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一話が長くなったので分割したみたいな出だしになってしまいました。(事後報告)
私が少しづつ会話するようになり、活発に動くようになるにつれてマルグリットもいくつかの段階を経て現在の美辞麗句マシマシ上等な感じになった。
けれど、何がそうまでしてマルグリットをここまで超進化させてしまったのだろうか……。知りたいような知りたくないような……。
未だに息継ぎも少なく美辞麗句で褒めそやすマルグリットはむしろここからが本番だと言わんばかりに今度はいかに私がドレスを着こなしているのかを呪文のように紡ぎ出しはじめた。
最初はシンプルに褒めてから、徐々にヒートアップするタイプだと経験で知っている。マルグリットの過剰な美辞麗句は隅々まで褒めそやさないと満足できないようなので、しばらくは気のすむまで放置するしかない。
そう結論付けると、まだ掛かりそうな背後を遠い目のまま聞き流しつつ、どうしてこうなったかの記憶掘り起こし作業に戻る。
――遡ること数日前。
クーデター後、やはり詳しい経緯は不明なものの、ひっそりと存在を秘匿されたまま城の中でも奥の、さらに奥にある後宮にて育てられていた私は、外と隔離された環境ですくすくと最低限の少人数と過ごしていた。
そこに突如として来訪した宰相と名乗る男が、何度かの訪れの後に「正式に皇位継承者として迎え入れる準備が整いました」からと、有無を言わせず表舞台に引きずり出されることとなったのだ。
――そしてあれよあれよという間もなく、こうして飾り立てられているわけである。
話だけ大雑把に聞くと、諸々の準備が整うまでに時間が掛かったために2年もの間、私の存在を隠して機が熟すまで育てていたように聞こえる。
それに、実際に後宮の奥という厳重な警備がなされている場所に居たこともあり、幼い私を外敵から守っていたようにも聞こえるだろう。
――まあ、実際には少し違う。
そもそも別に引き取り手続き自体は2年前でも全く問題なかったはず。それは宰相の訪れからたったの数日で引っ張り出されてしまった私の現状が物語っている。
――では何故、今なのか。
幼い子どもだからと気付かないと思ったのか、人数の少ないこの場所では噂の類はすぐにバレるのにお喋りさんの多いこと多いこと……。
宰相の最初の訪問から数日、現在の状況と今後の日程について語り終えた宰相が去った後、居合わせて話を聞いていた侍女のひとりが「あれ? 私たちってここから出られるんですねー」と不思議そうに呟き。
同じく居合わせたとある騎士が「いやー、2年前に突然連れて来られて放置された時には、この地に墓を建てる覚悟をしてたんだがなぁ……」と小さくこぼし。
通りがかったとある庭師が、話を聞いて「このままここで生涯を終えると思っていたんだ。皆で出られることになって良かったじゃないか」と嬉しそうに答え。
それを聞き咎めたマルグリットが「何を言っているのですか。たとえ陛下が姫様のことを今の今まで忘れ放置していたからといって、私たちの仕事に変わりありません」と身も蓋も無く告げた。
……つまり。そういうことである。
さらに彼ら彼女らの話を「わたしむずかしいことわかんなーい」という無垢な演技で盗み聞きすること暫し。
どうやら2年前のあの日、私は最初から人気の少ない後宮の奥に連れられ、先輩からの洗礼という名のイジメの一環で、偶々居合わせたマルグリットと運悪く遭遇した使用人たちに保護されていたのだ。
そして、当時の私の状況が状況であったため、皆が誰ともなく固く口を噤み、いつの間にか閉鎖されてしまっていた後宮の奥のさらに奥で、今の今まで誰にも知られることなく自給自足で生活していたのだった……。
どおりで皇女にしては質素な暮らしだと思った。何の援助も無く、正統な皇族のみが持つ金の瞳の幼子を匿い、檻と化した中で生活していたなら、余裕も予算も無かっただろうに。
おまけに後宮が封鎖されてしまえば中から開けるのは不可能な構造上、そこで生きるしかなかったという理不尽。
もし、今回周囲が祖父に後継者問題でせっつき、妃を娶るように忠言した宰相の言葉が無ければ、「そういえば2年前、後宮に孫を置いてきたな」と、祖父が思い出すことはなかっただろうと思うほど、ここ数年音沙汰無しであった。
そして途絶えたと思われていた、直系筋の存在が居たことに仰天する宰相の訪問が無ければ、私たちは一生、名誉も目標も富も名声も家族もなく、この檻の中で誰にも知られず終われたのかもしれない。
なんだかんだと今では彼らを家族のよう想っている身としては、運悪く居合わせただけなのに、文句も言わずに付き合わせていたのが申し訳ない限りである。
――しっかしまさか今ごろになって皇女扱いとはなんともまあ……。
思い出すのは、最初に恐る恐るここに足を踏み入れた際の宰相の青褪めた顔。……可哀想に。事実確認を含め来訪した宰相は、私の瞳を見るやいなや腰を抜かして暫く立てないでいた。
さらに、私たちの質素な暮らしぶりにも目が飛び出んばかりに見開いて「今までどうやって生活していたのだ!」と驚いていたから、相当ひどかったんだと思う。
ぶつぶつと「……予算の中にそのような動きは無かった筈。いくら後宮の中が自然豊かとはいえ、幼子を養うには足りぬ物も多かっただろうに……。なに故陛下は今の今までこの事実を周囲に伝えず、秘密裏に支援もせずにいたというのか……。いくら忙殺の身とはいえ2年もの間記憶の片隅にも引っかからなかったと――」誰に聞かせるでなく、自然豊かに草むら生い茂る方向でしゃがみこみ愚痴る宰相の後姿は、皆して憐れに思ったものである。
その後もぶつぶつと「――そもそも皇子か皇女かも知らぬとは何事か! 挙句の果てに『すまん。すっかり忘れていた。後は任せた』と、平然と命令されるのはいかがなものかと……! 長年粉骨砕身と仕えてきた臣下の身としては忘れっぽいことは重々承知しておりましたが、今回ばかりは流石の私めもいっそのこと隠居して俗世から離れてしまおうか思い悩むほどの重大事だったというに陛下といえば――」と沸々とした怒りとともに宰相の愚痴が続いた。
哀愁と怒気と諦観を同時に背負った後姿を鑑みるに、その気苦労は推して知るべし。……忘れっぽいとか、そういう問題ではないだろうに。そうとうお疲れなようなので、私たちは宰相が復活するまで待ってあげていたものだ。
――うーん。つらい。
特にここ数日、周囲は慌ただしくも実質座して待つだけの私に出来ることは無く……着々と整えられていく正式な後継者としての謁見という舞台を目前に、ぽつねんと過ごしていた。
忘れ……げふんげふん。隠されていた皇女を一目見ようと、帝国の従属国となった周辺諸国からこぞって来賓が訪ねているそうで、私のすることといえば、祖父の前に出て、顔を見せ代理が名乗り上げ退場という非常に配慮された行動だけである。ありがたやー。
「――皇女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。現在、謁見の間が整います故、御身をお迎えに馳せ参じた次第でございます」
現実逃避もかくやと遠い目で回想の終わりを悟ると、たった今迎えに参上したと口上を述べた騎士を見やる。今回の式典においての一時的な護衛らしいけど、ちょっと大げさな仕草も相まって仰々しい。
「――失礼いたします」
私の返事を待つことなくそう言って、丁寧に私を抱え上げる。後は本番だなと、遠くなりかけた意識を強く保つ。普通の3歳児はどんなものだったか。
空に眩しく浮かぶ太陽を鑑みるに、おそらくそろそろ遊び疲れてお昼寝が最適解ではなかろうかと、やはり現実逃避ぎみに考える。
子育て経験なんて無いに等しいだろう若い世代の貴族階級出身者が多く、私と同年齢の比較対象もいない後宮に居た時ならいざ知らず……。後宮を出てからは周囲に怪しまれないよう、出来るだけ不自然にならないよう心掛けているためか、言葉数が少なくなるのは致し方ない。
およそ普通とは言い難い成長を見せようものなら、得体が知れないと気味悪がられるか、もしくは天才と早計に囃し立てられる可能性があるため言動には慎重にならざるを得ない。
そもそもならば何故私が3歳児とは思えぬ思考能力を有しているのか。その理由はやはり2年前。あの生を魂の底から渇望し、マントを掴んでしまっていた瞬間、――
――私が前世の記憶を思い出していたからだといえる。
周囲の死というショッキングな出来事と、業火に包まれるという状況が合わさり、前世のおぼろげに焼け死んだという私の淡く消え掛けの記憶が刺激され、見事に前世の記憶が復活したからである。
あれが無ければ無意識に二度も死にたくないとマントを掴み、結果的に祖父の気まぐれが起こるようなことも無かった。そうしたら今ごろ両親ともども灰になって散っていただろう。跡形も無く。何の抵抗も出来ない間に、第二の生は終了していたはず。
おかげで、子どもにしてはちょっと物静かで落ち着いているけれど、こんなものか……? と、周囲の大人の疑問を騙せる範囲におさめるのは苦労したけど。……総合的にメリットのほうが多かったとだけ言っておきたい。
「皇女殿下のご到着である! 門を開けよ!」
ゴゴゴゴォォという重そうな音と共に、私の身長で見上げたらひっくり返るだろう高さの門がゆっくり開く。その先は謁見の間。玉座の間らしく、既に大勢が今か今かと待っているらしい。
通常は大門すぐ横の中門や、さらに小さい小門、メイドや執事などの召使い、使用人専用通用口から出入りするらしいけど……。
いくら権威を見せつけるためといえ大門は迫力も見た目もド派手なため、地味と平穏を好む身としてはいささか胸にくるものがあった……。
そんな私の心境を慮れる価値観の人は近場に見当たらないので、諦めて死んだ魚の目をしながら、騎士に抱っこ状態で開いた門をくぐらされる。
……わあ。まるで彩り豊かな大きな魚群に紛れ込んだかのよう。
目がチカチカしてしまう視界の中、格が違うと見せつけるように私の向かう先は大階段上に玉座があり、高貴なもののみが纏うことを許される黒を全身で着こなし、頬杖をつきながら下々の者を睥睨する怜悧な美貌の男。……実に2年ぶりに見る、祖父が居た。
私を抱えた騎士は周囲から私に突き刺さる視線をものともせずにある程度の距離を素早く突き進むと、くぐった門から玉座まで3分の2程度の位置で私を下した。
――ぐっ……今更だけど緊張でお腹が痛くなってきた……。
気付かれないようにゆっくり両手を下腹部辺りに添えるように動かす。この程度なら問題ないはず……。うぐぐ……。
「――皇女殿下をお連れ致しました」
私が自分で立ったのを確認した騎士が良く通る声で報告する。まあ、連れてきたのは見れば分かるけど、一応こういう確認というか儀礼的なものは必要らしいから仕方ない。
この後は祖父、皇帝陛下が私の継承を許し、証として正式な名乗りを上げるのだけど、そこは代わりに名乗り上げてくれるので私は今しばらく突っ立っているだけでいい。
名乗りが終わればそのまま騎士に同じように連れ帰ってもらって終了だ。もう少しの我慢我慢我慢……。
「……今後、皇位継承第一位とその名を名乗ることを許す。名乗るがいい」
「僭越ながら皇女殿下は幼いため私めが代わりに申し上げます――」
祖父の言葉に待ってましたと宰相が声を上げ、私の代わりに長ったらしい文言を紡ぎ始める。一応、私が言った扱いである。誰がどう見ても私は言ってないけど言った扱いなので問題ない。ないったらない!
「――ダリア・ローラ=エルターデリア。ここに皇位継承第一位と認められました。帝国の新たな門出に祝福をもたらさんことを祈り――」
――スキル『世界の祝福』、『真実の瞳』を取得しました。
「…………」
――は?
唐突に脳に響いた、どこか懐かしくも聞き覚えの無い無機質な機械音に、思考が真っ白に染まる。未だに宰相が何やら長ったらしい口上を述べているが、お腹の痛みごとどうでもよくなった。
――スキル? 世界の祝福……? なんのこっちゃ……。
混乱する頭でそれだけなんとか思い浮かべると、またしても唐突に、ゲームで言うステータス画面の詳細欄みたいな、細かい説明の書いてある画面が透明な光の板として出現した。
周囲は特にこの謎の光の板の出現に気付いた様子は無く。粛々と宰相の有り難い言葉を聞いていた。おかしい。さすがにこんな目立つ板、誰かしら気付けば誰かに確認しようと騒めくはず……。
「――以上、代理ではありますが、名乗りとさせていただきます」
とりあえず、この板は他の人に見えない可能性が高いと結論付け、どうやって仕舞おうかと思案し始めたところで宰相の代理名乗りが終わる。
――よし! 良く分からないけど、帰ってから考えよう!
この場に居ても特に良い考えも思い浮かばないし、もしかしたら周囲は見えてたけど、想定内だったから誰も騒がなかったという可能性も無きにしも非ず……!
とりあえず、全てはマイスイートルームに帰ってから考えよう! そうだよ、うんうん、そうしよう! 名案!
「――ふむ。面白い」
玉座よりその呟きが聞こえた刹那、周囲に漂っていた終わった後の緩い空気が霧散し、重苦しい空気にとってかわった。さらには原因を探る間もなく急に私の視界は高くなり、地に足ついていたはずの身体は宙に浮いた。
――え……。
そのまま急加速した景色を置き去りに前方へ引き寄せられたかと思うと、いつの間にか物凄い迫力の、僅かに微笑を浮かべた美形ドアップが頑張れば頭突き出来そうな距離まで迫っていた。
――えっ……?
あまりな急展開に私は勿論のこと、先程までお飾りよろしく人形となって黙していた人々が俄かに騒めきだす。分かりやすく想定外の事態だと伝わるのがつらい。
しかし騒めく下々の者など意に介さないらしい祖父は、目の前まで連れて来られたまま宙に浮いていた私の脇に手を差し入れたかと思うと、すくっと軽く持ち上げた。
「――下がれ」
更に、私を持ちあげると同時に、私を運んできた騎士を一瞥し下がるように命令を下す。あまりの祖父の雰囲気の怖さに思わずバッ! と顔だけ半分振り返り、行かないでと騎士へ念を送る。
「…………はっ!」
ただ、私の懇願する視線に気付きつつも騎士が迷ったのは一瞬。祖父の威圧が増してすぐ、礼をとるとその場からさっさと下がってしまった……。
半分振り返った顔のまま横を見ると、状況についていけなかった宰相が固まっていたため、今度はそちらへ助けてという念を送る。
すると祖父の雰囲気と突然の事態にうるうる泣きそうな私の視線に気付いた宰相が、使命感に燃える勇者として目覚めたのか、「ハッ!」と我に返るとこぶしを握り、己を奮い立たせて一歩こちらへ踏み出した。
――カッコいいぞ、宰相……!
「――陛下っ……!」
そして勇敢にも祖父に言葉を発しようとした宰相は、やはり祖父の冷めた一瞥と強烈な威圧を受けると、しゅんっ! と縮こまり居竦まった。
かと思うと、一歩下がって元の定位置に収まり、私たちから視線を斜め下へ逸らしてしまった。
先程の勇気も彼方へ消え去ったのか、今やだらだらと汗水流すだけで寿命間際の顔面蒼白よぼよぼおじいちゃんと成り果てたのだった……。
――くっ……一瞬カッコいいとか、希望だとか思った私の純心を返せ!
「――さて」
――ひぃ……ッ!
ギギギと宰相の方向から錆びたように首を下側へ動かすと、ぷるぷるすることなくしっかり私を持ちあげている祖父と視線がひたりと合わさる。
同じ金の瞳と目が合うと、宰相を見た直後のせいか関係ないのか、おじいちゃんと呼ぶには憚られる年齢不詳な見た目の若さでもって、怜悧な美貌を持つ祖父がいた。
さらに過去の記憶含め今まで無表情しか見たこと無い私へ、猛禽類のような威圧的なド迫力の笑みを浮かべたと思うと、――
「――どうする」
はくーなまたーた……。
「――ダリアよ。お前がここの新たな王となるのだ……――」
(すみませんふざけましたごめんなさい)