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【第4話】贈り物ってやつですよ ②

 状況を整理するために私のマンションに移動した。

 私たちはリビングのソファに掛けているけど、アズラエルと呼ばれた男性は礼儀正しくシリウスの傍に控えている。

 彼に会えてよほど嬉しいのか満面の笑みを浮かべている。

「主様に見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません。こんなにも早くお会い出来るとは思いませんでした」

「お前なら我を追ってきても何ら不思議ではないと思っていたが……まさか本当に来るとはな」

「……ご迷惑でしたか?」

「いや、我も会えて嬉しいぞ。変わりはないかアズラエル?」

 放心状態でジュースを飲んでいる惚谷さんを肩で支えながら、こっそりとアズラエルさんを観察する。

 まず目がいくのは真っ黒な天使のような羽。

 顔の造り自体は知的で穏やかそうだけど、目つきの悪さのせいでシリウスよりも悪そうに見える。視線に気づいた彼はこちらに一礼した。

「自己紹介がまだでしたね。私はアズラエル。シリウス様の従者です。どうぞお見知りおきを」

 胸に手を添える上品な仕草はまるで執事のようだ。ただ友好的な言葉づかいとは裏腹にどこか接し方に距離を感じる。

「日鳥駒乃です。……その、あなたも悪魔なんですか?」

 アズラエルさんが苦笑する。

「残念ながら主君と違い私は堕天使、いわば天界から追放された天使の出来損ないです」


「追放された……?」

 聞き返すとアズラエルさんは説明をはじめた。

「はい、私と神はお互いに愛想を尽かしたのです。……だってつまらないでしょう?わけの分からない規則に従って汗水垂らして働いて。ある日あまりにも腹が立って神に逆らったら魔界に放り出されましてね」

 穏やかそうな外見と違って結構苛烈な人だった。

「そのまま消滅してしまうかと思いましたが、シリウス様が私を救って居場所を与えて下さったのです。神から見放された私への唯一の贈り物ですね」

「あのときのお前は随分と荒れておったな。まさかここまで感謝されるとは思わなかったが」

 どんな助け方をしたらここまで好感度が上がるのかしら。

 考えている間にも彼はスラスラと言葉を続ける。

「神と比べてシリウス様の何と慈悲深いことか。悪魔が所有している限りどんな種族であろうとそれなりの対応をしていただけるんですよ。それに比べれば天界の連中なんて不良集団のようなものですから」

 元同僚や上司に何てこと言うんだろう。

「してアズラエルよ。貴様は我を連れ戻しに来たのか?」

「はい。主様が心配で迎えに参りました。しかしすでに仮契約が成立しておりますので……連れ戻すことは叶いませんが」

 私に向けて目が笑っていない笑顔を浮かべる。

「魔界のルールでは契約中の人間と無理矢理引き離す事はできませんので。……貴女は運が良かったですね」


 何だかこの人怖いんだけど。忠臣というかシリウスへの好感度が高すぎるというか。

 そもそも私たちを嫌っている気がする。

 ジュースを飲み終える音がして、隣にいた惚谷さんが口を開いた。

「じゃあ駒っちと契約できないからアタシと契約してアクマさんの傍にいようとしたってこと?」

「ご明察です。貴方がすぐに本を手に取ってくれれば服飾誌に化けるなどという恥を晒さずに済んだのですが」

「ファッション誌を恥って……そんなこと言って欲しくないんですけど」

 アズラエルさんの話を聞いて惚谷さんがむくれる。

 モデルをやっている惚谷さんからしたら当然の反応だろう。

 その顔を見てアズラエルさんが柔らかく苦笑する。

 「失礼しました。しかしこの様子では貴女とは契約できそうにありませんね。一度機嫌を損ねた人間は私の容姿に騙されてくれませんから」

「なんかアタシ、勝手に追われて勝手にフラれてる?」

 惚谷さんは疑問符を浮かべている。

 魔界の住人はナルシストが多いのかもしれない。

 そのときアズラエルさんの身体がぐらりと大きく傾いた。


「アズラエル!」

 慌てて手を差し伸べようとするシリウスをアズラエルさんが制する。

「平気です、大丈夫ですから。主様の前で失礼致しました」

「無理をするな。移動で魔力のほとんどを失っておるはずだ。そうまでしてわざわざこちらに来ることもないだろうに」

「いえ……あの日私は貴方をお守りすると誓いましたから。もう二度と主様のお手を煩わせる訳にはいきません」

 額を流れる汗を拭いながらアズラエルさんが微笑んだ。

「それでは皆さま。私はこれから諸々の準備がございますので、これで失礼致します」

 そういうと彼は止める間もなく開け放された窓から飛び去ってしまった。

「行っちゃった。大丈夫かしら」

 小さくなる影を見送りながら呟くと、シリウスが困ったように息をついた。

「生贄、美恋。呼んでおいてすまんが我はやつを追いかける。早急に魔界へ還してやらねばならん」

「えっ、今から? 用意があるって言ってたからあとにした方がいーんじゃない?」

 惚谷さんの言う通り今から行くのは急な気がする。

「……実はアズラエルは魔力面に問題を抱えていてな」

 納得いかない様子の私たちにシリウスは言葉を選びながら説明した。


 要約するとこうだ。

 堕天したとはいえアズラエルさんの身体は天使と変わらない。

 通常天使は天界を通して送られる魔力で身体を構成したり魔法を使う。

 だけど堕天した彼には天界からの魔力が一切送られていない。

 長い時間を掛けて彼は魔界の魔力を体内で変換できるようになったけど、その魔界の魔力すら人間界にはない。

 つまり人間界にいる間、彼は誰かと契約しない限り魔力を一切補給できないということだ。


「……それ、大丈夫なの?」

「当然大丈夫ではない。先ほども魔力を分け与えようとしたが拒まれた。……やつは昔から我にだけは頼ろうとせんのだ。自分が生きておることが何よりの対価だと何故わからんのか」

 シリウスが肩を竦めながら立ち上がる。

「……アクマさん、もし誰とも契約できなかったらあの人どうなるの?」

 惚谷さんの問いかけにシリウスは想像したくもなさそうに答えた。

「簡単なことだ。天使も悪魔も、魔力を失うと消滅する」

 衝撃的な事実に打ちのめされていると、シリウスが暗い雰囲気を誤魔化すように笑った。

「では行ってくる。巻き込んですまなかったな」

 シリウスが急いた様子で窓枠に足を掛ける。その袖を白くて細い指が力強く掴んだ。

「待ってアクマさん。アタシも行く。彼のとこまで連れて行って」


 * * *


 人目のない場所に身を隠す。

 魔界では不自由なく過ごせていたが、魔力が一切調達できない人間の世界は思った以上に堪える。

「……私は前回から何も反省できてないですね」

 ふらつく身体を支えながら言葉を漏らす。

 私がこちらに来た目的はシリウス様を連れ戻すことだ。

 あの小柄な少女といれば間違いなく彼は傷つく。

 だからこそ魔力を振り絞って人間界に来たのだが、今の自分は主人のお手を煩わせているだけだ。

 これではあの日助けていただいたときの情けない自分と変わらない。

 肩を落としていると近くで騒ぎ声が聞こえた。


 声のする方に向かうと見覚えのある相手が厄介事に巻き込まれていた。

「すいません、人を探してるので離してください」

 先ほどの髪の長い美しい少女が男数人に囲まれていた。

「……何やってるんですか、あの人」

 男たちは随分と横暴でガラが悪い。

 誰も止めないのをいいことに嫌がる少女の腕を乱暴に掴んでいる。

 ……まったく人間はくだらない。

 呆れながら周囲を見回す。幸い近くにシリウス様はいらっしゃらない。

「お兄さん、少々失礼します」

「なんだテメェは。とっとと消えろ!」

 親玉らしい巨漢の肩を掴むと振り向きざまに殴りかかってきた。

 躱して足払いをかけると地面に倒れ込む。

「オイ、兄貴に何しやがんだ!」

 刃物を構えた男の突きを躱して獲物を蹴り落とす。

 たじろぐ三人目を睨みつけると、仲間を連れて走り去って行った。


 脅威が去ると傍観していた通行人が集まってきた。

「え、何あの人……あの不良たち一人でやっつけたの?」

 格好いい、よくやった、怖い人、やり過ぎじゃないか。

 私に向けて群衆が思い思いに感想を述べる。

「今更他人の目なんてどうでもいいんですけどね」

 神に仕えていた天使時代と違って、今は人目を気にする必要がない。

 神は私に人に愛される存在であれと説いていた。

 体裁を気にして断罪すべき相手を裁けず、正しさよりも人間の好感度に縛られる。私は彼らの価値観を嫌っていた。

 信念を貫くために神に逆らった。それが天界から追放された理由だ。

 だがそれでいいと思っている。

 正しい正義を貫けないのなら、神の代弁者などやる意味がないのだから。

 私はただ今の主人に嫌われなければそれでいい。

「よかった、やっと見つけた……」

 背後から声が聞こえた。

 振り向けば髪の長い少女がこちらをまっすぐに見つめていた。

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