#9 扉の前には
先程まで身に付けていたドレスが音を立てて落ち、彼女はクローゼットを開ける。
クローゼットの中は白を基調とした、似たようなデザインのドレスしか無く。ルシエは吟味すること無く、その1着を手に取ると着替え始めた。
────慣れた手つきでドレスを着、ドレスの中に潜ってしまった長い髪を取り出せば、背中のファスナーを上げる。
けれどドレスの背中部分は大半が空いており、恐らく先程、彼女の背中に現れていた大きな翼の邪魔にならない為なのだろうと推測出来て。
彼女がファスナーを上げ終わったと同時に、扉を叩く音が静かな部屋に響き渡った。
「──────はい」
ルシエは淡々と返事をし、部屋の扉を開けると。
そこには何やら不機嫌そうなユウと、そんな彼に抱きかかえられているアイの姿があった。
「何か、用ですか」
普段、この2人は──否、ドゥンケルハイト以外の実験体は滅多な事がない限り、ルシエの部屋を訪れる事は無い。
故に、部屋に訪れたからには何か用があるのだろうとルシエは首を傾げた。
『俺はない。………けど、アイが』
ユウはルシエを睨みつける様に見つめる。けれど彼女には睨まれる節が思い当たらず、アイの方に視線を映すと、アイは自身の指と指を絡ませ、言葉を詰まらせていた。
「何か?」「あ、あの……えっ、と…………」
ルシエは今一度、アイに尋ねる。
その言葉は急かしている様に聞こえ、アイは更に言葉を詰まらせ、ユウは強くルシエを睨みつける。
だがルシエに悪気は無いため、彼女はどうして睨まれているのか不思議で堪らなかった。
「…………次の任務、いっしょだから、その……よ、よろしくね………?」
暫しの沈黙の後、ようやく言いたい事がまとまったのか、アイは途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。
次の任務が共同な為、お互い協力し合おうという事なのだろう。
ルシエは生気の灯らない瞳で彼女を見つめ、言葉の理由を理解すると、ゆっくりと頷いた。
「えぇ。此方こそ、よろしくお願いします」
『……………アイに何かあったらタダじゃおかないからな……』「おにーちゃん……!」
深々と腰を折りながら言葉を返せば、ユウは冷たい口調でルシエに釘を刺し、それをアイが咎める。
それは過剰な程に過保護なユウとアイが普段からする会話だったのだが。何か面白かったのか、くすりとルシエは無意識に笑みを零した。
ルシエの笑みに、2人の会話は一瞬にして止まり、彼女の顔を一心に見つめる。
まるで雷に打たれたかのような、驚いた顔を浮かべながら。
「…………何か?」
2人が自身の顔を見つめている事に、ルシエは疑問を思ったのだろう。何時もの無表情に戻れば首を傾げ、自分の行動に何か不手際があったのかと考える。
「う、ううん……ルシエって笑えたんだね…………」
『……何時も不気味な人形みてぇだから、笑わねえのかと思った……』
不思議そうな表情を浮かべるルシエに向かって、アイは首を横に振ると、未だ信じられないのか小さな声で答える。
その言葉に続けてユウも言葉を紡ぐのだが──それは何処か皮肉めいていた。
「…………私、笑っていましたか?」
ユウの皮肉めいた言葉には気付いていないのか。
ルシエは自身が笑っていたという事が信じられず、更に疑問を述べるのだった。
『……は? 無意識かよ』
「……あ、そう言えばルシエって、博士に呼ばれてたよね……? ひきとめちゃってごめんね……」
更に疑問を述べるルシエに、ユウは気味悪そうな顔を浮かべて。
アイは先程ルシエが博士に呼ばれていた事を思い出せば、申し訳なさそうな顔を浮かべて謝罪をする。
「いいえ、構いません」
『………ほら、早く戻ろう。挨拶したんだし……』「う、うん……またね……!」
アイの謝罪に淡々と答えれば、ユウは早く部屋に戻りたいのかアイを急かして。彼女は慌てて頷けばルシエに手を振りながら去っていく。
ルシエは去っていく2人の背中に深々と腰を折ると、自室の扉を閉め博士のいる部屋へと向かった。