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【第3話】だって彼女は ①

 日鳥駒乃、十六歳。

 どこにでもいる地味で目立たない女子高生。

 小柄で貧乳で色気もない。

 勉強はそこそこ得意で運動は苦手。

 根暗な性格でコミュニケーションは苦手。

 特に優れた点はないけど、一つだけ誰にも負けないことがある。

 それは一度惚れた相手には誰よりも入れ込むということだ。


「納得いかないわ!」

 自宅に戻った私は怒りに震えていた。

 あの後、私たちは惚谷さんと別れて帰路についた。

 惚谷さんはいつもの雰囲気に戻って笑顔を崩さなかったけど傷ついていない訳がない。

 何より腹立たしいのは店で出会った女子たちだ。

「思い出したら腹が立ってきたわ。やっぱり何か言ってやればよかった」

「止めておけ。言った所で反省などせんだろう。余計に悪感情が向くだけだ」

「それはそうだけど! ……でも腹が立つのよ」

 だからって知らない人たちに惚谷さんを馬鹿にされるのは許せないのだ。

 とはいえ彼の言う通りなので、深呼吸して頭を落ち着ける。

「あの人たち、惚谷さんが人の男を盗ったとか言ってたわよね」

「信じるのか?」

「まさか。でも気になるのよ。どうして彼女がそんなこと言われてるのか」

 彼女たちが本当のことを言っているかなんてわからない。

 だけどあの女子たちの視線には、悪意はあっても敵意はなかった。もし本当に惚谷さんが略奪したのなら、少なからず敵意が滲むんじゃないだろうか。

 放課後に女子生徒たちが冷たい視線を向けていた理由も気になった。

「ふむ……ならば見に行くか」

「えっ、もうすぐ日が暮れるけど間に合うの?」

 調べるにしても彼女たちがまだ残っているとは限らない訳で。

「大丈夫だ。やつらのいる場所は把握しておる」

「……何だか私たち、本格的にストーカーみたいになってきたわね」

「ハハハハ、失礼なヤツめ。……はぁ、折角協力したのにこの扱いとは……」

「そんなにショックを受けなくても……。傷つけたなら謝るから、早めに彼女たちのところに行きましょう」


 * * *


 私たちはさっきの喫茶店に戻ってきていた。

 ちなみに移動手段は徒歩ではなく飛翔だ。

 いわゆるお姫様抱っこをされて飛んできたわけだけど、全然ロマンチックじゃなかった。

「……こういうのって、もっとロマンがあるものだと思ってたわ」

「そうか?まぁ翼で飛んでいる訳ではないからな。正しくは魔力を使って飛んでおるのだ」

 そういう意味じゃないんだけど。まぁ嫌いな相手ではなかっただけマシだろう。

 幸いというか、彼女たちはまだ窓際の席で談笑している。

 姿を消した私たちは開け放された窓から声が聞こえる位置まてま近づいた。


「しかし惚谷に会うとは思わなかったなー」

「顔見えなかったけど、一緒にいた人カッコよくなかった?新しい彼氏?」

「そうなんじゃない? 人の彼氏盗っておいてよくやるわー」

「自分から好きになったって言ってたけど、絶対惚谷が手出したよねー」

 会話を聞いて推測するなら。

『あの人の彼氏が惚谷さんを好きになったのが原因で別れたのかしら?』

 見たわけではないけど、話を聞く限りそう思える。

『魔法で当時の状況を見てみるか?』

『やめておくわ。私なら見られたくないし、私は彼女を信じるから』

 そう言うと、シリウスは目を細めて真顔になった。

『……なぜ証拠も無しに信じる? 騙されていたらどうするつもりだ』

 彼がこんな顔をするのは珍しい。

 人間離れした美貌は素のままだと妙な凄みがあった。

『確かに私も、最初はシリウスがいるから仲良くしてくれるのかと思っていたわ。だけど……』

 店で見た惚谷さんの笑顔を思い出す。

『自分が本当につらいときに相手を気遣うなんて、優しい人じゃないとできないでしょ』

 そう伝えるとシリウスはそれ以上追及しなかった。

『……そうか、では帰るか』

 シリウスに抱えられて家に向かって飛翔する。

 遠ざかって行く三人を見つめながら考える。

 問題が起こる前は、惚谷さんとあの子たちは同じように笑い合っていたのかしら。


 * * *


 翌日の朝。

「昨日の夕方に超カッコいい人がいたんだって」

「見た見たー。背が高い人だよね」

「惚谷ちゃんの知り合いって本当かな」

 窓枠に座ったシリウスは満足げに微笑んでいる。

『ふふん、とくと崇めるがいい! 我の美しさをな!』

 この人は人生楽しそうでいいなと思う。

 だけどそれとは関係なく今日の教室は居心地が悪い。

 カースト上位の女子たちがピリピリしているからだ。

 彼女たちの近くにには惚谷さんの姿が見当たらない。

『……今日は惚谷さん来てないのね』

 普段から登校は遅いけど、昨日の事が関係しているんだろうか。

 惚谷さんが学校に来たのは昼休みだった。

「日鳥さん、おはよー! 昨日は色々ごめんねー」

 いつもの可愛さにいつもの笑顔。聞きなれた弾むような明るい声だ。

 だけど両手を合わせる惚谷さんは何だか疲れているように見えた。

「いいえ。楽しかったから気にしないで……それより、あなたは大丈夫?」

「え? うん。へーきへーき」

 返ってきた笑顔には元気がない。やっぱり今日の惚谷さんは疲れている気がする。

 保健室に連れて行こうか迷っていると、いつも惚谷さんと話している背の高い女子生徒が彼女に話しかけた。

「ねー、美恋。ちょっと話したいことがあるんだけど」

「……うん、いーよ」

 惚谷さんは彼女と一緒に教室を出てしまった。

『ちょっとマズいんじゃないかしら。追いかけましょう』

 見失わないうちに急いで教室を飛び出した。


 彼女たちが向かったのは校舎裏だった。

 ここは人気がないので話には最適だろう。

『私、昨日聞かれたくないだろうからなんて大口を叩いておきながら何てことを……』

 完全に盗み聞きだ。だけどもし昨日のように彼女が傷つけられそうになったら、身体を張って止めなくてはいけない。

 少し離れた場所に身を潜めていると二人の会話が聞こえてきた。


「彼氏の友達から聞いたんだけど、あんた昨日あたしの彼氏に告白されたらしいじゃん」

 呼び出した女子は苛立ちを堪えるように声を震わせている。

「うん、そーだよ。でもアタシ断ったんだよね。アナタの事大事にして欲しかったから。……そんなん言われても信じられないよね」

「信じられるわけないでしょ! 何なのあんた、本当にウザいんだけど!」

 惚谷さんを怒鳴りつけると、彼女は泣きそうな顔をしてうなだれてしまった。

「……何なのもう、本当にムカつく」

「ごめんね……アタシのこと嫌いになった?」

 惚谷さんはゆっくりと俯いた彼女に歩み寄っていく。

 相手は拳を握りしめて言葉を絞り出した。

「……当たり前じゃん。あんた昨日イケメンと一緒にいたんでしょ? 今日遅刻したのもさっきまで一緒だったからじゃないの?」

 彼女の言葉を聞いて惚谷さんが足を止めた。

 こちらに背中を向けているので表情は見えない。だけど普段の彼女とは明らかに雰囲気が違っていた。

「そっか。じゃあもういいかな」

 あまりにも穏やかな声に相手が驚いたように顔を上げる。

 それは私が何度か垣間見た惚谷さんの一面だった。

「アタシのこと信じられないなら、しょーがないよね」

 そう言い残して惚谷さんは踵を返す。

 去り際に見えた彼女の目に涙はなく、諦めたような虚しさだけが浮かんでいた。

 喫茶店での出来事を思い出す。

 もしも本人の意思と関係なく歯車が狂ってしまうなら。

 彼女を傷つける視線の正体が嫉妬や疑いだとしたら、私が向けていた疑いの目はどれほど彼女を傷つけたのだろう。


 * * *


 茜色の空に藍が差し始める頃。

 夕食を作りながら私は一連の出来事について考えていた。

「惚谷さんには以前にも同じことがあったのかしら」

「まぁ、そうであろうな」

 シリウスが全部知っていたかのように答えた。簡単に言い切る様子に引っ掛かりを覚える。

「気づいていたならどうして言ってくれなかったの?」

「自分にない悩みは体験するまで分からんからな。人より優れる者はそれだけで悪意に晒されるのだ」

 ソファに掛けるシリウスを振り返る。

 そう言えば彼も他の悪魔よりも優れていると言っていた気がする。少なくとも私よりは惚谷さんの気持ちがわかるだろう。

「ちょっと聞きたいんだけど、持ち合わせたもので嫉妬されるのってどんな気持ちなの?」

「ふむ、そうだな。好きに吼えるがいい負け犬が! とその場では笑っておくが……後になってひどく落ち込むな」

「やっぱり落ち込んじゃうのね」

「当然であろう? 悪い事をした訳でもないのに責められるのだぞ」

 ふと溢された言葉は残酷なほど胸に響いた。


 当時を思い出したのか、シリウスは傷ついたような顔でクッションを抱えて拗ねている。

「悪魔くんも辛かったのね……私ね、惚谷さんがそんな思いをしていたなんて知らなかったわ」

 惚谷さんはいつものことだと言っていた。

 優しい彼女があんなに諦めた目をするまでに、何度似たような思いをしてきたのだろう。

「最初から疑って掛って、きっと嫌な思いをさせたと思う……本当の彼女を知る機会はいくらでもあったのに、彼女のこと何も見てなかった」

 シリウスは黙って耳を傾けている。

 沈黙に背中を押されるように、私は気持ちを吐き出した。

「自分の事で頭がいっぱいで、あんなに優しくしてくれていたのに彼女を信じてなかった」

 最初からずっと彼女はこちらに歩み寄ってくれていたというのに。彼女に謝って、ちゃんと気持ちを伝えよう。

 だって彼女は友達になりたいぐらいに優しい子だから。

 気合を入れる為に両頬を叩くと、ずっと沈黙していたシリウスが振り返った。

 どこか見守るような目は、悪魔だと信じられないほどに優しく見える。

「偏見は取り払えたか?」

「おかげさまで。……ねぇ悪魔くん、私まだ昨日やると決めていた事が全然できてないのよ」

 私はポケットからお出かけ前に作ったメモ帳を取り出して見せる。


『目を見て話す。

 緊張しない。

 固くならない。

 彼女と仲良くなる。

 そして最後は彼女に楽しんで帰ってもらうこと。』

「これ全部終わらせないと気が済まないの。手伝ってくれる?」

「もちろんだ。このままでは我も還れんからな」

 シリウスを頼る事に抵抗が無くなってきている自分に気づく。

 以前の私なら誰かに頼るなんて考えられないことだったのに。

 変化に戸惑いながら、私はエプロンを外して出掛ける準備を整えた。

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