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乾杯

「おおエルメスよ! 心配したのだぞ!? 一体これはどういう――」



 駆け寄ろうとしたガストンが足を止めて顔をしかめる。

 うずくまったエルメスは、明らかに様子がおかしかった。

 制服は破れ、小刻みに震え、全身に血を浴びている。

 それだけでもまともな様子ではないが、それ以上におかしいのは彼女の髪と肌の色だった。


 金髪だった髪は色素が抜け落ち、肩口までが白に染まり。

 元から白かった肌は最早白を通り越して青白くすら見えた。

 そう、まるでアムネジアのように。

 ガストンはおそるおそる言った。



「お、お前は……本当にエルメス、か?」



 ガストンの声にエルメスが身体の震えを止める。

 それを見て、傍に立っていたエルメスの取り巻き二人が、顔面蒼白で後退りした。



「な、なんで……なんで生きてるのよぉ?」


「わ、私達の目の前で死んだのに……私達が殺したはずなのに……!」



 取り巻き達は信じられないという顔で、フルフルと左右に頭を振る。



「はーっ、はーっ、はーっ!」



 呼吸に合わせて肩を上下に動かし、荒い息を吐きながら。

 エルメスはゆっくりと立ち上がった。

 彼女は取り巻き達を視界に捉えると、もごもごと口元を動かしながら不明瞭な声で言った。



「オマエたチ……よぐも……ウラギッて、くれだわネ……!」


「ひいっ!?」



 取り巻き達二人が悲鳴をあげて腰を抜かす。

 乱れた前髪から垣間見えるエルメスの目は血走り、真っ赤に染まっていた。

 開かれた口からは、収まりきらない程に尖った犬歯が突き出している。


 エルメスは口の端から唾液をこぼしながら、周囲の生徒達には目もくれずに取り巻き達に近づいていった。

 取り巻き二人は尻餅をついたまま後ろを振り向き、必死の形相で生徒達にさけぶ。



「だ、誰か! 誰か助けてえっ!」


「こ、殺され――」



 手を伸ばして助けを求めた取り巻きの一人に、背後からエルメスが飛びかかった。

 野生の獣を思わせる俊敏さに、周囲が驚愕の表情を浮かべる。



「ぎゃっ!?」



 エルメスに飛びつかれた取り巻きの生徒が、床に身体を押し付けられて苦悶の声を上げた。

 エルメスは彼女の背中に馬乗りになると、口を大きく開けてさけぶ。



「シャアアアッ!」



 蛇のような奇声をあげたエルメスは、勢いよく取り巻きの生徒の首筋に噛み付いた。



「ひぎゃあああっ!?」



 噛まれた生徒の口から絶叫がほどばしる。

 深々と犬歯が突き刺さった彼女の首筋からは、大量の血が吹き出した。

 エルメスはその血を喉を鳴らしながら嚥下していく。


 あまりに現実離れしたその光景に、会場にいるすべての人間は、まるで時が止まったかのように絶句した。

 しかし、そんな状態が長く続くはずがない。

 目の前に突然、人間の姿形をした恐ろしい化け物が現れて、生徒を襲っているのだ。


 次の瞬間には誰かの悲鳴が響き渡り、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。

 そして我に返った男子生徒の一人が、エルメスを指差して言った。



「きゅ、吸血鬼だ……まさか、本当に現れるなんて!」



 その生徒は若干の怯えこそあるものの、パニックや恐慌状態にはならず、明らかに平静を保っている。

 さらに他の生徒達も互いに顔を見合わせて言った。



「エルメス様の言っていた通りだわ」


「パーティーが盛り上がった頃に、貴族諸侯が見ている前で吸血鬼を晒し上げるってやつだよな?」



 エルメスはあらかじめ卒業生達にとある手紙を回している。

 そこにはこう書かれていた。

 アムネジアは吸血鬼であることが分かった。

 私達を騙し、貴族を騙し、あろうことか王子の婚約者になって国を乗っ取ろうとしたその罪は許し難し。


 よって、私はあの女を断罪することにした。

 卒業記念パーティーが盛り上がった頃に、貴族諸侯の前で吸血鬼を晒し上げよう。

 醜い吸血鬼を皆の手で浄化してやるのだ、と。



「吸血鬼っててっきりアムネジアのことかと思ってたけど……あれってエルメス様ご本人じゃ……?」


「なんでエルメス様は自分自身を晒し上げるなんて言い出したんだ? 自殺願望があったようには見えなかったが」


「どっちでもいいでしょ、そんなこと」



 女子生徒の一人が生徒達の疑問の声をさえぎって前に出る。

 その手にワイングラスが握られていた。

 ワイングラスの中には銀が溶けたワインが入っている。

 エルメスが手を回して、卒業生達全員に給仕から手渡された物だ。


 吸血鬼が現れたら、その毒を振りかけるようにと書かれたメモと共に。

 女生徒はメモを握り締めると、嗜虐的な笑みを浮かべて言った。



「あれがアムネジアだろうがエルメスだろうが、吸血鬼の時点で――私達人間の敵よ」



 彼女は男爵家の令嬢であり、以前エルメスに家柄を馬鹿にされ、強い恨みを持っていた。

 ゆえに、エルメスが吸血鬼だったことで、行動をためらう生徒達の中、彼女だけは。

 これを好機とばかりに、率先して行動した。



「醜い吸血鬼に、断罪を!」



 女生徒がグラスに入ったワインをエルメスの頭に投げつけた。

 取り巻きの血を吸うことに夢中になっていたエルメスは、ワインをまともに浴びて絶叫した。



「ギャアアアアアアア!?」



 取り巻きから離れてエルメスが床をのたうち回る。

 ワインを振りかけられたエルメスの頭からは、大量の血煙が上がっていた。

 それはワインに入っていた銀で溶けた、エルメスの血が沸騰した物である。

 エルメスが苦しみもがく様を見て、貴族諸侯もようやく正気に戻ったのか一斉に騒ぎ出した。



「だ、誰か! 誰かそこにいる化け物を殺せ!」


「衛兵は何をしている! 私達にそこの化け物を近づけるな!」



 その言葉で会場の各所で呆気にとられていた衛兵達も、我に返り駆け寄ってくる。

 ガストンは自分の娘の変わり果てた姿に、呆然とその場に立っていた。

 そんな中、アムネジアに操られたフィレンツィオが、生徒達を扇動するようにさけぶ。



「何をしているお前達! 先の者に続け! 他の誰でもなく、これから国を守っていく俺達の手で、人心を惑わすこの醜い吸血鬼を断罪するのだ!」



 フィレンツィオの言葉にまだ迷いを見せていた生徒達は、意を決したかのようにうなずいた。

 彼らは次々にワインを手に取って、未だに床にうずくまり苦悶の声をあげているエルメスの下に集まっていく。

 フィレンツィオは生徒達がエルメスの周りを囲んだのを確認すると、視界の隅にいるアムネジアに目配せをした。


 アムネジアは目を細めて小さくうなずく。

 それを合図にフィレンツィオはワイングラスを掲げて高らかに宣言した。



「さあ銀のワインを掲げよ! 今日は俺達が成人し、初めて国のために正義をなす記念すべき日だ! 乾杯(プロージット)!」


乾杯(プロージット)!」



 生徒達の声が響き渡る。

 そして大量のワインが、エルメスの頭上に降り注いだ。

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