【第2話】友情発生計画 ③
翌日の放課後、私たちは校門の外で惚谷さんを待っていた。
『じゃあ悪魔くん、打ち合わせ通りにお願いね』
『ハハハハ、安心しろ。抜かりはないぞ』
姿が見えなくなる魔法を掛けたシリウスが自信満々に頷いた。
これから私たちは惚谷さんと遊びに行く予定だ。
惚谷さんと仲良くなる為に昨晩は遅くまで二人で散々話し合った。
頑張って計画を立てたから、絶対に上手く行って欲しい。
* * *
話は昨日の夜に遡る。
「相談があるんだけど。……これ以上魔法の負担はかけられないから、小道具で目立たないように変装することって出来ないかしら」
「人間になって更に姿を変えるとはどういう事だ?」
シリウスが腑に落ちない様子で訊ねてきた。
「さっきお風呂でシミュレーションをしたのよ。だけど最初の時点でダメだったわ。なぜだと思う?」
「貴様が借りて来た猫のように動かなくなるからであろう?」
「違うわよ。……それもあるけど、周りに人が集まり過ぎてデートどころじゃなかったの」
近隣で知らない人がいない美少女の隣に人間離れした美形がいる。
これはもう目立たない方がおかしい。
あの男誰? 惚谷さんの彼氏? ふざけんなしばくぞ。
ファンクラブの男子が暴動を起こすのは想像に難くない。シリウス目当ての女の子も寄って来るかも知れないし。
その結果惚谷さんは落ち着いてシリウスと話せないし、私はついでに胃をやられる。
「だから少しでもあなたの外見を目立たなくしたいのよ。ほらこんな風に」
スマホに男性用のヘアカタログを表示してシリウスに見せる。
本当に切らなくてもウィッグで短く見せれば少しは目立たないんじゃないだろうか。
「ほら、この長さならそこまで目立たなっ……」
しかし短髪のモデルを見るや否や、シリウスは肩を震わせてスマホから距離を取った。
蛇を見つけた猫みたいな動きだった。
「びっくりした。急にどうしたのよ」
「な、なんと恐ろしい事を言うのだ……! 髪は魔力の源なのだ。例え一時だとしても短くするなど考えられん」
シリウスは長い髪を押さえて鬼でも見るみたいな目でこっちを見ている。
長髪にそんな役割があったなら悪いことをしたかも知れない。
「悪かったわね……。でもどうしようかしら。あなたが人前に出たら相当目立つわよね」
銀髪赤目で端正な長身の美形なんて日本にはそういない。
「ほう? 貴様から見て我はそんなに魅力があるか」
「……まぁカッコいいとは思うわね」
するとシリウスはさっきまでの怯えた顔が嘘のようにイキイキと話し始めた。
「貴様はなかなか見る目があるな。我は悪魔の中でも特別美しく生まれついたのだ。貴様が心配するのも当然だな!」
面倒くさいスイッチが入ってしまった。
満面の笑みを保ったままシリウスが上機嫌に提案してきた。
「ならば髪色を変えてみるか。この辺りは髪が黒い人間が多いであろう」
「何だかもったいない気がするわね。すごく綺麗な色だもの」
そう言うと彼は慌てたように背中を向けてしまった。
「ハハハハ、そんなわけなかろう。さては貴様ノートに黒歴史を残しておるタイプだな」
「怒るわよ」
一瞬で髪色を変えたシリウスがこちらを振り返る。
「どうだ生贄よ。これもまた似合うであろう」
得意げに胸を張るシリウスは確かにさっきよりも日本向きの容姿になっていた。
これはこれで似合っている。
「いい感じね。これならあまり目立たずにいけるんじゃないかしら」
そう言うとシリウスは褒められた子供のように顔を輝かせた。
* * *
そこから更に作戦を考えて現在に至る。
準備は万端だ。会話パターンも練習したし計画を書いたメモも持って来た。
目を見て話す。緊張しない。固くならない、などなど。
この通りに頑張れば少しは仲良くなれるだろう。
『そろそろ彼女が来るはずだから用意してくれる?』
「任せておけ」
自信たっぷりに返事をして、黒髪人間姿のシリウスが人前に姿を現した。
魔法の効果か周囲の人たちは彼が突然現れた事に驚いてはいない。
そう、突然現れたことに対しては。
「え?何あの人超カッコよくない?」
「やばいやばいやばい」
「もしかして芸能人じゃない?」
「あ、ダメねこれ。すごく目立つわ」
彼を見た途端に下校中の女子生徒たちが一斉に騒ぎはじめた。
顔とスタイルが良すぎるせいでとんでもなく目立っていた。
「ふむ、我に目立たない才能はなかったようだな」
「……そうみたいね」
言い方はあれだけど、彼の言う通り今にも女子が声を掛けてきそうな勢いだった。
隣にいる私は完全に空気だ。
それにしてもどうして昨晩はこれでいけると思ったんだろう。深夜のテンションって怖い。
だけどもうこれでダメならどうしようもないし……。
自分に言い聞かせていると校舎裏から惚谷さんが走って来た。
よほど急いで来たのだろうか。背中で息をしながら両手を合わせている。
「ごめん、待たせちゃった?」
息切れして髪も乱れているのに、今日も彼女は雑誌の中から抜け出してきたみたいに可愛かった。
「気にするな。我らもいま来た所だ」
気さくに答えるシリウスを見て、惚谷さんが顔を赤く染めた。
少し緊張しているようだ。
「あ、えっと……初めまして、惚谷美恋です。今日はありがとうございます」
「何、どうせ暇だったからな。そう畏まらずとも構わんぞ」
緊張する惚谷さんにシリウスが気楽に声を掛ける。
「その……紹介するわね。……こちら親戚のアクマくんよ」
「よろしく頼む」
「アクマさんですね。へー日本人なんだ。外国の人だと思ってた。そういえば日本語しゃべってたもんねー」
「ハハハハ、まぁ遠い場所から来てはいるがな」
彼の提案で呼び違い防止に呼び方を変える事になった。
悪魔は嘘を吐けないと聞いていたけど、契約者以外なら問題ないらしい。
限りなくグレーなんじゃないかと思う。
二人を見ていると惚谷さんに両手を握られた。
「日鳥さん本当にあんがとー!」
可愛らしい声は嬉しそうに弾んでいる。
「い、いえ。別に大したことは……」
どちらかと言えば最初に巻き込んだのは私のほうだし。
「では行くか。いk……妹から聞いたのだが、行きたい場所があったのではないか?」
「そうそう! 甘いもの好きなんだよね? こっちの道を進むと繁華街にオススメのお店があるんだよねー」
軽やかな足取りの惚谷さんに続いて繁華街に向かう。
ふと背中に視線を感じて振り返ると、女子生徒たちが冷たい目でこちらを見ていた。
正確に言うとシリウスと並んで歩く惚谷さんを。
一体どうしたんだろう。
気のせいかも知れないけど、あまり気分のいいものではなかった。
私は視線を無視して二人の後を追いかけた。
* * *
しばらく歩いて、私たちは隠れ家のようなお洒落な喫茶店に辿り着いた。
店内は白を基調とした落ち着いた空間で静かな音楽が流れている。
「ほう、このような場所があるのだな」
「いいでしょ、ここ穴場なんだよねー! 紅茶の種類が多いしお菓子も美味しいよー」
隣に座った惚谷さんに説明を受けながら私は店内を見回す。
落ち着いた雰囲気のお店に案内されたのは少し意外だった。
普段惚谷さんはいつも流行りの曲を聞いているし、持ち物も可愛くて派手なものが多い。
だから彼女は華やかでにぎやかな場所が好きだと思っていたんだけど。
「私、ここ好きかも……」
思わず呟くと惚谷さんが満面の笑みで身を乗り出した。
「よかったー! 日鳥さんなら絶対気に入ってくれると思ってたんだー!」
そう言ってくれると嬉しいけどどう反応すればいいか困ってしまう。
助けを求めて正面に座るシリウスを見ると、こちらを一切気に掛けずメニューを吟味してたる。
「クッキーだけでこんなにも種類があるのか! だがこのケーキセットというのも気になるな……どうすれば一度に両方食べられるのだ……?」
目つきが完全に匠のそれだった。
「それならスペシャルセットかなー。これなら全部食べられるよ」
「なんと! そんなものが存在するとは……!」
通い慣れているのか惚谷さんが楽しそうにアドバイスしている。
相変わらず頬は染まっているけれど、最初に比べるとだいぶ緊張がほぐれたようだ。
「日鳥さんはどれにするー?」
開いたメニューを見やすいように傾けてくれる。
肩同士が触れ合っているのでものすごく緊張するけど、惚谷さんが楽しんでいるのが伝わってくるので不快感は無かった。
ケーキを選ぶ惚谷さんはとても楽しそうだ。
側で見ていると本当に屈託なく笑う人だと思う。
注文したケーキが届くとシリウスと惚谷さんが目を輝かせた。
普段食べているケーキとは雰囲気が全然違う。
上品で洒落た盛り付けは見ているだけでわくわくする。
「これは……素晴らしいではないか!」
「でしょー! ……あっ、そうだ日鳥さん」
話しかけられて振り向くと、彼女が切り分けたチーズケーキをこっちに差し出していた。
「はい、あーん」
えっ、何この状況。友達同士でよくやるやつだ。
惚谷さんを見ると純粋そうに目をキラキラさせてこちらを見ている。
しばらく迷ったけど素直にいただく。
口に含むと滑らかな舌触りに続いて、控えめな甘さが口に広がった。
「あ、ありがとう……その、よかったらどうぞ」
チョコレートケーキの皿を差し出すと、惚谷さんはぱぁっと顔を輝かせた。
頬を押さえながら嬉しそうに頬張っている。
無駄にドキドキしていると、カランと軽やかにベルが鳴った。
そちらに目を向けると、入店した他校の女子生徒たちがこちらを見ていた。
見なければよかったと後悔する。
なぜか三人とも蔑むような冷たい目つきをしていたから。
「あれ、惚谷じゃん」
「ほんとだー。美人はすぐに次の相手見つかるから得だよねー」
話しかけるのではなく遠巻きに話している。
何だろう……すごく嫌な感じ。
惚谷さんは気づいていない様子でシリウスと会話している。
どうするべきか考えていると一人が冷めた表情で笑った。
「人の彼氏盗っておいてまだ男漁ってるんだー」
それを聞いて嫌悪感が怒りに変わった。
彼女たちは明らかに悪意を持って惚谷さんの悪口を言っている。
何なの、この人たち!
文句を言おうと立ち上がりかけると、惚谷さんがそっと私の肩に手を置いた。
「だいじょーぶ。いつものことだから気にしないで」
普段の彼女とは違うとても控えめで落ち着いた声だった。
「でも……」
「嫌な思いさせてごめんね。でも日鳥さんが何か言われるのはもっと嫌だからさ」
柔らかい目つきでそう言われて浮かせた腰をソファに下ろす。
三人は笑いながら奥の席に行ってしまった。
私を優しく諭した惚谷さんの表情は大人びていて、同時にとても哀しそうに見えた。
それは昨日彼女が一瞬だけ纏った雰囲気によく似ていた。