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前回のつづきのおさらい。

引き取ってくれた人物が実は祖父であり、しかも自分の国の皇帝でもあるという衝撃の事実を受け、嬉しそうな祖父に高い高いされた幼い女の子は、混乱と困惑に陥っていた――。(美化)


 年齢不詳もいいところな祖父の迫力ある笑みを眼下に、ピシッ! と音が出そうな速度で全身が硬直する。


 ……まるでドラゴンに睨まれたトカゲね。


 格が違い過ぎて、身じろぎ出来ない。一瞬で踏みつぶされるような圧が下から漏れ出ていおり、心臓に悪いことこの上ない。

 けれど目を逸らすことも出来ず、だらだらとどこかの宰相のように汗をジワジワさせながら人形に徹するしかないのが余計につらい。

 しかし、無言で祖父と見つめうというごうも……不毛な時間も長くは続かず、ゆっくりと祖父が口を開くのをごくりと唾を呑み込み待つ。


「……お前。()()()いるな」


 ――はい……?


 疑問符もつかない断定的な問いかけに、空回りしていた思考がピタリと静止し、硬直していた身体が拍子抜けしたのか緊張が少し解けた。下では相変わらず年齢不詳な見た目の祖父が、自信満々にこちらを見上げているけど。

 祖父を見つめること数瞬後、見えているとは何のことだろうかと思考が回り始めたところである言葉を思い出し、同時にぴこーん! と閃いた。


 ――『スキル『世界の祝福』、『真実の瞳』を取得しました』――とついさっき聞いた気がする……!


 これだ! 絶対これだ! と。それに祖父が自信満々に見えていると断定的に聞くからには、おそらく後者の『真実の瞳』について言っているに違いない! と。


 ――しかし、ここで問題がひとつある。


 先程の御告げみたいなスキル取得と、物理法則とは何ぞやと言わんばかりに宙に浮かされるような、俗にいうファンタジー要素のある世界だと今まで気付いていなかった私。

 さっき聞いたばかりのスキル、しかもさらに言えばまだ言葉が舌ったらずないたいけな幼女という不安要素しかない状況でスキル発動をなんとか出来るようなチートは持ち合わせていないようで……。

 先程から、頭の中で『真実の瞳』! 『真実の瞳』! 『真実の瞳』! ――と連呼してみたものの全く変化も反応も見受けられず……詰んだ。


「……どうした?」


 やはり反応を示さない私に痺れを切らしたのか、祖父が片眉をくいっと上げて、怪訝そうな表情に変わり始めた。

 祖父の求めているだろう答えはおそらく、いや、確実にイエス! それ以外は有り得ないという態度で分かろうというもの。

 しかし不運にも私は現在、スキルの発動方法が分からないという致命的問題に直面しており、真実を言うべきか、嘘をついてイエス! と返事するべきか激しく葛藤しており、嫌な汗が増していた。


 ――『――皇帝陛下は逆らう者や反逆者を、一族郎党、一人残らず皆殺しになさるそうですわ』


 焦りでぐるぐるする頭に、聞き咎められるのを恐れているのか、囁くように噂しあう侍女や貴族令嬢、ご婦人たちの声が嫌にこだまする。

 後宮から突然連れ出されてやることの無かった私は、周囲が忙しそうにしているのを逆手に時々抜け出し、隠れながら城の探検をしていて、その際に聞いてしまったのだ。彼女たちのささやきを。


 ――『――まあ! わたくし、粗相をした王族のせいで国家を一夜にして滅ぼしたことがあるとお伺いしたことがありますのよ』


 言うに憚られる内容ではあるものの、人気が無いのも相まって、彼女たちの話はどんどんヒートアップしていった。


 ――『――そうそう! 冷酷非道と言われる所以も、自らの血縁者であった兄弟姉妹を、不出来な者や無能と思った者は稀代の美姫であっても尽く始末したから、と言われておりますの知っておりました?』


 どくんどくん、と。隠れているせいか、聞いている話の内容に心当たりがあるせいか、自身の心臓の音がやけに大きく感じるなか、過去に一度しか会ったことの無い祖父の話は続く。


 ――『――もちろんですわ。代わりに、凡庸な見目であっても才媛であった姫を属国であれど、一国の女王として治世を任せられたというのは有名な話ですもの。わたくし、姫に憧れはあれど、一貴族として生を受けられて幸福ですわ』

 ――『ええ、まったく同意致しますわ。……そういえば今回、皇女様が皇位継承権第一位を与えられるそうですけれど、皇帝陛下は確か幼子が嫌いだったのではなくって……?』


 どくどくどくどく、と心臓が早鐘を打ったように鳴りやまない。その続きを聞きたくない、という思いと、聞きたいという相反する考えに思考も呼吸も乱れ始める。


 ――『――……ええ。それも一部では有名ですもの。もし今回の儀で、皇帝陛下がいづれかの理由で気分を害されてしまっては、唯一直系筋の皇女様とはいえど粛清されてしまうことも有り得ますわ……』


 真っ先に思い浮かべたのは、炎の中で独り焼け死んでしまった前世の私と、炎の中、次々と倒れて動かなくなっていく家族の姿。そして無感動にこちらを捉えた祖父の冷たい瞳。


 ――『――そうなってしまったら恐ろしいですわ……』

 ――『そうですわねぇ……そうそう! そういえばこの間、シュタイン公爵家の夜会で――』


 彼女たちの話題が変わってしまってその後のことはあまり覚えていないけれど、ふらふらと顔面蒼白のまま与えられた部屋に戻った私を、マルグリットが何も言わずに寄り添って慰めてくれたので記憶に新しい。


「――おい」


 現実逃避の回想に飛んでしまっていた思考が、祖父の底冷えするような低い声と圧で強制的に引き摺り戻される。ココハドコ。ワタシハダレ……。

 いつまで経っても答えない私にすっと祖父が目を細めたと思えば、心なしか脇に差し入れたままの手にも圧が加わる。いたたたたたたっ……! ごめんなさいごめんなさいっ! 今思い出しました! 超思い出しましたっ!

 脇の圧と眼下の圧の挟み撃ちに内心、ひぃぃぃぃっ! と悲鳴を上げながら、思わず口からほろりと言葉が出てしまう。


「……っう、うんっ、でき、ないっ!」

「――――」


 正直に答えたことでふわっと消えてしまった圧に安心するのも束の間。出してしまった言葉にサァーッと青褪めると同時に、だらだら流れる汗に身体も冷えてしまったのか、ガタガタと震えが止まらなくなる。

 やばい。まずい。しまった。どうしよう。おわった。と語彙力の旅立ってしまった単語でしか現状を捉えることが出来ず、私の返答から眼下で沈黙した祖父をガン見で伺うしかない。ちなみに現在の祖父は紛うことなき能面のような無表情であった。


「――そうか」


 ガクガクぶるぶるしながらもたっぷりと、不本意ながら祖父と見つめ合うことしばし。長い沈黙ののちに、祖父から出た言葉はいやに端的なものであった。

 そのまま、今の今まで持ちあげたままであった私を片腕に収まるように抱え直すと、未だにぷるぷる縮み上がっていた元勇者、いや、ただのおいぼれおじいちゃんに命令する。


「――おい、フェリックス。何をしている。帝都騎士団広場を用意しろ」

「……はっ! かしこまりました!」


 祖父の命令をきっかけに、ぷるぷるしていたのが嘘のように宰相が周囲にいくつか指示を出し、その場をスタコラサッサと一足先に退場してしまった。

 それにともない、周囲の絢爛豪華な衣装を身にまとっている魚群もぞろぞろとこの場を退場するため、蠢くように動き出した。

 私はと言えば、祖父の腕という座り心地の悪さにもぞもぞしたい衝動を押し留め、初めて知った宰相の名前が無駄にかっちょいーなとやはり現実逃避し始めていた。


「――俺は行く。後は任せた」


 それだけ告げると、祖父は私を抱えたまま伴い、玉座の裏にあった幕に入って何処かの豪奢な部屋へと出ると、そこからまたいづこかへ移動を開始した。

 まあ、話の流れ的にさっき宰相おじいちゃんに用意するように命令を出した帝都騎士団広場とやらだろう。


 ――しかし、なぜそんな場所へ? しかも私を連れて。


 名前からして騎士の訓練場っぽいけど。そんな場所へ私を伴ってまで向かう理由が見当たらない。まさかこれから皇帝自ら訓練でもするのだろうか。いや、さすがにそんな雰囲気じゃないか。

 なら、訓練の視察? 私に帝国の武力を見せつけるためとか……? ……さすがにその流れは無理があるな。……うん、現実逃避はやめて、そろそろ認めたほうが良いのかもしれない。


「「…………」」


 周囲に護衛も見当たらず、人っ子一人居ない周囲の状況で祖父と会話が弾むわけも無く……いっさい会話することなく、2年前のあの時を思い出すかのようにスタスタと長い足で進む祖父にこの身を委ねるだけ。

 広場……それは多くの人が集まれる広い場所、という意味。そして騎士団とつくからには騎士が日々鍛錬するために活用されている場と分かる。ここまでは良い。


 ――では何故、今、この時、私を伴ってまで行かねばならない場所なのか。


 顔面蒼白のままふらふらと部屋に戻り、マルグリットに慰められた私は、自らの近い将来を見据え、思い切って2年を共に過ごした少し口の軽いと知っていた騎士に、邪魔する者のいない隙を見てあることを聞き出していたのだ。


 ――『――ねぇねぇ、ヨーラン。おじいちゃんがいままでに怒ったひとはどうなったの……?』

 ――『……はい? 怒った……? ……あー、まあ。陛下の怒りに触れた人たちは今頃土の下ですかね』


 さすがに幼女に聞かせる内容ではないと分かっていたのか、かなりぽやけた表現をされてしまったけれど。諦めずに、無知な幼女を装って聞いた。


 ――『つちのした……? うめられちゃったの……?』

 ――『うめっ、まぁ、間違っちゃいませんが。正しくは帝都の広場で処刑した後に埋葬ですね』


 段々と表現が思いつかなくなってきたのか、目を泳がせながら、おそらくマルグリット辺りが近くにいないかと探すヨーラン。

 残念ながら、マルグリットたちの予定を把握しているので、しばらくこの辺りには護衛のヨーランと私しかいない。


 ――『……しょけいってなあに?』

 ――『うぐっ……こ、これ以上はマルグリットにでも聞いて下さい!』


 核心をつくようにチクチクと確実に問い詰める私に耐えきれなくなったのか、最後は質問から逃げてしまった。……仕方ない。趣向を変えるか。


 ――『――う~、けちぃ~! ……でも、ひろばっていっぱいあるの?』

 ――『いや、帝都の広場と言えば今はひとつだけです。それに現在はその処刑とも縁遠いので安心して下さい』


 ――と。その後、やはりそれ以上聞き出すことは出来なかったものの、不安が顔に出ていたのか、やたらと周囲から大丈夫だとか、安心して下さいと言葉を貰うのが増えたのはこれがキッカケだったに違いない。

 ふっ、と。またしても数々の回想……いや、取り繕うのはやめよう。ここ数日のうちに慣れた数々の走馬灯を繰り返し想いだしながらこの後の展開を予想する。

 つまり、まあ、私をがっしりと確保したまま伴っていく理由。それも過去に処刑広場として使われていた場所という、およそ幼女には必要ない場所に。嫌味のように貴族の子女らが囁くように噂していた内容が頭を巡っていく。


 ――今世は生後3年で処刑エンドかぁ……。


 祖父にきつくホールドされたまま脱するのは至難の業で有り、奇跡的に逃げられたところで身長の高い祖父の腕から落ちれば、今の身体じゃ打撲で済みそうにない。

 さらに奇跡が重なって怪我も無く落ちたとして、幼女の逃げ足など大人にかなうわけも無く……祖父が指一本振れば、先程の謁見の前でもされたように宙に浮いて回収されるだろう。

 さらにさらに奇跡が重なってこの場から逃亡したところで、追手を放たれれば城の中でさえ土地勘のない私にそこまで遠くに逃げられるわけも無く……。

 もはや奇跡というか、神業のように遠くに逃げられたとて。転生者とはいえ、こちらの世界での生活能力も常識、知識もなく、質素とはいえ周囲にお世話にされるがままだった、ほぼ温室育ちのか弱い幼女に現実的に考えてサバイバルなんて無理だ。


 ――せめて、心の準備が出来るのは感謝すべきなんだろうか……。


 しかし、前世で経験済みの最期である焼死含め、今世の2年前に全身を焼かれて死ぬのと、2年生き延びてからやっぱり処刑します、では、いったいどちらがマシだったのだろうか……と、遠くを見つめる私の目は、やはり死んだ魚よりも死んでいた。

バッドエンドですね。お疲れさまでした。

ということで、次回、お楽しみに……(そろりそろり

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