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7話

(……どうする?)

 暴れ狂うジン・スカシペスの豪腕と尾の猛攻を掻い潜り、私は思考を巡らせる。

 選択肢は二つ。クエストリタイアして逃げるか。それとも、このまま続行して戦うか。

 所詮、どんなにリアルでもゲームの世界だ。ここはシステムバグで生まれた空間だけど、コマンドメニューは正常に動作している。システム不備のログを運営に送信して、ログアウトすることだって可能だ。

 それなのに。

(なんで……?)

 アバターの自分は逃げようとしていない。気がつけば、その動きを観察し、アイテムポーチをまさぐり__自分にはあまりにも無謀な巨敵を倒すための策を練っている。いつもスカシペスを狩る時みたいに。

 そこにはまるで自分以外の意思が入り込んでるような気がした。

「……! あっ……!」

 不思議な感覚に気をとられ、ハッとした。

 でも、目の前の光景に気付いた時にはもう遅い。直線上にあるスカシペスの尾がピンと天に向けって逆立ち、こちらにその大きな尻を向けている。

 転瞬、巨大な爆発音と共に放たれる屁は、もはや暴風に等しい。数メートルぶっ飛ばされて、近くの巨木に背中を打ち付ける。

「……ははっ、すっご」

 思わず漏れたのは乾いた笑いだ。

 咄嗟に左腕の盾で急所をガードしたが、この装備では防御力などたかが知れている。今の一撃で体力ゲージは3分の2以下に減ってしまった。あまりにも理不尽な力の差だ。

 ジン・スカシペスは放屁の反動が足腰に来ているのかゆっくりと立ち上がり、どこかスッキリした顔でこちらを見てくる。鞄の中の回復ポーションをまさぐりながら、じりじりと近づいてくるその巨影を見上げた。


__さすが、キャリア女子は違うなぁ

__本当、尊敬します

__私も元気なうちに孫と遊びたいわねぇ

__本当の君がよくわからないんだ


 ふと脳裏に浮かび上がるのは、ここ最近起きたできごとと周囲の声。

 だけど、ジン・スカシペスの満足げな顔に重なったのは、どこか嘲笑が見え隠れするような気がした周りの人たちの顔じゃなくて……いつも疲れて、ため息ばかり漏らしている自分の顔だった。

(何が……)

 何が目指している場所にいるのかもしれないだ。

 私は何一つ変わってない。根本では何も成長できてない。

 他人の目、世間体、立ち位置。それが社会を、自分を、支えている。いや、支配している。

 だから、みんな我慢している。私だって、そうだ。

 そうだった。

 けど。だけど……もう! 我慢できない!


「どいつも……! こいつも……!」


 私含めて!


「いっぺん死ぬっ!!!」




(……どうする?)

 回復ポーションが入った鉄筒は変形し、中身が溢れ出ている。翡翠色に輝く液体をがぶのみすると、なんとか打ち付けた背中の痛みは止まったが、あくまで応急処置だ。体の傷まで完全に回復する訳ではない。

 なんとか動けるようになった体を翻し、背後にあった深い森の中へ駆け出す。だが、姿をくらましたところで時間稼ぎにしかならない。さっき放屁をまともにくらった影響で頭をくらくらさせるほどの臭いがまとわりついているため、体力が切れるのは時間の問題。このままでは逃げても見つかってしまうだろう。

 選択肢は二つ。あの空間に繋がる洞窟まで逃げるか。それとも、このまま戦うか。

 後者はあり得ない。危険度最上位の災害級ドラゴンに対し、こんなコンディションだ。そもそも雑魚しか相手にしてこなかった駆除業者の自分に勤まる相手ではない。それに、クエストの内容はあくまでスカシペスを含めたの雑魚の討伐。わざわざ危険をおかさずとも、このまま帰って後1体適当なやつを狩れば成功。最悪、失敗したって大した痛手じゃない。

 それなのに。

(なんで……?)

 頭では理解しているはずのに、心身は逃げようとしていない。気がつけば、走りながら刃を研ぎ、使える罠や投擲武器の種類を確認し__自分にはあまりにも無謀な巨敵を倒すことを諦めていない。いつもスカシペスを狩る作業にも似た狩りとは全然違うのに。

 そこにはまるで自分以外の意思が入り込んでるような気がした。

「……! くそっ……!」

 不思議な感覚に体に背を押され、逃げるのをやめる。追ってくるジン・スカシペスの下から突き上げられるような足音に揺られながら、息を整えるために草陰に隠れる。

「……馬鹿みたいだ」

 思わず漏れたのは乾いた笑い。

 強大すぎる敵だ。ハウンダーなら、相手との力量を見極め、逃げるのは別に悪いことじゃない。むしろ正しい判断だろう。自分だって今までそうしてきた。

 ジン・スカシペスは鼻面を上空に向け、スンスンと鼻を鳴らす。それを見て目眩まし用の投擲雷光弾を左手に握りしめて草陰から飛び出す。

 そして、自分にはあまりにも釣り合わない獲物と真正面から向かい合い、みすぼらしい剣を突きつけた。


__雑魚専門の駆除業者だよ

__こんな辺境じゃなきゃ俺だってなー

__しみったれた仕事やな~。もっと大物を狩ってこんかい


 ふと脳裏に浮かび上がるのは、ここ最近起きたできごとと周囲の声。

 だけど、ジン・スカシペスの挑発するような顔に重なったのはどこか嘲笑が見え隠れするような気がする周りの人たちの顔じゃなくて……成すべきことも、やりたいこともわからず、ただ先への不安に怯える自分の顔だった。

(誰が……)

 辺境の駆除業者だ!

 何がしみったれた仕事だ!

 スカシペス相手の狩りだって手を抜くことなくやってきた。これだけは誰にも負けぬように、ハウンダーの誇りにかけて。

 世間では嘲り、笑われるような仕事だということはわかっている。

 誰よりも自分がわかっていた。

 けど。だから……もう! 我慢できない!


「来いよ……! スカシペス……!」


 お前を倒して!


「850体目だっ!!!」




(私は)

(俺は)

 何と戦っている?

 同僚と顧客? 同業者(ハンター)

 社会? 世界?

 仕事? ドラゴン?

 それとも__自分自身?


たぶんそのどれも正しくて、どれも違う。

正解なんていくら悩んでも一向に出てこない。


「私の目の前にっ!」

「俺の行く道にっ!」


だから__


「「突っ立ってんじゃねえ!!!」」


 目の前の現実? この世界の謎? 先の見えない未来? 誰かの意思?

 そんなのどうでもいい!

 ただ! 今やりたいことは! こいつをぶっ飛ばす!!!

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