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【第3話】だって彼女は ②

 アタシが学校についたのは昼休みだった。

 ホントは逃げ出したかったけど、あの子と話をしなくちゃいけないだろうから。

 あの子が傷ついていると思うと悲しくなるけど、アタシだってホントは傷つきたくない。

 今までの経験で信じてもらうのはムリだってわかってる。

 正直に話してもきっとまたウソをつくなって言われてしまうだろう。

 どうしようもないじゃない、って泣きたくなる。

 アタシだって好きで告白されてるワケじゃないんだから。


 * * *


 保健室で眠ったあと、アタシは屋上で夕日を眺めていた。

 夕日に染まる校庭にはたくさんの生徒の姿があって、中にはカップルの姿もある。

 思わずはぁ、とため息が漏れる。

 恋愛が絡むと友達が去って行くのはいつものことだった。

 友達の好きな人に告白されて、それまでと同じ関係を続けられたことはない。

 男子に下心なしに助けて貰ったこともない。

 わたしを裏切らないでとか、僕を好きになって欲しいとか。

 恋愛に関しては常に監視されているみたいだった。


 だからあの日、アクマさんが見返りを求めずに助けてくれたのが本当に嬉しかった。


 一瞬だけこっちを見て安堵した表情には優しさだけが籠っていた。

 なんて純粋で優しい人なんだろう。

 あの笑顔を自分に向けて貰えたらどれだけ幸せだろう。

 彼に会ってから考えるのはそればかりだ。

 こんなに穏やかな気持ちで誰かのことを考えるのは初めてだった。


 だから勇気を出して日鳥さんに紹介を頼んだ。

 臆病なアタシが紹介を頼めたのは、彼女が純粋に心配してくれたのがわかったからだ。

『だって放っておけなかったから』

 そう答えた彼女の目はとてもまっすぐだった。

 彼女と仲良くなれたらきっと楽しいだろうな、と思った。

 ちょっと誘い方が強引だったけど声を掛けてよかったと思う。


 でもまた同じことになるのなら、友達を作るのが怖くて仕方がない。

 もし、あの子がアクマさんを好きになって同じような目を向けられたら。

 きっと今度こそアタシは立ち直れなくなる。

 そもそも本当のアタシと仲良くなってくれる人なんているんだろうか。

 周りに見せているアタシの性格は偽物だ。

 本当は臆病だし偽善的で冷めているし、万人に愛される性格ではない。


 顔を上げると空が暗く染まっていた。

 スマホを見るととっくに七時を回っている。

 帰ろうとドアノブに手を掛けて妙な違和感に気づく。

 ドアの取手が固定されたように動かない。

 スマホで照らして確認するとカギを掛けたときに使ったヘアピンが折れていた。

「誰かに連絡しなくちゃ……」

 電話を掛けようとすると同時に電池マークが点滅してバッテリーが切れた。

「うそ……」

 今日は金曜日だから、もしかしたら週明けまで見つけて貰えないかもしれない。

 ドアに背中を預けて座り込むと、自然と乾いた笑いが出た。

 ここまで悪いことが続くと逆に笑えてくる。

 出られなくなったのは周囲から逃れる為にここを利用した罰なのかもしれない。

 膝を抱えて座り込むと暗くなった空が目に入った。

 今日は星が綺麗で月も出ているけど、とても眺めるような気分になれない。

「誰かアタシを見つけてくれないかなぁ」

 自分から逃げ込んでおいてそんな事を思う。

 思えば図書室で倒れた日も、ここに来る途中だった。

 ここに来れば誰かの視線を気にしなくてもよかったから。

 「……かえりたいな」

 膝に顔を埋めながら誰にともなく呟いた。


 そのとき背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。

「本当にここにいるの?鍵まで借りたけど間違いなんじゃないかしら」

「合っているぞ。ほう、鍵穴が塞がっているのか……それっ」

 カギの回る音がして足元に折れたピンが転がった。

 振り向くと同時にドアが開いて、アタシは後ろに倒れ込む。

 転んでしまうかと目を瞑ったけど待っていた衝撃は来なかった。

 私の背中は大きさの違う二つの手に受け止められていた。

 大人しそうで、だけど凛とした声が耳元に響く。

「見つけたわ、惚谷さん。そろそろ帰りましょう」

 日鳥さんとアクマさんがそこにいた。


「どうして迎えに来てくれたの」

「だって放っておけなかったから」

 相変わらずまっすぐな言葉だ。

 だけど最初に言って貰ったときと今では状況が違う。

「ありがと。だけどもう気づいてるでしょ?アタシはアナタが思ってるような人じゃないよ?」

「そうね。今みたいに落ち着いている方が素だと思ってるわ」

 それなのにどうして。

「知ってるのになんで来てくれたの? アタシは臆病だし、偽善的だし冷めてるし、だから……」

 溢れだす言葉を押し留めて、零れ落ちそうな涙を必死に堪える。

「ほんとのアタシなんて好きになって貰えるワケないじゃん」

 泣き言を言う私を見て、日鳥さんがすぅっと息を吸いこんだ。

「いい加減にして! だからなんなの!」

 怒った顔で叱りつけてくる。

 日鳥さんってこんな子だったっけ?

 動揺するアタシをよそに日鳥さんは言葉を続ける。

「一緒に過ごしていい所をたくさん見つけたのに、それぐらいで嫌いになる訳ないじゃない! 友達思いで優しいのも、臆病でちょっと冷めてるのもどっちも本当のあなたでしょう?」

 一気に喋り終えた日鳥さんは肩で息をしている。

 深呼吸して呼吸を整えると彼女はゆっくり頭を下げた。

「ごめんなさい、本当はあなたに謝りたかったの」

 思いがけない行動に意表を突かれた。

「ずっとあなたの事を勘違いしていたの。アクマくんと仲良くなりたいから私に優しくしてくれてるんだと思ってた。……でも違ったわね」

 きっとアタシは今すごく驚いた顔をしている。

「あなたはずっと私を楽しませようとしてくれていたのに……私は自分の事でいっぱいであなたを誤解してしまっていたわ。本当にごめんなさい」

 日鳥さんの言葉を聞いて胸が熱くなった。

 そんな風に言って貰えたことなんて今まで一度もなかったから。

「……惚谷さん、私のこと嫌いになったかしら?」

 日鳥さんは不安そうにこっちを見ている。

 零れそうな涙を堪えてアタシは彼女に笑いかけた。

「そんなわけないじゃん。……ありがとう、日鳥さん」

 日鳥さんは目元を細めて恥ずかしそうに手を伸ばした。

「惚谷さん、よかったら私と友達になってくれないかしら」

「うん。もちろんアタシでよかったら」

 日鳥さんの手を取って強く握りしめる。

 今日の日鳥さんは最初のイメージとは全く違う。

 大人しくて控えめな子じゃなくて、短気で無鉄砲で強引で。

 だけど芯が強くて真っ直ぐだ。

 欠点がいっぱいあっても、アタシは彼女が好きだった。

 もしかすると彼女になら素のアタシを出しても大丈夫なのかもしれない。

 だって彼女は、とてもまっすぐな人だから。


 日鳥さんと見つめ合っていると、ずっと黙っていたアクマさんが満足そうに歩み寄って来た。

「ふむ、なら我も本当の姿で接するとしよう」

 そう言うと彼は一瞬で初めに見た時の悪魔のコスプレ姿に変身した。

 初めて見た時と違ってコスプレじゃない事はすぐにわかった。

 だって耳が伸びて髪や肌の色まで変わってるんだもん。

「我の名はシリウス・アンサモン・ディザスターだ。実は人間ではなくてだな……そこの娘と契約した魔界の大悪魔なのだ」

「え?」

「黙っていてすまなかったな」

「急に何を言いだすのよ!」

 慌てた日鳥さんに叱られてアクマさんはしょんぼりとした様子で付け加えた。

「隠し事はよくないと思ってな。我も秘密を明かしてみたのだ」

「確かにそうだけど。急に言われても彼女が驚いちゃうでしょう……」

 随分と浮世離れした人だとは思っていたけど、まさか悪魔だとは思わなかった。

 二人のやり取りに思わず吹き出してしまう。

「それ、アタシに話しちゃってよかったの?」

「これから長い付き合いになるのだ。話しておいて損はなかろう」

「たしかに惚谷さんなら話しても問題無いと思うけど……。もうこんな時間なのね、鍵を返してくるわ。悪魔くんは彼女を家まで送ってくれる?」

「丁度いい。我もちょうどこやつと話したかった事があるのだ」

 階段を下りる日鳥さんを見送ると、アクマさんはいきなりアタシを抱きかかえた。

「さて、少しばかり腹を割って話すとしよう。空を飛ぶのでしっかり捕まっているがいい」

「えっ、飛ぶってどういうこと……? わっ」

 アクマさんはアタシを抱き抱えたまま、本当に屋上から空に飛び立った。

 どうやら本当に空を飛んでいるらしい。なんだか不思議な気持ちだ。

 彼の顔を見ているうちに不思議な浮遊感はすぐに気にならなくなった。

 月明かりに映えるその表情は本当に穏やかだ。

 星空を背景に飛翔する彼はすごく綺麗で、絵本に出てくる王子様みたいだと思う。


 ずっと前に友達に聞いたことがある。

『好きな人ができるってどういう感じなの』

『んー、自分が自分じゃなくなるっていうか……。その人のことばっかり考えるようになって、ずっと一緒にいたくなる感じ?』


 そうだとしたらきっとこれが恋なんだ。


 どんな秘密があったって変わらずに彼が好きなんだから。

 ふとアクマさんと目が合った。

 赤くなる顔を誤魔化すように気になったことを聞いてみた。

「アクマさんはどうして日鳥さんと契約したの?」

 きっと悪い悪魔ではないから大丈夫だろうけど、日鳥さんはわざわざ知らない相手に助けを求めるタイプではない気がする。

「……そうだな。願いを叶える為に喚ばれたとだけ言っておこう」

 アクマさんはアタシ微笑みかけた。

「あやつに友達が欲しいと言われたとき、我は一番に貴様を推したのだ。我とよく似ているからな」

「……アクマさんも臆病なの?」

 質問するとアクマさんは眉を下げて面白そうに笑った。

「ああそうだとも。加えて我もこの通り美しいのでな、貴様の苦労はわからなくもない」

 自分で言っちゃうんだ。アタシにはまだできないな。

 感心していると彼は柔らかく微笑んだ。

「だが、貴様は今のままで十分に魅力的なのではないか?」

 それを見てアタシはこの人を好きになった本当の理由に気がついた。

 彼はきっと、ありのままの相手を受け入れられる人なんだ。

 不思議そうに目を合わせられて、アタシは赤くなった顔を誤魔化すように星空を眺めた。


 * * *


 私は鍵を返しに職員室に向かっていた。

 夜の廊下は静かで薄暗くて、独特の物寂しさを感じてしまう。

 シリウスがいきなり正体を現した時はどうしようかと思ったけど、彼女が受け入れてくれたようで安心した。

 だいぶ疲れているようだったから送迎を任せてしまったけど、彼なら問題のある行動はしないだろう。今頃二人は惚谷さんの家に向かっているはずだ。

 さっきの私たちと同じように。

 夜空を飛ぶ二人の姿を想像すると、一瞬胸のあたりが鈍く軋んだ。

 寂しくて悲しくて涙が浮かぶような感覚。

 すぐに収まったけど速くなった心臓の音が聞こえてくる。

 今のは一体何だったのかしら。

 まぁいいわ。遅くなってしまったし、早く先生に鍵を返してしまわないと。


 * * *


 家に帰って、アタシは二人に送るメッセージを考えていた。

 スマホをぽちぽちいじっていると、お風呂上がりのお姉ちゃんが意外そうに訊ねてくる。

「あれ珍しい。アンタずいぶんと機嫌がいいじゃない」

「うん。ちょっとね……すごくいい事があったんだ」

「ふーん。それはいいけど物を置きっぱなしにするんじゃないわよ。その変な本アンタのでしょ?」

 眠たそうにお姉ちゃんは飲み物を取りに行った。

 ふと机に目を向けると、見覚えのない本が落ちていた。

 なんだか分厚くて難しそうで、昔の映画で研究者が読んでいるような本だった。

「何これ、アタシこんな本持ってたっけ……?」

 確認するために、アタシは見慣れない本に手を伸ばした。


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