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プロローグ

「ひぇっ! 来んな! 来んな! あーもうしつこいですーっ !」


 気色悪い声を発していると思いつつも驚異的な逃げ足を披露する白鳥(しらとり) 英斗 (えいと)。身長175センチで、短い黒髪に薄い唇。体格は部活でテニスをやっていたため少し筋肉質で、安物の紺色長袖シャツと黒の長ズボンを着用している。今年晴れて大学一年となった18歳の男だ。専攻は工学部、機械科。

 入った理由は、物作りが好きだから。

 以上。

 ありきたりな答えだが、それ以外思いつかないので仕方がない。そもそも、こんなつまらない話をダラダラ続けている暇など今は無いのだ。


 自分の命が狙われているのである。


「はーなんでこんな事になったんだよー。」

「いやお前のせいだろこれ!」


 英斗にすかさずツッコミを入れたのは、人語を話す真っ白なセキセイインコ。頭上を飛んでいる。

 どうしてあの硬い嘴で流暢な日本語が話せるのかは、今のところ理解不能である。


「とにかく奴らを巻くことだけを考えましょっ。」


 そんな二人(一人と一羽)の前を走る金髪セミロング少女は冷静に指示を出した。舗装されていない道を一心不乱に駆け抜ける。

 結構体力があるのだろう。未だに走るスピードを緩める様子は見られない。


「でも、もう無理ギャッ!」


 息切れを感じ始めた英斗の足元にレーザー光線が突き刺さる。焼けた地面からは白煙が上がっていた。


「止まったらダメよ! 」

「さぁ二人とも走れーー! そして俺は飛べーー!」

「くっそー!」


 次から次へと発射される熱線。英斗達はモクモクと土煙を上げながら死に物狂いで逃げ回った。



 何故こんな危険な目に遭っているのか。それは今から数十分前のことだった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ドアが閉まります、ご注意ください。」


 4月28日、夕方の5時。

 地下鉄の駅内。

 大学帰りの英斗は、帰宅途中の生徒達や買い物帰りのおばさん達の間を縫うように走り抜けていた。階段を二、三段飛び越してホームに出る。そして、間一髪のところで列車内に走り込……めなかった。無情にも目の前でドアが閉まる。


 無機物に情も何もないんだがな。


 しばらくボーーッとドアの真ん前で突っ立っていたが、発車音で我に帰り、二、三歩下がった。重い腰を上げてゆっくりと去って行く列車を眺めながら、身体中に着いた泥を手で払い落とす。


「汚ったね。早速洗濯しないとだな。」


 どうも先程ゲリラ豪雨が来たらしくあちこちに水溜りが出来ており、それは自身に対する負のスパイラルを呼び起こす要因となった。大学から駅に向かう途中に、猛スピードで自身の前を横切った車の水はねを首から下まで盛大に浴び、駅内に入ろうとしたらその手間ですっ転んで泥まみれになり、極め付けに今さっきの列車締め出し事件。

 ここまでくると、もう笑いすら起こらない。

 自分の肩に疫病神でもついてるんじゃないかと、馬鹿みたいに軽くジャンプして身体を揺する。

 そんなんで去ってくれたら、盛り塩も祈祷師も要らないわな。

 でも、昨日は違ったのだ。寧ろいい事尽くめだったのだ。

 朝、卵を割ったら双子だった。

(英斗は母子家庭で育っており、働く母のために料理を担当している。)

 そして一人で買い物中に好きな芸能人のロケ現場に遭遇。

 一瞬時が止まった。

 ほんで夕方に一円拾ったのだ。

 一円だぞ一円! ゼロとイチじゃ大違いだからな!

 あっ、貧乏人の戯言です。

 結論から言うと昨日の反動が出たのか、今日は超がつくぐらい運が悪いのだ。

 もうね、ブツブツと口にしないと気分が悪くなるくらいなの。

 だが、いつまでもいじけているほど弱い男ではない。


「漫画でも読むか。」


 スマホの電源をポチッとつけ、読みかけのを開く。

 バッテリー残量10パーセント。

 ……もういい、読もう。どうせ帰るだけだし。

 今読んでいるのはファンタジー系の話だ。主人公は異能力を使ってバトルする最強ヒーロー。加えて痛快なストーリー。

 自分も主人公みたいな無敵戦士になりたいと夢見るほどのめり込んでいる。


(だって、最強じゃん、かっこいいじゃん!)


 だが、人付き合いが苦手で大人数で集まる会は極力避けて生きてきたハエくらいのちっこい心臓を持つ自分には、夢のまた夢であろう。

 同窓会の時は圧迫した空気に耐えきれず、トイレで漫画やらスマホゲームやらで時間を潰してたほどだ。


 ガタンゴトン。

 長い回想録に入り込みそうになり、電車が警告音を鳴す。

 英斗は漫画と前を交互に見ながら乗り込んだ。





「ドアが開きますご注意ください。」


 約30分後、目的の駅つまり我が家から一番近い駅にたどり着いた。オンボロ駅ホームには5人もいない。

 田舎だからな。「ド」がつくほどの田舎だ。辺り一面の田んぼ。マイホームから1時間ほど歩いてようやくバス停に着く。バスは2時間に一本あるかないか。

 不便すぎるが大都市の騒音から逃れられる癒し空間として、自分は割と気に入っている。

 薄暗い地下道を通り、階段を上る。蛍光灯が瞬きしていた。

 一ヶ月ほどこの状態なのだが、そろそろ替えて欲しいものだ。せめて夏までには交換して欲しい。この地域恒例の肝試しなんかに利用されたらたまったもんじゃない。


 要するに、お化けが怖いのだ。


 延々と何段も続く、まさに心臓破りの階段。

 エスカレーターの一つでもつけんかいー、なんて文句を垂れながら重い足を動かし、やっと地上に。


(さてと、って……うん?)


 自分の目を疑った。


 道路がない。いや、道すらない。草むらの中にいたのだ。

 いくらド田舎と言えども、地下道へ続く道がないなんてことはないはず。

 っていうか問題はそこじゃない。


 草むらの向こうには大都市? が広がっていた。レンガ造りの建物が並んでいる。猫や犬の耳が生えた亜人のような人々に、ロボット人間。馬車に、空飛ぶ車。

 ファンタジー系とSF系のミスマッチ感溢れる景色。


「?」


 ハテナが頭の上に一杯浮かぶ。

 でも、すぐに頭を切り替えた。


(あっ、駅を間違えたんだ。きっと。)


 現実逃避をして後ろを振り返る。


「んんん!?」


 英斗は目を限界まで見開いた。というのも、さっき上ってきた階段が無いのだ。お化け屋敷に出てきそうな照明の暗いあの階段が。

 まさか幽霊の仕業ではないか、とカタカタと身体を細かく震わせる。


(待て待て、落ち着け落ち着け。)


 スゥーーハーーと大きく深呼吸をする。

 よし、整理しよう。まずここはどこかだが、


(あっ、スマホ。スマホがあるじゃないか。)


 ポケットから取り出し、電源を入れる。


 バッテリー残量1パーセント。

 ……使うんじゃなかった。いや、でも、マップ開くぐらいならできるだろうと、アプリに右人差し指を近づける。

 その時だ。目の端にあの言葉が映ったのは。

 漫画やアニメの登場人物達が遭難した時、スマホを開いて最初に目にするアレだ。

 そう、


「圏外ーー。」


 初めて見た。


(すげぇ、本当に出るんだ……って感動してる暇じゃねぇ!)


 ようやく自分が物凄くヤバイ状況に置かれている事に気がついた。どうやら、見知らぬ別世界ーー所謂異世界ってやつに来てしまったようだ。


 異世界と推測できたのは日頃のファンタジー漬け生活のお陰。


 これは、スマホのバッテリー残量が有るとか無いとかで終わる話ではない。というか、100パーセントあったとしても、この場所では役に立たないただのガラクタに成り下がったであろう。

 漫画は読めるのかな、なんて呑気なことを考えインターネットを開いたその瞬間、


 プツリ。


 ついに0パーセントを迎えた。


「スマホもお先も真っ暗でーーす♪」


 鬱。激しく鬱。

 無理して明るく言ってみたが心が晴れることはなかった。かえって逆効果。

 異世界物語でお決まりの神のお告げは今のところ無し。スキルが身についた感覚も無し。ゲームのステータス画面なんて何処にもありゃしない。

 絶望的である。


 しかし、しょげていても仕方がない。時間がないのだ。夜になるのだ。この世界にも太陽というものはあるらしく、熟れたトマトのような夕日が地平線に沈もうとしていた。一刻も早く安全な寝床を確保しなければ。これからどうするか考えるのはその後だ。とにかく誰かに道を聞くしかないのだが、コミュ障な自分にできるのかと不安を抱える。そうは言っても、モタモタしている暇などない。

 英斗は草むらを抜け出そうと歩き出した。


 と、誰かが草むらでうつ伏せになっているのを発見。頭は道の方を向いていた。こんな時間に草むらに突っ伏しているなんておかしいな、と思っていると、あまりよろしくない考えが横切った。

 青ざめる。


(まさか、死んでいるじゃ……。)


 いやいや、そんな簡単に死人が出てたまるかと思い直し、そしてちょっとした好奇心で近寄ってみた。

 よく見るとうつ伏せになっていたのは色白の女の子だった。肩甲骨辺りまで伸びた髪は、光の束を集めたような金色。歳は……15、16という感じ。紅蓮の二つ、三つ下ぐらいだ。服装は、古代ギリシアの服装? というのだろうか。聖火台の点火式で女性が着ている白色で布製のアレだ。

 肩にはペットだろうか、真っ白な綿のようなセキセイインコがちょこんと座っていた。

 落ちていた枝切れを拾い、先っぽで彼女の横腹をツンツンとつつく。


「あの、生きてますので。」

「おわっ!」


 可愛らしい、落ち着き払った声が返ってきた。紅蓮は不意を突かれ、尻餅をつく。こちらを振り向いた彼女は、神秘的な顔立ちというかなんというか、とにかくどこか気品のある美少女だったのだ。彼女は透き通ったエメラルドグリーンの瞳をパチパチさせ、起き上がれなくなった黄金虫の様に、ガニ股になって腹を見せる無残なスタイルで固まった英斗をじっと見つめていた。


「あ、えっと、こんなところで何してるんですか?」

「静かにして。あと、早くしゃがみなさい。」


 少女は小声で促してきた。


「え?」

「早くしゃがみなさいって言っ、て、る、の!」


 強引に後頭部を掴まれ、顔面を地面に押し当てられる。


「◎¥☆$♪、#&%□*♢$! (何すんだ、息が出来ねぇ!)」

「あら、ごめんなさい。」


 少女の手が頭から離れ、英斗はブハッと空気を肺いっぱいに吸い込んだ。唯一汚れていなかった顔が土まみれ草まみれ。

 この女、ほっそい腕してかなりの怪力じゃねぇか。

 地味に首が痛い。


「あの、なんでしゃがまないといけない……。」

「ちょっと、あんた黙って。」


 言葉を遮られた。

 少しムッとしながら彼女の視線の先を見ると、草むらの向こうにある道路脇に男二人がいるのに気づいた。首を左右に動かしている。人探しだろうか。

 ってか、何が楽しくてこの少女と二人でサバゲーごっこをしてるんだか。


「えっと、彼らがどうかしたの?」

「あーもう、ちっと黙っとれって言っとるだろが!」


 突然、彼女の肩に乗っているあのセキセイインコが一喝した。

 英斗はまだ状況を掴めず呆然とするが、よくテレビで見る言葉を覚えたインコって奴かと思い、まじまじと観察する。

 すると、


「なんや、俺の顔になんかついとるんか? この尻餅野郎。」


 インコが額に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をした。どうやら、ちゃんと意思を持って話しているらしい。


「インコが喋ったぁーーーー!」


 英斗は本日二度目の尻餅をつき、大声で叫んだ。


「しーーっ!!」


 少女が自分の口元に人差し指を当てる。

 その姿のめんこいこと、なんてジジくさいことを思っていると、


「誰かそこにいるのか?」


 男の低いテノールボイスが返ってきた。あの男二人のうちの一人である。男というかロボットだ。二足歩行ロボットがこちらに近づいてくる。

 この時、異世界転移と喋るインコ、あと、迫り来るロボットといった情報が短時間に脳に流れ込んで大混乱していた英斗には、正常な判断という高度な行為が出来るはずもなく、


「あの、寝床を探してます!」


 と勢いよく立ち上がり、馬鹿正直に答えた。


「ア、アホ……。」


 インコは目をまん丸にして止めようとしたが、時すでに遅し。ロボットが英斗の顔を認識し、


「侵入者発見、侵入者発見。」


 と連呼し始めた。目をピカピカと赤く光らせて。しかも、もう一体のロボットが少女とインコに気づき、


「逃亡者発見、逃亡者発見。」


 と、これまた目をピカピカと赤く光らせて連呼し始めた。


 侵入者? 逃亡者? え、なんのこと? もしかしてゲームの話ですか? なんてぼんやりしていると、少女に右腕を強く後ろに引っ張られた。


「逃げるわよ!」

「逃げるって、え、どういうこと?」


 石ころに躓きそうになりながら、彼女の後を走る。


「いいから走れ! このポンコツ!」

「追跡を開始します。」


 インコが余計な一言を吐き、少女の肩から飛び立った。そして、なんの感情もこもっていないロボットの冷たい声。

 直後、背後からレーザー光線が発射される。すぐ横の草が焼き払われた。


「ーーっ。」


 人ってのは自分のキャパを超える出来事が起こると、声が出なくなるらしい。顎が外れるぐらい口をあんぐり開けて、荒野と化した草原を凝視する。

 逃げないとまずいことくらいすぐにわかった。


「いいって言うまで逃げなさいよ!」

「ヒーーーーッ!!」


 言われるまでもなく、彼女の手から自身の右腕が解放された英斗は脇汗、冷や汗、額汗をかきながら、そして歯を思いっきり食いしばって、小学校の徒競走以来の全力疾走を開始したのだった。


 そして冒頭に戻るのである。































































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