演技
指を差されたガストンは、額に血管を浮き上がらせて怒りを露わにする。
しかし王や貴族諸侯の前で怒鳴り散らすのも体面が悪いと思ったのだろう。
無理矢理笑顔を作ると、手を叩いて言った。
「はっはっは。いやはや面白い冗談ですな、フィレンツィオ様。噂には聞いていたが、聞きしに勝るヤンチャっぷりだ」
ガストンに視線を向けられたフィレンツィオが目をそらす。
それからガストンはアムネジアに視線を動かすと、値踏みするような顔で言った。
「それと君は確かツェペル家のご令嬢だったかな? この大勢の上級貴族の前で、宰相である私に啖呵を切るとは中々肝が座っている。一令嬢にしておくにはもったいないお嬢さんだ」
「……」
無表情のまま何の反応も示さないアムネジアにガストンは顔をしかめるも、すぐに気を取り直して表情を引き締める。
両手を広げたガストンは、周囲の貴族や生徒達に訴えかけるように真剣な顔でさけんだ。
「清濁併せ呑む覚悟で宰相という役職をこなしてきた我が家が、多くの言われなき悪評を受けているのは知っている! 私が嫌疑をかけられることも今まで幾度となくあった。それは仕方ないことだろう! だが――」
いかにも娘のために義憤を燃やしている。
そんな口調と表情で、ガストンは押し殺した声でつぶやいた。
「……エルメスがそのようなことをするわけがない。娘は優秀で礼儀正しく、いついかなる時も淑女たらんとする自慢の我が子だ。何の根拠があって糾弾してきているのかは知らないが、度を超えた不当な言いがかりは、例え君達が第二王子とその婚約者だったとしても許されんぞ……!」
ガストンが放つ威圧感と迫力に、思わずフィレンツィオが後ずさる。
当然、ガストンは自分の娘がどんなことを学校で行っていたかは知っている。
それどころか娘の所業が貴族諸侯の耳まで届かないように、口封じや後始末すらしていた。いわば完全なる当事者である。
それゆえに、この場でガストンが行っている言動はすべて演技だった。
そんな中、それを黙って聞いていたアムネジアは、静かに口を開く。
「……皆様もご存知の通り、私は同じ学年のほとんどの生徒に虐待されていました」
ぽたり、ぽたりと。
血の雫を床に落としながら。
静まり返った会場の中心で、アムネジアの声が響いた。
「全部覚えています。どの方がいつ、どんな手段で私を虐待したのか。あの方も、あの方も、あの方もあの方もあの方も。全員、私のことを笑いながら虐待してきた方々です」
アムネジアに次々に指を差されて、生徒達が気まずそうに視線をそらす。
ガストンに向き直ったアムネジアは、目を細めて悲しげな顔で言った。
「その虐待のすべてを指示していたのが……ガストン様、貴方のご息女のエルメス様なのです」
再び顔に血管を浮き上がらせるガストン。
アムネジアはガストンの背後にいる王に視線を向けると、会釈をしてから口を開いた。
「陛下にお伝え申し上げます。エルメス様は今までも私にしたことと同じように、自分の気に食わない生徒達を学年ぐるみで虐待し、自殺まで追い込んできました。それは最早学内では周知の事実でしたが、ネェロ家を敵に回すことを恐れて誰もそのことを口に出せずにいたのです」
「むう……」
王が眉をひそめてうなる。
その反応にガストンは忌々しそうに顔をゆがめた。
アムネジアは内心でほくそ笑みながら、さらに独白を続ける。
「私に至ってはエルメス様から直接脅されていました。もし誰かに真実を話せば、お前の家ごと一族郎党皆殺しにしてやる、と。それゆえに私も黙して虐待を受けてきましたが……っ」
ふらりと、アムネジアがよろめく。
その背中をフィレンツィオが慌てて支えた。
二人の視線が合うと、フィレンツィオはどこか余裕がなさそうな仕草で口を開く。
「む、無理はするな。続きは俺が話そう」
「はい。よろしくお願い致します。フィレンツィオ様」
フィレンツィオは王に視線を向けると、緊張した面持ちで言った。
「父上。俺も噂には聞いた事があったが、正直エルメスのような公爵家の娘が、そのような外道なことをするとは思えなかった。エルメスも宰相の娘として妬まれる立場だ。周囲のやっかみで悪い噂を流されているのではないかと、そう考えていたのだ。だが――!」
フィレンツィオがアムネジアの肩を抱いてさけぶ。
その顔は必死そのものだった。
「一時間ほど前、アムネジアがエルメスとその取り巻きの生徒達にホールの外に無理矢理連れ出されて行くのを俺は見た。何か様子がおかしいと思い、すぐに後を追いかけるとそこには!」
フィレンツィオが懐から幾本もの銀のナイフを取り出す。
血が付着したそれを床に投げ捨てたフィレンツィオは、拳を握りしめて訴えた。
「人気のない部屋に追い詰められ! 女子生徒達にナイフで切りつけられているアムネジアの姿があったのです! その中心ではエルメスが邪悪な顔で笑っていました! アムネジアの血で濡れたナイフを手に持ちながら!」




