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逆上

 フィレンツィオは舞台役者のような大仰な素振りで腕を払ってさけぶ。



「俺はアムネジアを助けようと駆け寄った! 生徒達は俺を見て慌ててナイフを放り捨てたよ。王子である俺を敵に回したくなかったんだろうな。だが、エルメスは違った!」



 汗を額に滲ませた迫真のその表情は、見る者にそれが真実であるかのように錯覚させた。



「焦ったあの女はあろうことか! ネェロ家子飼いの暗殺者を使って、俺を含めたその場にいる全員の口封じを測ったのだ! 自分の悪行が露見するのを恐れてな!」



 生徒達が再びざわめいた。

 まさか自分達の友人の誰かが巻き込まれたのではないかと。



「俺は必死に剣を振るい、辛くも暗殺者達を返り討ちにできたが……女生徒達は抵抗することもできずに殺された。ホールを出て東の方にある一番奥の空き部屋に行ってみるが良い。そこの廊下や部屋の中には、今も生徒達の無残な亡骸が残されているだろう。ネェロ家の家紋が刻まれた剣を持つ、暗殺者共の死体と共にな!」



 フィレンツィオが鞘から刃こぼれした剣を抜いた。

 そこには今付着したばかりのまだ乾いていない血がこびりついている。

 それを見て、生徒達の親である貴族達もいよいよ顔を青ざめさせた。


 馬鹿王子で有名なフィレンツィオが狂言でも言い出したのかと楽観視していたのに、突然話が血生臭くなってきたからである。

 フィレンツィオは剣を床に突き立てて言った。



「暗殺者を切り伏せた後、俺はエルメスに剣を突きつけた。愛するアムネジアを殺そうとし、女生徒達を扇動した挙句、自分の保身のためだけに殺したエルメスを、俺は許せなかったからだ!」



 フィレンツィオがぎり、と歯を噛み締める。

 そしてガストンを指差してさけんだ。



「焦ったエルメスは命乞いをしながら俺に言った! すべてはネェロ公爵、貴方の差し金だったと! 自分は貴方に言われてアムネジアを虐待し、自殺まで追い込むように指示されていたのだと! アムネジアが持つ真実の瞳によって、いつか自分の悪事が表沙汰になることを恐れてな!」



 貴族達が顔をしかめてガストンの周囲から後ずさる。

 フィレンツィオの言うことをすべて真に受けたわけではない。

 ただ彼らは巻き込まれたくなかっただけだ。

 この降って湧いたような断罪劇に。



「エルメスが勝手にやったことだ、などという言い訳で逃げられると思うなよ! この国の貴族ならば誰しもが知っている! 貴方がいたる所に鳩という名のスパイをばら撒き、常に情報を集めていることをな! そんな貴方が自分の娘であるエルメスのやっていたことを知らぬわけがない! 黒幕は貴方だ、ガストン・ヴィラ・ネェロ!」



 ガストンに背を向け、フィレンツィオは両手を広げた。

 その場にいる全員を見回したフィレンツィオは、声高らかに宣言する。



「父上、貴族諸侯! そしてこの場にいるすべての者達よ! 今この場を持って、決を取りたい! 我が婚約者を殺害しようとしただけでなく! 悪徳の限りを尽くし! 数えきれないほどの者を卑劣に殺めた邪悪な一族、ネェロ家を断罪する決を! さあ、今こそ正義の鉄槌をこの悪人に――」



 フィレンツィオの言葉をさえぎるように、彼の傍のテーブルが風の刃によって粉々に砕け散った。

 目を見開いて固まったフィレンツィオは、恐る恐るガストンに振り返る。

 そこには片手を前方に突き出し、魔法を放ったガストンが、怒りの形相で立っていた。



「黙りおれ、小童が……!」



 あまりの怒りに肩を震わせながら、ガストンが足を踏み出す。

 ガストンの魔法の力を見たフィレンツィオは、先程までの威勢はどこへやら口をモゴモゴさせて後ずさる。

 それも仕方ない。なぜなら先程までの演説はすべてアムネジアによって言わされていたものだったからだ。


 しかしそんなことは知らないガストンは、フィレンツィオを憎しみの目で睨みつけながら皆の前に歩み出る。



「先程からこちらが黙って聞いていれば思い上がりおって……エルメスがそこの小娘の殺人を試みた? 暗殺者を使って口封じ? 極めつけはこの私がすべての黒幕だから、断罪するだと?」



 目を大きく見開いてガストンがさけんだ。



「何一つ確固たる証拠もなく! 戯言ばかり口にしおって! ふざけるのも大概にせい! 跳ねっ返りのガキ共がぁッ!」


「ひいっ!?」



 大音声に空気が震えた。

 あまりの迫力にフィレンツィオが腰を抜かしてその場にへたり込む。

 周囲の生徒達も思わず顔を引き攣らせて、後ずさった。

 ガストンはそんな生徒達の中で手近な男子を睨みつける。


 睨まれた生徒はビクっと身体を震わせて視線をそらした。

 しかしガストンはそれに構わず、生徒に歩み寄ると恫喝するように口を開く。



「……貴様。エルメスが虐待を行っていたというのは本当か?」


「えっ……その、ぼ、僕は……」


「本当かと聞いている! 答えんか!」


「し、してませんっ! え、エルメス様は何もしていませんっ!」



 生徒が涙目でさけぶとガストンは満足したようにうなずき視線を外した。

 そして次はその隣にいた女生徒を睨みつけて怒鳴る。



「エルメスにアムネジアを虐待するように指示を受けたか?」


「ひっ!? う、うけ、うけて……」


「はっきり答えんか!」


「うけてまひぇん……うぐっ、ひぐっ……」



 女生徒がへたり込んで号泣しながら答えた。

 ガストンはさらに次へ次へと、生徒達全員に同じような質問を繰り返していく。

 エルメスは当事者だったのか。

 エルメスに命令を受けたのかと。


 歳若く生温い環境で育ってきた貴族の生徒達は、ガストンの剣幕とその背景にあるネェロ家の権力に怯えて、皆がエルメスの関与を否定した。

 ひとしきり生徒達への恫喝を終えたガストンは、アムネジアに向き直るとニヤけた表情で口を開く。



「証人は誰一人おらんようだが? あてが外れたな、小娘」



 その言葉にアムネジアは、無表情だった顔の口元をわずかに吊り上げて言った。



「……さて、それはどうでしょう?」

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