは、そのための場所なのだから。
こうして望夢は、今日も意気揚々と教室に向かう。
ガーディアンズに所属しながら高校卒業の資格も得られるというわけで、教室には望夢の他に100名ほどの男女が授業を受けに集まっている。今回入隊した者のほとんど全員だ。いくら国がガーディアンズ退任後の生活の保障を確約しているからといっても、将来のことは誰にもわからないのだ。この先行き不安な世の中、取れる資格は誰だって取っておきたい。
教室は、大学の講義でも使われるような階段教室だった。元が商用ビルのテナントを改装しただけとは思えないので、専門の業者が入ってリフォームしたのだろう。一般的な高校の教室みたいにしなかったのは、人数が多すぎるからだろう。
望夢が適当な場所に座って少しすると、担当の教官が入ってきた。
男性教官――というには体格が良すぎる上に、短く刈り込まれた頭の下にある精悍な顔は、下手な体育教師よりも日に焼けている。蛍光灯の光を反射するミラーレンズのサングラスが、明らかにカタギの人間ではない空気を漂わせている。ヤクザが四国に入れるはずはないから、恐らく自衛隊関係者だろう。名前は確か、丸山だったか。
丸山教官は教壇の前に立つと、まず手持ちの端末を開いた。端末が起動すると、室内にいる隊員たちが持つIDから出る電波を感知して出欠を取る。100人いるので、いちいち点呼するのは時間の無駄なのだ。
出欠を確認すると、丸山は教壇の背後にある巨大な上下式黒板の一枚を引き下げる。すると前の授業の板書が残った、黒板型巨大モニターが出てきた。
「さて、昨日の続きだ」
丸山が準備を終えて隊員たちの方を振り返ると、皆慌てて自分たちの机に備えつけられた端末を起動した。授業で教科書やノートを使うのは、前世紀ですでに終わっている。
望夢も自分の机にある端末を起動させると、昨日習った箇所のファイルを開く。出てきたのは、“ガーディアンズの成り立ち”。
「二XXX年。ある日突然、愛媛県松山市に異世界からの侵略者が現れた。この時、奴らがどこからどのようにして現れたのかは、未だに謎だ。松山市に設置されていた街頭カメラに残った映像を分析してみても、まさに『突然現れた』としか表現できない。
そして、後に政府によって正式に『モウリョウ』と呼ばれるようになった奴らは、瞬く間に松山市内を蹂躙した。数にして百体程度しかいない奴らに、五十万人を超える市民が虐殺されたんだ」
とはいえ、被害者の五十万人全員がモウリョウに直接殺害されたわけではない。死者のほとんどはモウリョウによって発生した施設の損壊によるものや火災による焼死者、パニックになった市民が避難する際に起きた混乱による事故での死者などを含めての数字だ。だがそれにしても、五十万人という数字は桁外れである。
五十万人という災害なみの被害者の多さに、隊員が小さくざわつく。望夢も、机の下で両手を固く握りしめていた。
なぜなら、その五十万人の中に、彼の両親も含まれているからである。
望夢は愛媛県民ではない。ではどうして彼の両親が愛媛県松山市にいたのか。それは、彼らがお遍路をしていたからだ。二人は以前から、連休などまとまった休みを利用して数回に分けてお遍路をする、区切り打ちという巡り方をしていた。そして運悪くモウリョウの出現に鉢合わせてしまったのだ。
つまりモウリョウは望夢にとって両親の仇。彼は復讐するためだけに、ガーディアンズに入隊したのだ。
それにしても、それだけの数の人間が殺される間、政府は何もしなかったのだろうか。
いや、いくら頼りない日本政府でも、いつまでも黙ってはいなかった。
「モウリョウという未知なる脅威に対応するべく、まずは警察が投入された」
しかし世界トップクラスの犯人検挙率を誇る彼らも、異世界からの侵略者にはまったく歯が立たなかった。
「これは日本の警察が弱いのではない。ただ一つ彼らに落ち度があったとすれば、モウリョウに通常兵器が通用しないということに気がつかなかったことだろうか。もし仮にこの時点でそれに気がついていれば、被害はこれほどまでに大きくならなかったかもしれないが……」
そこで丸山は、歴史にifは無意味だとばかりに言葉を切る。
「次に投入されたのが、自衛隊だ」
この時すでに、愛媛県及び隣接する高知県と香川県に避難勧告が発令しており、本州に通じる橋や空港や港は四国から脱出しようとする人でごった返してパニック状態であった。
最も離れた徳島県でも、突如他県からの車や人が大量に流れ込み、人々は混乱していた。この時にはもうSNSなどで情報が流出していたが、それでもあまりの人の量に、人々の混乱は抑え切れなかった。
そして悲劇が起こった。
松山市に投入された自衛隊が壊滅したのである。
陸海空全ての自衛隊が全力を上げてモウリョウを攻撃したが、そのどれもが全く効果を上げられなかったのだ。
不幸なことに、前述したモウリョウに通常兵器は通用しないという事実に気づくのに、日本政府はまだ少しの時間を要した。そのわずかな時間が、さらに被害を拡大した。
だが悲劇はこれだけではない。
自衛隊の無残な敗退で混乱した政府は、ここで最も打ってはいけない手を打った。
「どうしたかわかるか? そこのきみ」
そう言うと丸山は、望夢の前に座っている男子を指さした。
男子は自分が指されたことに一瞬戸惑うが、すぐに起立して明瞭に答えた。
「モウリョウを本州に上陸させないために、四国から本州に繋がる三本の橋を全て落としました」
「そうだ。四国の人々がまだ全員避難していないのに、だ。これにより大量の人間が四国に取り残された。歴史上最悪の、政府による間接的な大量虐殺だ」
この最悪手が決め手となり、当時の政府は国民の支持率をほとんど失い失脚している。
ただ一つ救いがあったとすれば、モウリョウの中に空を飛んだり、海を泳いで本州に渡る者がいなかったことであろうか。幸運な事にそれは現在まで続いており、本州は辛うじてモウリョウの到来に怯えずに済んでいる。
「その他の愚策を挙げれば枚挙に暇がないが、今は政治の話は置いておこう。
ともあれ多大というには大きすぎる犠牲を払ったおかげで、どうにかモウリョウを四国の中に封じ込めることができた。これによって得た時間は、何物にも代えがたいものだった」
そうして四国から全てのモウリョウが駆除されたのは、橋が落とされてから二週間後であった。本来ならその時点で歴史上最悪の決断を行った当時の政府は糾弾され解散するはずであったが、その後も断続的に現れたモウリョウのせいでしばらくうやむやのままだった。
「それから半年という異例の早さで政府がモウリョウ対策組織を結成し、ここ徳島県の徳島駅前を中心に本部を定めた。それが我々ガーディアンズだ」
現在結成三年目を迎える若い組織ではあるが、未だ一度たりともモウリョウを四国の地より一歩も外に出していない。本州を守る防波堤であり、いずれは四国をモウリョウの手から取り戻すための組織。それがガーディアンズである。