#3 仲の悪い2人
そんな中、壁に寄りかかる様にして座っていた1人の少年が、足をバタつかせているブランカを睨みつけわざとらしくため息をつく。
『────そんなに嫌なら賭けをしなければ良い話だろ。馬鹿じゃねぇの……?』
小さな声で呟いたのだが、猫であるブランカにはその呟きが聞こえたらしく、勢いよく立ち上がるとその少年を思いきり睨みつける。
「退屈だからやってるんにゃ! そんな事もわかんにゃいのか!?」
『うるせ…………』
近寄ってきたブランカの答えに聞く耳を持たず、少年は身につけている大きな十字架のネックレスを指で弄び、ブランカはその少年を睨みながら唸り声を上げていた。
あまり手入れはしていないのか、まるで水晶の様に紫色の髪を首辺りまで伸ばしている少年の名前は、実験番号006。
コードネームはユウ。
──どうやら2人の仲は悪いらしく、またその仲の悪さは周りも承知しているのだろう。
2人の会話を聞き、またかと表すかの様にドゥンケルハイトはため息をつき、ブランカと共に賭けをしていた女性は困った様に微笑んでいたのだから。
「……アイが居ないと何も出来にゃい癖に」
『……………あ?』
少し経ち、ぽつりと呟いたブランカの言葉が耳に入ったのかユウは先程と違い低い声を出し、ブランカの方に視線を戻す。
アイは彼にとって大切な存在なのだろうか。
その名を聞いた途端、夜の様に深い蒼の瞳には憎悪の念が込められ、ブランカを睨みつける視線は氷の様に冷たかった。
『……もう1回言ってみろよ。頭が弱い猫野郎』
「アイが居ないとそうやってすぐキレるにゃあ、………お前、完成品になれずに死ぬんじゃないかにゃあ?」
ブランカは指を口元に近付け、にたりと薄気味悪い笑みを浮かべながらユウの言葉を返す。
それが彼を怒らせてしまったらしく、ユウはおもむろに舌打ちをすると立ち上がり、自身よりも背が低いブランカを冷たい瞳で睨みつけながら見下ろす。だが、彼女は顔を見上げながらも薄気味悪い笑みを浮かべ続けていた。
2人の間には不穏な空気が流れており、これ以上に彼女達が争うのは止めさせようと、先程まで困った様に微笑んでいた女性が2人の間に入り込んだ。
「あ……こ、これ以上は止めよう? 2人とも愚か物になっちゃうよ?」
着ている黒いパーカーのフードを深く被り、2人が「愚か物」になる事を心配する女性は、実験番号002。
コードネームはアリス。
彼女の声色からは2人の事を心底心配している事が伝わるのだが、ユウはそれが気に入らなかったのか彼女に視線を移すと睨みつけ、アリスは少し身動ぎをする。
『優しくするのは楽しいわけ……? 目も合わせられないからフードを被ってる臆病者の癖に……』「アリスのことを悪くいうにゃあ!!」
ユウの言われた事は図星だったらしく、アリスは口を噤み、ブランカは憤慨する。
悪化した2人の言い合いは終着点が無く、力づくで止めない限り終わらないだろうと察したドゥンケルハイトは深く息を吐いて。
何処からかルシエ同様に背丈程まである大きな──けれど、ルシエとは違い闇の様に黒く、刃の中央の部分には、あまり見えないが百合と蝶の模様が彫られている大きな鎌を取り出すと、2人に刃を向けた。
『──もうやめな。博士が戻ってきたら、確実に愚か物にされるよ。……愚か物にはなりたくないだろ?』
『………あぁ』「………はーい、にゃ」
大鎌を向け、何時もの明るい笑みとは程遠い冷たい瞳で見つめながら述べるドゥンケルハイトを見、2人は暫し黙った後頷き、これ以上言い合いをしない様にユウはその場に座り、ブランカはアリスと共に彼から離れる。
それを見、ドゥンケルハイトはにこやかに微笑むと大鎌を仕舞い、部屋の扉が開かれる音が聞こえた為、扉の方に視線を傾けた。