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暴君

 男を虜にする可憐で清楚な笑顔はどこへやら。

 そう告げるプリシラの顔は、口角を下げ眉をひそめた、まるでスラム街のごろつきがするような悪辣な表情だった。



「申し訳ありません。今は手持ちのお金がなくて」


「はあ? 金しか取り柄のないアンタが金もなかったら何が残るっていうのよ。いいから有り金全部出しなさい。ほら、早く!」



 仮にも今は貴族であるプリシラがなぜこんなにも金に執着するのか。

 それにはとある理由があった。


 幼少期に親に捨てられたプリシラは、スラムで暮らす浮浪児だった。

 毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際だったプリシラが、そこで学んだことは二つ。

 神様は決して弱者を救ってくれないということと、世の中は金がすべてということである。


 ゆえにプリシラは目に入る者はすべて欺き利用した。

 残飯を漁る同じ立場の浮浪児を。

 浮浪児である自分を拾ってくれた孤児院のシスターを。

 孤児である自分を引き取りに来た貴族の男を。

 学園に通う馬鹿な貴族の子息達を。


 持ち前の器量と強かさに、愛らしい容姿があれば、それは実に簡単なことだった。

 そしてそんなプリシラにとって、国内でも屈指の金持ちの貴族の娘であり、皆からいじめられて庇護を必要としているアムネジアは、絶好のカモであった。



「まったく、仕方ないわね。じゃあ現金じゃなくてもいいわ。なんでもいいからなにか金に変えられるもの出しなさいよ。今日はそれで我慢してやるから」


「そうは言われましても――」


「アンタあたしに口答えできる立場? いいから黙ってよこしなさいよグズ」



 最初こそアムネジアに優しく接していたプリシラだったが、味方が誰一人いないアムネジアの状況を把握すると、すぐさま本性を表して、いじめから守ってやる代わりに金をよこせと言い寄った。


 もし仮にアムネジアが自分の本性を周囲にバラしたとしても、それを信じる者など誰もいない。そんな打算があっての行動だった。



「――ああ、これがいいわ」



 プリシラがアムネジアの首からネックレスを強引に奪い取る。

 アムネジアはその様子をいつもよりわずかに開いた目で見ていたが、何も言わずに再び目を閉じた。



「とっても綺麗……こういうのはね、ちゃんと物の価値が分かるあたしのような人間にこそふさわしいの。アンタみたいななんの努力もせずに、ただのうのうと自分に与えられた物を享受するだけの無能にはもったいないわ」



 うっとりとした表情でネックレスを身に着けたプリシラは、口角を吊り上げた意地の悪い顔をアムネジアに向けて口を開く。



「というわけでこれは頂いていくわね。これ一個で服を剥かれずに一生の恥を欠かずにすんだのだから安い買い物でしょ?」


「……はい。ありがとうございました、プリシラ様」



 淡々と笑顔で答えるアムネジアにプリシラは眉をしかめた。

 だがアムネジアがたとえ何を企んでいようが、所詮は箱入りお嬢様の考えるぬるい謀など、過酷な人生を生き抜いてきた自分ならどうとでもできると考えて、気にしないことにした。



「そうそう、アムネジア様。確か今日はフィレンツィオ様に呼び出されているんですよね?」


「そうですが、なぜプリシラ様がそのことをご存知なのでしょうか?」



 首をかしげるアムネジアにプリシラは悪意に満ちた笑顔を浮かべて言った。



「だって、フィレンツィオ様にアンタをここに呼び出すように言ったのは――あたしだもの」


「……え?」



 その直後、会場の入口の扉がバーンと大きな音を立てて開かれる。

 何事かと周囲の視線が集中する中、赤茶色の髪をした目つきの鋭い、端正な顔立ちの若者が、豪奢なタキシード姿で会場に入ってきた


 彼を見るなり子息や令嬢達は皆、慌てて道を開け、頭を垂れる。

 そして次々にへりくだった挨拶の言葉を口にした。



「ご機嫌麗しゅう、フィレンツィオ様!」



 彼の名はフィレンツィオ・フォン・ベルスカード。

 この国、ベルスカード王国の第二王子である。

 フィレンツィオは頭を垂れる周囲の者達を見下すと、フンと鼻を鳴らして自分のために開かれた道を尊大な態度で歩いていく。


 その間は誰一人として顔をあげることは許されず、ささやき声を漏らすことすら許されない。



「おい貴様」


「は、はい!」



 頭を下げていた背の高い子息が一人、フィレンツィオに声をかけられた。

 フィレンツィオはつまらなそうな目で彼を一瞥した後、床を指差して言った。



「地面に這いつくばってうつ伏せになれ」

今日も夜にもう一話投稿予定です

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