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2話

 人っていうのはおかしな生き物で、狩りで見てきたどんなドラゴンやモンスターよりも珍妙だと思う。

 誰かに操られた人形みたいに動き回り、突然止まったかと思えば、何事もなかったのように誰かと会話する。まるでそこに自分の意思はなく、自分でない誰か……世界の大きな流れに心身を動かされているような、そんな感じだ。

 だからだろう。活気賑わうギルドの依頼斡旋広間にはたくさんの人がいるのに、本物の人間が一人もいないような気がするのは。

(いや……)

 それは自分も同じだ。

 時折、空っぽの自分に気づき、自分自身が誰なのかわからないような気がする時がある。

 そして、そんな時、決まって沸き起こるのは一つの衝動。

 スカシペスを狩りたい。

 いつからかわからない。だが、なぜか込み上げる気持ちに突き動かされ、俺は今日も彼らを狩る。

 イェガは厚革でできた防臭マスクに手をかけながら風下の草陰にじっと身を潜め、駆逐対象たちが近づいてくるのを待った。

 スカシぺス__闇夜に紛れる灰褐色の鱗と縦縞の白い毛が特徴のドラゴンだが、月夜に照らされたその体躯は犬ほどの大きさ。竜というより大き目の蜥蜴にも見えるくらいだ。生臭い臭いが夜風に乗り、依頼先の農場に満ちる。彼らは黒い水をまとったかのごとく湿った鱗を全身に持ち、脚を腹につけ泳ぐように地上を蛇行し、敵や獲物を見つけるとすかさず四肢を立ち上がらせて猛スピードで突進してくる。だが、その前後脚には鋭い爪も、口元には巨大な牙もない。主に芋類や屍肉を食らう雑食性のため、狩りには特化していないのだ。だが、自分より小さな相手や弱っている獲物には集団で襲いかかり、自分たちより強いドラゴンが来る前にたいらげてしまう。

 そんなお世辞にも強いとは言えないドラゴン。彼らの武器は屁だ。

 屁。おなら。腸内菌により食物が発酵し、分解される生体ガス。頭よさそうにいってみたが、そう、おならである。それも汚物を1年間かけてたっぷり熟成させた毎年過去最高のできを更新するワインのような素晴らしい腐臭だ。

 要するにめちゃくちゃ臭いのである。その上おならだけではなく血肉も似たような臭いを発するため、討伐などしようものなら、もれなく彼らの臓腑がついた武具は洗ってもなかなかとれない臭いを振り撒き続ける。鼻がもげるようなその悪臭に耐えれる余程の精神力がなければそのまま廃棄することになる。弱い割には駆け出しの新人ハウンダーですらやりたがらないのには、そういった事情からだった。

 依頼主の牧場では命の危機を敏感に感じ取っている野山羊(ヤマン)が群れの真ん中に子供たちを置くように身を寄せ合い、警戒した鳴き声を発している。その群れを闇の中にうごめくスカシペスが取り囲むように徐々に距離を詰めていく。シー、シー、と金属を打ち鳴らしたような独特の威嚇音を発し、そして__最も大きい一匹が群れの中心にいる子ヤマン目指し、彼らの足元をすり抜けようとした時だった。

「かかった」

 ひゅんと、闇の中に何かが走る音がした。

 瞬間、スカシペスは甲高い悲鳴を上げる。その右前足は闇夜に紛れやすいように黒く塗装された縄が巻き付いている。臭いでわからぬようヤマンの血を染み込ませた跳ね上げ式のくくり罠だ。やがて、同じような甲高い声が上がり、スカシペスはヤマンの群れへの突入を躊躇する。

 その一瞬のためらいが、命取りだ。

 再び闇の中を走る鋭い風のような音がした。それは最も外側にいたスカシペスの脳天を直撃し、その頭蓋を真っ二つに割る。血を吹き出しながら痙攣し息絶える頭にあるのは、使い捨てを前提とした安物の投擲ナイフだった。

「833体目」

 スカシペスたちは即座にナイフが飛んできた方を振り向く。

 腰にかけたランタンが揺れ、草むらを踏み分ける足音が聞こえる。一人の人間。それも貧弱な装備をした若者がこちらに向かってくる。それを見て、イェガが自分たちの獲物となり得る雑魚のハウンダーと認識したのだろう。ランタンの光に目がけて、罠にかかっている個体を除いた5体がいっせいにこちらへ走ってくる。

 だが、彼らは知る由もない。イェガがわざとこちらに走らせるために光源を見せつけ、自分の姿を闇夜にさらけ出しているのを。

 2体が甲高い叫び声をあげ、絶叫した。その体は小刻みに痙攣を繰り返し、麻痺していた。小型の麻痺罠だ。効果時間は短い安物だが、スカシペス程度ならこれで十分だ。

「834体目」

 首元の柔らかい部位を右片手の剣で容赦なく掻き切り、返す刀で近くにいたもう一匹の急所を突き刺す。擬死を装いこちらが油断した後に飛びかかってくる個体もいるため、止めを刺す際は必ず急所を狙う。それが難しい時は足を狙い動きを止めて確実に仕留める。そうすればスカシペスはいとも簡単に狩れる。

 容赦などない。情けをかけた瞬間、やられるのはこちら。狩りとは、そういう命のやり取りだ。

 先ほどまでの威勢はなく、スカシペスはこちらに踏み込むのを警戒している。まだ罠が残っているかもしれないと学習しているのだ。

 彼らの動きが鈍ったところでイェガは狩りを次の段階に移す。こちらからわざと前に進み、少なくとも自分の歩く前方の狭いスペースには罠がないことを示してやる。

 それを見た瞬間、スカシペスは真正面から一体ずつこちらに飛びかかってくる。

 尻を相手に向けた後ろ向きでの突進。そのまま相手の顔面目掛けて跳び、至近距離で放屁をお見舞いするスカシペスの得意技だ。

「836体目」

 飛びかかってくるタイミングを見極め、左腕の盾で防ぐ。そして、そのまま地面に叩きつけ、足で踏みつけて動きを止めると、右手に持った剣を突きつけた。安物の(なまくら)は3匹も切ると研がなければ切れ味が落ちる。強度だけはあるため、そうなれば頭蓋を叩き割る鈍器として使うしかない。

 しかし、後は消化試合だ。本当はもう設置していないのだが、周囲にある幻の罠を恐れ、スカシペスたちは正面からしか襲ってこない。複数で襲われれば危険にさらされることもあるが、一対一では初めて狩りをするハウンダーでも負ける道理はない。その程度のドラゴンだ。

 盾で受け止め、はたき落とし、頭蓋を割る。その繰り返しだった。

「842体目」

 やがて、向かってきたスカシペスを全て片付け、最初のくくり罠にかかっていたスカシペスも漏れなく片付ける。取り漏らすと巣に帰り、罠を学習する個体が出てくるからだ。

 マスクに手をかけ、周囲を見渡す。息がないことを一体ずつ確認し、依頼達成の証拠として死体を回収用の荷台に積んでいく。脅威を取り除いたというのにヤマンたちは相変わらず怯えた目でこちらを見ている。マスク越しなのでわからないが、血肉に染み付いた腐臭のせいだろう。

「ふー」

 革製マスクの中で深く息を吐き出し死体を積んだ荷台を見やる。

 依頼を達成しても、なんの感慨もわかない。まるで作業のような命のやり取り。

 いつからだろう。そんなことを思うようになったのは。

 荷台の上からは、光を失ったスカシペスたちの無機質な目がじっとこちらを見つめていた。

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