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想定外

「ギャアアアッ!? グギィイイイ!?」



 エルメスの最早人間とも思えぬ絶叫が辺りに響き渡る。

 身体中から血煙を湧き上がらせて全身に火傷を負ったエルメスは、ついに力尽きたのかうつ伏せに倒れた。

 それを見た生徒達は全員で喝采をあげる。



「やった! やったぞ! 俺達が吸血鬼を倒したんだ!」


「ざまあみなさい! アンタ達みたいな化け物にこの国を好きにさせるものですか!」



 笑い声を上げ、異様な熱狂を見せる生徒達に、駆け寄ってきた衛兵や貴族達は戸惑った。

 そんな中、ガストンは生徒達の輪の外から時折垣間見えるエルメスの無残な姿を目の当たりにして、真っ青な顔で頭を横に振る。



「違う、違う違う違う! あれはエルメスではない! 我が娘が吸血鬼などと、そんな馬鹿なことがあるわけがない……!」



 現実から目をそらそうとするガストンに、瀕死のエルメスが手を伸ばした。

 助けを乞うように伸ばされたその手は、弱々しく震えている。

 ガストンは自分に向かって這い寄ろうとしてくるエルメスの姿に、後退りした。



「やめろ……来るな、私に近寄るなあ!」



 その言葉に反応して、エルメスはガストンの方にゆっくりと顔を上げた。

 焼け爛れたその顔に、かつて夜会の女王と呼ばれていた頃の高貴で美しい面影はない。

 そこにあるのはただ醜く朽ち果てた化け物の成れの果てであった。

 それでもエルメスは自分の父であり、この場で唯一の味方だと思っているガストンに声を上げる。



「おどウザ、まァ……ダズげ、デ……」



 ガストンは手を振り払って必死の形相でさけんだ。



「だ、黙れ! 化け物が我が娘の名を騙るな! 死ね! 死んでしまえ! 吸血鬼が!」



 ガストンの手に魔力が集まり風が刃を形作る。

 しかしそれが放たれる前に、衛兵達がガストンを取り囲んだ。

 ガストンは魔法の発動を止めると、取り囲む衛兵達を見回して狼狽する。



「き、貴様ら! なんのつもりだ! ネェロ家の当主である私に無礼な振る舞いをするということがどういうことか、分かってやっているのだろうな!」


「――そこまでだ、ガストンよ」



 衛兵達の間から王が歩み出てきた。

 眉根を寄せて険しい顔をした王は、ガストンに向かって口を開く。



「ガストン・ヴィラ・ネェロ。娘が吸血鬼だと分かっていながら、その行いに加担したと思われるお前には今、国家反逆罪の疑いがかかっている。よってその身柄を拘束させてもらう」


「なっ!?」


「取り押さえよ」



 ガストンは衛兵達に両腕を捕まれ、取り押さえられた。

 振りほどこうと必死に抵抗しながら、ガストンは王にさけぶ。



「濡れ衣だ! まさかあんな化け物が本当に我が娘だとでもいうのですか!? それにあの小娘と王子の発言にもなんの証拠もない! ただのでっちあげだ! このような不当な逮捕、断じて容認できるものではない! ええい、離せ!離さんか、下郎共!」



 暴れるガストンに衛兵達が困惑の表情で王を見る。

 王としても今この場で起こっている事態に関しては、引っ掛かりを覚えていた。

 今まで散々黒い噂が立ちながらも、表立って糾弾されることすらなかったネェロ家が、突然断罪されたこと。


 娘がやったこととはいえ、ありえない失態の数々が暴露された挙句、当の本人が吸血鬼だったというこの結末。

 なにもかもがあまりにもできすぎていた。

 まるで誰かの筋書きによって、この場にいるすべての人間が踊らされているかのように。


 ゆえに王はガストンをこのまま捕まえても良いものか躊躇した。

 そこへ、静かにアムネジアが歩み出てきて言った。



「それでは私がガストン様の罪を証明して見せましょう――この真実の瞳で」



 アムネジアの言葉にガストンは冗談ではないと怒鳴りかける。

 この状況にガストンを追い込んだアムネジアが、満を持して今出てきたということは、罪を確定させる自信があるということだ。

 そんな者の好きにさせては、本当にこのまま断罪されかねない。


 しかしガストンはそこで怒りの罵声を飲み込んだ。

 ガストンは当然真実の瞳の力を知っているし、見たこともある。

 自らを破滅に追いやる可能性があるその力を恐れたガストンは、秘密裏に様々な文献を調べ、同系統の目を使う特殊な魔法を研究した。


 その結果、真実の瞳はいわゆる魔物のみが扱える、精神に作用し行動を操る魔法の目――魔眼と同じ類の物であろうということに見当をつけていた。

 ゆえに、ガストンは大金をはたいて手に入れたミスリル製の指輪を、常に肌身離さず身につけている。


 これは今は絶滅したと言われる魔物の魔眼や精神に作用する魔法に対して絶大な耐性を持っていた。

 ガストンとて実際に魔物の魔眼を受けたことなどない。

 だが、この追い詰められた状況を打破するには、甘んじて真実の瞳を受けてアムネジアの決め手を断ち切るしかなかった。



「良かろう。やってみよ。しかし、もし私が瞳の力を受けてなお、なんの罪も証明しなかった場合、貴様は宰相である私を貶めようとした罪で極刑に処す! 良いな!」



 自信満々な口ぶりでガストンがアムネジアと対峙する。

 アムネジアはそんなガストンを無表情で見返すと、目を閉じた。

 そしてゆっくりと、真紅に染った両目を見開く。

 そんなアムネジアに対してガストンは馬鹿にしたように嘲笑を浮かべて言った。



「さあどうした! 私に語らせてみよ! ありもしない真実とやらを、な――!?」



 目を見開いてガストンが固まる。

 最早ガストンは、指一本満足に動かすことができなかった。

 真実の瞳の支配によって。

 ミスリルの指輪では真実の瞳は防げないのか?

 そんな考えが頭をよぎり、ガストンは表情に絶望の色をにじませる。


 それでも諦めてなるものかと、ガストンは唯一自由に動かせる目で何かできることはないかと周囲を見回した。

 すると視界の端で、一人の顔色の悪い衛兵がニヤニヤしながら自分を見ていることに気がついた。

 ガストンは知る由もない。彼の正体がアムネジアに仕える首だけの魔物、デュラハンであることを。


 彼――ダリアンは、口になにか光る小さな装飾品のような物をくわえていた。

 目を凝らしてそれを見たガストンは、身体中から血の気が引く。

 ダリアンがくわえていたもの、それは。

 ガストンが肌身離さず身につけていたミスリルの指輪だった。



「ガストン・ヴィラ・ネェロ。貴方は娘が吸血鬼だということを知りながら彼女の計画に加担し、また、自らの保身や私利私欲のために私を殺そうとしましたね?」



 アムネジアの言葉に、ガストンは意志とは無関係に口を開く。

 ミスリルの指輪による精神耐性がない今、ガストンに魅力の魔眼を防ぐ手立てはなかった。



「――その通りだ。今日皆の前で語られたアムネジアとフィレンツィオの告発はすべて事実である。私がすべての黒幕だ」

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