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【第4話】贈り物ってやつですよ ①

 騒動が明けた土曜日の朝。

 私はいつもより少し遅く目を覚ました。

 夜遅くまで惚谷さんとやり取りをしてしまったけど、気分はとても晴れやかだ。

 私は惚谷さんと友達になる事ができた。

 自分に友達が出来るなんて今までのは到底考えられないことだった。

 協力してくれたシリウスのおかげだろう。

 そう感謝してふと思い当たる。

 願いが叶ったのだから、近いうちに彼は魔界に還ってしまうのだろうか。

 脳裏に嫌な想像が浮かんで血の気が引く。

 これまで私は思い浮かぶほど大切なものが無かった。

 つまり知らないうちに勝手に対価が支払われていても不思議ではない。

「まさか急に還ってていたりしないわよね……!」

 急いでドアを開けると、シリウスは暢気にソファに寝そべっていた。

 日光浴する植物みたいに窓からの日差しを受けてまどろんでいる。

 完全に野性を失った悪魔がそこにいた。

 言いたいことは色々あるけど、とりあえず一番に言う事は決まっていた。

「あの……あなた還らないの?」

「えっ! 我は貴様にそこまで嫌われていたのか!」

 私の第一声に、シリウスがショックを受けたように飛び起きた。


 大悪魔様はさっきと打って変わって駄々をこねる子供のように騒ぎ立てている。

「貴様一体何の恨みがある! そんなに我を追い出したいのか!?」

「いえ、別にいなくなって欲しい訳じゃないんだけど……」

 言葉の足りなさを反省しながら目線を逸らす。

 なくなって欲しい訳では絶対に無い。

 急にいなくなられても調子が狂うし、急に還られたらしばらく落ち込む。

 だけど願いを叶えたら魔界に還れる、という条件は満たしてしまった。

 契約が果たされたらすぐに還ってしまうのかと思ったけど。

「まだ対価が決まっていないではないか。対価も無しに魔界に還る訳にはいかんからな」

 そう言われると申し訳ない気持ちになる。

 私はまだ、彼に渡す対価を決められていない。

 仮に今すぐ対価を差し出すとすればどうなるんだろう。

「ねぇ悪魔くん。もし私の大切なものが願ったものと同じだった場合どうなるの?」

 シリウスは迷いなく断言する。

「その場合あの娘を魔界に連れ還ることになるだろうな」

「絶対にダメなやつじゃないの!」

 せっかく仲良くなれた友達を連れて行かれるなんて冗談じゃなかった。それに……。

 ふと昨日廊下で感じた違和感を思い出す。

 シリウスに惚谷さんを送ってもらったときに、なぜか胸が締めつけらる感覚がした。

 もしもの話だけど、シリウスが惚谷さんを連れて魔界に還ったら私はどうするんだろう。

 理屈で言い表せないけれどそれだけは絶対に嫌だと思う。

「その場合、私は同時に二人も失ってしまうことになるんだけど……」

「ほう。二人もか……」

 復唱したシリウスは満足そうに呟いている。

 違う、こんな変な空気を作りたいんじゃなくて。

「それならあなたは、まだしばらくここにいるのよね? なら私は買い出しに行ってくるわ。……いい? 今回だけは絶対について来ないでね」

「買い物に行くのにか? おおかた我の滞在に必要な生活用品の調達であろう。ならば荷物を……」

「何でこういうときだけ鋭いのよ! 平気だから、とにかく今回は絶対について来ないでね」

「ええー。もしかすると我、本格的に嫌われてないだろうか……」

「だから違うってば! とにかくまだ還っちゃダメだからね。少なくとも私が帰って来るまでは」


 * * *


「ついて来ては……ないわよね」

 背後を振り返り確認してから、私はスマホにリストを表示して確認する。

 私はある目的を果たす為に繁華街に来ていた。

 今日の外出は彼の言っていた以外の理由もある。

 まだ契約の対価が渡せない分、せめて惚谷さんと友達になれたお礼に贈り物をしようと思ったのだ。

 自分を奮い立たせて実行したまではよかったけど、お菓子以外で彼の喜びそうなものが全く思いつかない。

 彼が気に入っていたものなんてあったかしら。

 埒が明かないのでスマホで定番のプレゼントを検索する。

 ○十代の男性、女性におすすめな商品……。

 彼は一体いくつなんだろう。見た目は二十代ぐらいに見えるけど、おそらく見た目通りではないだろう。

 家族に、友達に、恋人におすすめな商品ね。

 彼は私にとってどういうポジションなんだろう。

 この中では家族に近い気がするけど、会ってまだ一週間も経っていないしそう言い切るにも違和感がある。

「そういえば、まだ出会って数日しか経っていないのね……」

 慌ただしい毎日が続いているせいか、ずっと前から一緒にいたような気になっていた。

 彼の側にいると妙に落ち着くのも一因かもしれない。

 きっと私は彼に自分が思っている以上に救われている。

 だからこそちゃんと気に入って貰えるものを渡したいのだけど。

 画面を消して自分の目でプレゼントを探して回る。

「あ……」

 ふとショーウインドーの中に、私は黒い宝石のようなそれを見つけた。

 これなら小さくて場所も取らないし、何より彼も気に入りそうな気がする。

「まぁ、いらないなら私が使えばいいし……」

 誰も聞いていないのに言い訳をしながら、私はプレゼント用の包装を依頼した。


 そのとき鞄から着信音がした。

 表示された名前を見てテンションがあがる。惚谷さんだ。

 彼女との電話は初めてだ。

 どうしたのかしら、一緒に遊びたいとかそういうのかしら。

 喜びを抑えながらいそいそと電話に出ると、彼女にしては慌てた声が聞こえてきた。

『急にごめんね!今ちょっといい?』

「大丈夫よ。どうしたの?」

 彼女は考えるように口ごもって、戸惑いがちに声を漏らした。

『それがね。なんか家の中で変な本が荒ぶってるんだけど』

 ……はい?


 * * *


 連絡を受けた私は惚谷さんの自宅に向かった。

 教えられた住所に近づくと、迎えに来てくれた惚谷さんを見つけた。

「あっ! 駒っち、ありがとー! わざわざ来て貰ってごめんね」

 昨日から彼女から私への呼び方は変わっている。

 ちょっとした事だけど、驚くほどに嬉しく感じる。

「いえ全然。さっきの話、詳しく聞かせてくれる?」

「うん。それがね……昨日の夜から知らない本が置いてあってー。アタシのじゃないから放っておいたんだけど……段々本の見た目が変わってるのね」

「え?」

 見た目が変わるとはどういうことだろう。

 てっきりシリウスが召喚された魔本の類なのかと思ったけど、彼の本が見た目を変えるのを見たことがない。それとも私が知らないだけで変わるのだろうか。

「最初はお姉ちゃんのいたずらかと思ったんだけど、お姉ちゃんには本自体が見えなくなってるっぽいんだよね……。冗談かと思ってたらお姉ちゃんの身体をすり抜けちゃってさー」

 惚谷さんの表情が真剣なものに変わっていく。

「で、もしかしたらアクマさん関係かなーって思ったんだけど……わっ!」

 惚谷さんが話していると何かが勢いよく飛び出してきた。

 身構えながら後退ると、どこからか飛んできた本が足元にパサリと落ちた。

 やや薄めで華やかな表紙のそれは見覚えのある……。


「これ、ファッション誌よね?」

 拾い上げようとすると雑誌は私の指をすり抜けてしまった。

 これが例のすり抜け現象だろうか。

 ……何これ、ものすごく怖いんだけど。

「惚谷さん。もしかしてこれが例の本なのかしら」

「うん。昨日まで学術書みたいな本だったんだけどねー、朝起きたら熟語事典で、さっきは動物図鑑になっててー。……で、今はこれ」

 あからさまに怪しかった。

 隣にいる惚谷さんも可哀想なほどに顔が引きつっている。

 私一人で解決出来る問題ではない。今すぐにシリウスを呼ばなくては。

 だけど呼びかけようとして異変に気がつく。

「えっ」

 いつものように。伝達魔法が使えない。

 緊急事態に脳が警鐘を鳴らし始める。とりあえず。

「……惚谷さん、逃げましょう」

「う、うん!」

 惚谷さんの手を取って走り出すと、すごい速さで本が追いかけてきた。

 異常事態に慣れてきたとはいえ、得体の知れない本に追いかけられるのはかなりの恐怖だ。

 シリウスに連絡できない以上は私の家まで逃げるしかない。

 走りながら振り向くと本は苛立ったようにこちらに迫ってくる。

 なんなのあの本、あんなの普通じゃない!

 どうして私はシリウスを呼んでおかなかったのかしら!

 自分を責めながら逃げ回るうちに狭い袋小路まで追い詰められていた。

 いつの間にか手を引いてくれていた惚谷さんが私の前に出ながら耳打ちしてきた。

「駒っち、多分狙いはアタシだからアナタだけでも逃げて」

 小声で囁いてくる惚谷さんに向けて首を左右に振る。

 息が切れていて声が出ない。

 本はこちらを威圧するように空中に漂っている。

 よく見れば捲れるページは鮮やかな色だけがついており人の姿は見当たらない。

 強がってはみたけどこれは本当にダメかもしれない。

 惚谷さんを庇うために本に向かって飛び出すと、空中から出現した闇の塊が本を撃ち抜いた。


 パサリと情けない音を立てて本が地面に落ちる。

 外傷はないけれど、見た感じとても弱っているようだ。

 闇の飛んできた方向を見れば、悪魔姿のシリウスがこちらに歩み寄っていた。

「人の生贄に何をしている」

 恐ろしいほど整った顔に怒りを滲ませている。彼が鋭く本を睨みつけると、ファッション誌がシリウスの魔本と似通った純白の本に変化する。

 困惑していると横から惚谷さんに抱きしめられた。

「駒っち! よかった、巻き込んでごめんねぇ……」

 泣き出しそうな惚谷さんを抱き返しながら確認すると、本はわずかに煙を立てている。

 続いて魔道書らしい本から声が聞こえてきた。

『よもや、このようなお恥ずかしい姿をお見せする事になろうとは……』

 柔らかい声質となのに響きはどこか神経質だ。

 その声を聞いて、シリウスは怒りを鎮めて嘆息する。

「やはり貴様だったか……正体を現せ、アズラエル」

 彼の声に応えるように本が光った。


 いつか見たような光景とともに、浮き上がった魔法陣から異形の青年が現れた。

 まず目がいくのは、背中に生えた天使のような黒い翼。

 くすんだ金髪に灰がかった青い目。モノクルに白と黒を基調にした神官のような服。

 知的に整った優しそうな外見の割に、隈のせいかどこか神経質そうな印象の顔。

 彼はシリウスに向けてどこか胡散臭い笑みを浮かべた。

「ようやくお会い出来ましたね、主様」

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