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復讐の舞台へ

 貴族学校の卒業式当日。

 空には分厚い灰色の曇が広がっている。

 若者達の門出を祝うにはあまりにも不穏なその天候は、まるでこれから起こる惨劇を予期しているかのようだった。



「見覚えのない馬車がありますね」



 王都のツェペル家別邸の二階。

 窓から外の様子を見ていたアムネジアがつぶやいた。

 傍に控えていたダリアンは、ニヤニヤと含み笑いを浮かべながら答える。



「家紋を隠していますがあれはネェロ家の馬車ですよぉ。お嬢様が恐れをなして逃げ出さないように、監視しているんじゃないですかぁ?」



 ダリアンの答えにアムネジアはくす、と微笑を浮かべた。



「今日は待ちに待った卒業式。逃げるなんてとんでもない。監視などせずとも、こちらから喜んで出向きますわ」



 制服の上着に袖を通したアムネジアが一階に降りる。

 玄関に向かう途中、アムネジアは居間の前で香ってきた微かな花な匂いに足を止めた。

 居間のテーブルには大輪の薔薇の花束が置かれている。



「……これは誰が?」


「さあ? どなたからでしょうねえ? 嫌われ者のお嬢様に花束を贈る愚かな人間なんて私にはまったく、少しも心当たりがありませんねえ? きひひっ!」



 ダリアンを無視して、アムネジアは花束に近づいた。

 花束を手に取ったアムネジアは、抱えきれないほどの花の只中に顔を近づける。

 赤い薔薇からは、花の香りに混じって、吸血鬼だけが感じ取れるかすかな人の匂いが混じっていた。



「……ライエル様」



 ふと、アムネジアが視線を落とす。

 花束には一通の手紙が添えてあった。

 差出人の名前はなく、文面には一言。

 卒業おめでとうアムネジア、と書かれていた。



「……馬鹿な人。私に肩入れしても、何の意味もないのに」



 アムネジアは目を閉じ、花の中心にそっと口付けする。

 一輪の花を引き抜いて胸元に差したアムネジアは、そのまま振り返らずに玄関に向かった。

 ドアを開けるとそこにはツェペル家の馬車が止まっている。


 アムネジアが視線を館の外に向けると、彼女を監視していたネェロ家の馬車はこっそりと敷地から離れていった。



「さあ行きましょうか。復讐の舞台へ」



++++++



 貴族学校の卒業式は学校を挙げて行われた。

 会場は以前夜会が行われた舞踏会場で、これから成人として国のために役目を果たしていく三年生を、在校生や教師達が暖かく送り出した。


 昼から夕方まで続く式が一段落つくと、卒業式はそのまま卒業記念パーティーに移行する。

 会場には酒や豪華な食事、お菓子が大量に運び込まれ、生徒達の親族も含めた総勢1000人程にも及ぶ、盛大な立食パーティーが始まった。


 誰もが隣人と酒を酌み交わし、笑顔で談笑する中。

 アムネジアは一人、会場の隅で壁に寄りかかっていた。

 誰かが声をかけて来るのを待っているかのように。


 しばらくすると、そこへ大勢の女子生徒を引き連れた制服姿のエルメスが現れた。

 アムネジアはおもむろにうつむいていた顔を上げる。

 待っていたとばかりに微笑を浮かべたアムネジアは、エルメスに声をかけようとして――



「連れて行きなさい」



 エルメスの命令により女子生徒達に腕を掴まれて拘束された。

 そして喋る間もなく、アムネジアは傍にあるドアからホールの外へ連れ出される。



「エルメス様のご命令よ! さっさと歩きなさい!」


「さっさと行けって言ってんのよ、ノロマ!」



 女子生徒達は強引にアムネジアを引っ張り、または背中を小突いた。

 無抵抗のまま大人しく連行されたアムネジアは、やがて会場内にある無人の控え室に押し込まれる。

 そこにはタキシードを着て身なりこそしっかりしているものの、明らかに荒事慣れした三人の男達が控えていた。

 男達はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてアムネジアを舐めまわすように見て言った。



「とんでもねえべっぴんじゃねえか。本当にこんなお嬢さんが吸血鬼なんですかい?」


「どっから見てもか弱い貴族の小娘にしか見えねえけどなあ?」


「エルメス様よぉ、どうせ殺しちまうんなら今ちょっとだけ味見させてくれよ! な?」



 下衆な声をあげる男達に、エルメスの取り巻きの女子生徒達が表情をゆがめる。

 しかしエルメスはまるで動じずに無表情のまま吐き捨てるように男達に言った。



「その臭い口を閉じなさい。下賎な掃除屋風情が。お前達は払った分の報酬に見合う仕事をすれば良いのです」



 その言葉に男達は気色ばむかと思いきや、揃って肩をすくめる。



「ひゅー、こわ。ネェロ家のお嬢さんに言われちゃ、従うほかねえや」


「あーあ、もったいねえなー。こんな見目麗しい吸血鬼なら殺されてもいいから抱いてみたかったぜ」


「ばーか、吸血鬼なんざいるわきゃねえだろ……っと、失言失言」



 エルメスに睨まれて男達は苦笑いしながら、壁に寄りかかった。

 ネェロ家に金で囲われている彼らは、エルメスの言うことには絶対に逆らわない。

 この日も吸血鬼を炙り出すために、手を貸せなどと言ってきたエルメスを内心では笑いながらも、クライアントの娘のわがままを聞くのも仕事の内だと割り切っていた。


 彼らは退屈をもてあましながらも、エルメスから与えられた仕事をただまっとうする。

 もしアムネジアが何か不審な行動を取ったらすぐに取り押さえられるようにと、身構えながら。

 男達を黙らせたエルメスは、黙って立ち尽くしているアムネジアに視線を向けた。

 アムネジアは薄く目を開いて、エルメスと視線を合わせる。


 その目は魔眼の煌めきで妖しくうごめいていたが、エルメスにはなんの影響もなかった。

 無表情になるアムネジアに、エルメスは勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべて口を開く。



「これからお前を、皆の前で断罪します」



 エルメスの言葉にアムネジアは首を傾げて答えた。



「断罪? 一体どんな罪で私を裁こうと――」



 言葉をさえぎるようにエルメスはパン、と扇を開く。

 そして、不敵に口端を釣りあげて宣言した。



「知れたことです。皆を、陛下を、王妃様を。この国を騙して乗っ取ろうとした大罪ですよ。さあ正体を表しなさい、吸血鬼(アムネジア)

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