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放課後エピソード

作者: 栢本 みほ



「でもね、辛いんだよ」

紙パックのジュースの横、糊付けされた所をカリカリと爪でひっかく。

「へぇ、そうなんだ」

背中を柵に預けてもたれ掛かる幼い少女。

彼女はお菓子を食べながらどうでもよさそうに応えた。


「勉強もあんまりで、スポーツもどんくさいからできなくて。」


「ふぅん」


「もう七月かあ。友達、できなかったな。」


「あれ、私が居るのに?」


「…あなたは、友達じゃない。私が欲しいのは、何気ない会話と放課後に小さなクレープ屋さんで買い食いしながらどうでもいい会話をして過ごせるような、そんなの。」


理想をつい語ってしまった。

きっとこの少女には理解できないだろう、私が求めていることなんて。


「どうでもいい、そうでしょう?」


ストローから勢いよく紙パックの中の残りを吸い上げる。そういえば、買ったばかりのこの200ミリのぶどうジュースは温かった。

今日は暑いから、みんな自動販売機に殺到し、小銭二枚程度で一時の潤いを買っていったんだろう。

一番人気のない、水のように薄い乳飲料すら売り切れていたところを昼頃に見た。

これもさっき補充されたばかりだったから、ぬるい。


「もうすぐ夏休みだ、やだなあ」


「弟と妹の面倒見なきゃいけないんだっけ?」


「そう、二人のスイミングスクールの付き添いとか、宿題見てあげたりとか、昼ご飯作ってあげたりとか」


「大変だね」


「でも、ここに来るよりマシかな。少なくとも一人ぼっちじゃないし、やる事あるから気は紛れそう。」


「別にいじめられたりしてるわけじゃないのに?」


「うん。ここでは私、居場所がないから。」



ーーーーーーーーー



「ねぇ、どこ見てるの?」

恥ずかしげもなく胸元を開け、下着が見えそうなほどスカートを縮ませた女子生徒を一瞥した。

向かい校舎の屋上で、もう夏だというのに紺色のブレザーを来た女子生徒を見ていただけだ、とも言えず

「空を見てた。雨が降りそうなんでな」

と返した。


「え、こんないい天気なのに?」


「雲が小さく、隙間が空いて並んでる。あぁいうのは雨が降る予兆だ。」


「へー、センセ物知り。」


「ま、お前よりかは長く生きてるからな。」

小さくため息をつくと、眼鏡を軽く上げる。


「雨降るなら、送ってってよ。あたし傘持ってきてなーい。」


「俺はタクシーじゃない。ほら、雨降る前にさっさと書け。」


「センセのケチ。」

「なんとでも言え。」


ーーーーーーー



センセが眼鏡に触れた左手。

その薬指には銀色の輪があった。


「ね、ごめんなさいー気をつけますって書けばいい?」


もう少し生まれてくるのが早くて、すっごく勉強してセンセの行っていた大学に行って、そこで出会ってたらあたしがセンセのお嫁さんになってたのかなあって、考えてみたり。


「あのなぁ、高校生だろ?そんなんで受け取れると思うか?」

「へへ、ごめんごめん。ふざけただけー。」


この空間に居れば、センセと一緒に居れる。

だからワザと校則違反してみたり。


「全く、三度目だぞ?懲りない奴だ。」


「女の子のオシャレはちょー大事なの、センセ。」

センセのお嫁さん、どんな人だろ。

きっと綺麗なヒトなんだろうな。

家事とかカンペキで、ご飯もおいしくて、いつも笑ってセンセを支えてるのかなあ。


「はい、できた!前と同じようなのになっちゃったけど。」


「まぁいいだろ、別に。」

反省文を記入した紙を渡し、それじゃあと椅子から立った。


「あ、ちょっと待て。」


「え、なに?」

肩に掛けたカバンの紐の片方が少しずれ落ちた。


「傘貸してやるから着いてこい」


「えー、いいよー。それよりも家まで送ってってほしーな。」


「俺はまだ仕事がある。…女子にとって身嗜みは大事なんだろ?雨が降ったらその化粧も髪も崩れるぞ?」


ほんと、センセはずるい。


カバンの紐をかけ直して、指導室から出ようとするセンセの後ろを追いかけた。


「珍しくやさしーね。センセ」



ーーーーーーーー


手が濡れたままトイレから出て下駄箱へ向かう途中、生徒指導室の扉が開いた。出てきたのは生徒指導の先生と制服を着崩した派手な髪色の二人。

センセイはいつも通り気だるそうな顔だったが、正反対に彼女は愛らしい八重歯を見せていた。

すれ違いざま、彼女の一方的な会話が耳を通る。


振り返りその後ろ姿を意味もなく眺める。

無視をされているにも等しいだろうに、なにが面白くて彼女は笑うのか今の自分には理解できなかった。


二回戦、相手との衝突で倒れた際に折れてしまった右手首を恨んだ。

あの時一歩踏み出さなければ、あの時一人で突っ走らずメンバーの誰かにパスを回しておけば。


あの時をいくら悔やんでも、どうにもならないのに考えずにはいられなかった。

自分の代わりが出てくることになった試合は勝てたことを病室で見舞いに来たマネージャー、チームメイトに知らされた時は笑顔で良かったと言ったが、彼らが帰ったあとは一人で泣いた。


先生に期待されていた自分、チームメイト達を纏めて率いていた自分、マネージャーや見学に来る学生達の応援の声。


それらを自分から遠ざける医者に宣告された後遺症。

骨折が治っても、それが邪魔をして二度とボールを投げられなくなってしまう。

希望もない、この先のこと。


「先輩」

ギプスを睨んでいると後ろから声がした。


ーーーーーーーーー

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